第3話 隣にいた
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「そういったわけでな、セナが怒っておる」
へにゃとした表情でセンセイが理由を語った。
互いに気持ちを確かめ合ったとはいえ、俺のことでセナがそんなにも怒っただなんて……しかも怒りの矛先はセンセイにも向けられているという。多少不謹慎ではあるが、顔がにやけそうになった。
「あー、山に帰ったら、俺が二人を取りなしますよ。何か美味しいものでも作ります。セナも満腹になってしまえば怒ってることなんて忘れるに違いありません」
俺の発言にセンセイが『えぇ……』という表情を浮かべた。
「それはそれで、デリカシー的な意味でどうなんじゃという感じはするが……まあ……まあ、大丈夫じゃろ! 約束したからなムコ殿、頼んだぞ! 本当に頼んだからの! 本当に本当じゃぞ!」
何回念押しするんですか、とは言わなかった。
娘のような存在であるセナが恐らくは初めてセンセイに怒ったのだ。
センセイとしても、未知の経験だろうし、あたふたしたり動揺したりしても仕方のないことだろう。
俺の心情を察したのか、センセイが一度こほんと咳払いした。
「それからの、ムコ殿」
「何ですか?」
センセイの声が少し真剣味を帯びた。
「もう一つ、ムコ殿に言っておかねばならぬことがある」
はい、と返事し先を促した。
「ムコ殿の治療をしたのは我だけではない。
身体の欠損部位の回復はそれほど難しくはないのじゃが、まあ正直言うと、光魔法の粒子と同化してる部位の除去はまあ、しんどいもんじゃった。もちろん、だからといって我一人で出来んことはなかったがの。
けどそこに、どうか自分に治療させて欲しいと頭を下げてきた者がおった」
「それって───」
「聖女ミカじゃな」
その名前を聞いて身体が少し強張るのを感じた。
「ミカは主の治療をするに当たって、長い間、一気に限界まで力を使い切り、少し休んではを繰り返して、今は向こうの宿で泥みたいに眠っておる」
○○○
センセイはいたずら猫のような表情でいつも俺をからかう。
それだけでなく、セナがセンセイを大好きでなされるがままなのを良いことに、彼女を抱き枕にしたり、湯たんぽ代わりにしたり、閃いたと同時に日向ぼっこ中のセナを山の奥の奥へと引っ張っていきDIYの手伝いをさせたりする。
そんな天衣無縫なセンセイではあるが、ふとした瞬間に俺達に向ける彼女の顔は、とびっきり優しい。彼女はいつだって俺達を見守ってくれているのだ。
自分で言うのは中々恥ずかしいことではあるけど、俺とセナは過保護なほどにセンセイに溺愛されているのだろう。
ただ、そういった俺とセナの特別扱いを別にしたとしても、そもそもセンセイは、優しい。
それも困っている人がいれば放っておけないほどに、彼女はお人好しなのだった。
センセイはミカが治療にあたったという事実は言えど、だからといって一言労ってやれだとか、褒めてやってくれだとか、俺に押し付けるということは一切なかった。
けれど俺には、センセイの気持ちが察せられた。
普段は飄々としているものの、彼女も色々と難しいのだろう。
《封印迷宮》内部でも常にみんなの安否を気に掛けていたセンセイのことだ、本来であれば、彼女は『イチロー、顔でも見せて一言何か言うてやってくれんか?』と俺に言いたかったに違いなかった。
そこまでわかっているのに、センセイの気持ちを無視することは、俺にはどうしても出来なかった。
センセイ曰く、今回のノーブルで《封印領域》を滅ぼしたことを喜び、祝杯を上げたい多くの者(筋肉ダルマサガなど)は、それでも、今回の戦いの立役者である俺(伝聞なので許して欲しい……)が不在であることが許せないと、祝杯の準備を進めるに留めて、俺が目覚めるのを待ってくれていたのだった。
センセイが、皆へと俺が目覚めたことを伝えに行き、俺には多少の時間が生じた。
○○○
場所は変わってギルドから徒歩数分の所にある高級宿舎。
俺はその一室をノックした。
中々反応がなく、出てこなければ帰ろうと思った矢先、ガチャリというドアの開く音と共に、
「どちら様でしょうか───」
彼女の澄んだ声が聞こえた。
俺の好きだった彼女の声───かつての俺は、彼女と何気ない日常のことを話すだけで幸せだった。彼女が楚々とした笑みを浮かべるだけで、俺は幸せだったのだ。
けれどそれは、今となっては過去の話だ。
「おっす。寝てたみたいなのに、起こしちまって悪りぃな」
彼女が目を見開いた。そして、一呼吸、二呼吸と、間を取ったのがわかった。
「センセイから、聞いたよ。俺の治療を買って出てくれたんだってな。結構ヤバい状態だったって聞いてヒヤッとしたよ。
助けてくれて、ありがとな」
「私には───」
俺の言葉にミカが、ぐっと顔を歪めた。
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