第40話 続 聖騎士 vs《遍く生を厭う者》④ / 最後の式符
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「うおぉりぃあッッ!!」
背後から抱き締めた《遍く生を厭う者》を全力で捻りを加えて目いっぱい上空へと放り投げた。
彼は「ぐうわぁ」だとか「何をするぅ」だとか騒いだが、そんなものはもう関係なかった。トリプルアクセルどころではない錐揉み回転で身動きの取れない彼が重力落下を始めた。
「だっしゃあァァッッ!!」
落下する彼の頭部が俺の足元にきたタイミングで、掛け声と共に蹴り抜いた。
首から先の弾丸シュート。
首は壁に激突してそのままめり込み、首から下は地面に突き刺さった。
壁に空いた穴から黒いうにょうにょが這い出て、犬神家のスケキヨの如く地面にめり込んだ胴体と合流を果たした。
どうせ蘇る。
何度だってやるし、何度だって言う。
俺に出来ることは、やれるとこまでやる───ただそれだけだ。
光魔法で創った十一の腕を先端を一つにまとめ捻って一気に開放した。追い討ち。巨大なスクリューと化したそれを、蘇ったばかりで明らかに狼狽している《遍く生を厭う者》へとぶっ刺すと───
「ばおおおおおあおおッッッ!!!」
大きな奇声を上げ、黒い粒子をまき散らし破裂した。
○○○
特異点という言葉がある。
技術的特異点を指すこともあるこの言葉は、わりと耳馴染みがある言葉なのではないかと思う。
多くの場合、人工知能が語られるときに必ずといって良い程セットで語られる───人工知能技術が成長していき、ある一点に到達すると、それまでとは比べ物にならない程の成長を始めるというアレである。
この特異点の概念は何も人工知能にだけ適用される話ではない。
例えば俺達人間の成長過程でもこれと同様のことが言えるんじゃないかと思う。結果の見えない這うような成長でも、努力を続けることで、ある日を境に出来なかったことが急に出来るようになった、なんて話も少なくない。
長々と何を言いたいのかと言えば、この戦いで俺は、どうやらこの《成長の特異点》に到達したみたいだった。
魔力量を気にせずに使い続けた光魔法は、もはや息をするくらい簡単に使いこなせるようになり、四肢をはじめとした欠損部位の代替として用いたそれは、今となっては微塵の違和感すらない。
いや、それどころか通常の肉体に代わって、光魔法によって構成された、より強靭で、よりしなやかな四肢をはじめとした、多くの代替部品を得たことで、俺の肉体の動きは、俺の理想のイメージに追い付き、完全に上回り、置き去りにした。
けれど───
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《遍く生を厭う者》の十の暗黒の腕を十一の光の腕で相殺───既に駆けていた俺は、するりと《遍く生を厭う者》の巨体を登ると、肩車の様な姿勢から首に両足を巻き付け、勢いを付けて時計回りに回転し、首を捻り切った。
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《遍く生を厭う者》の表情に恐怖心が見えた。
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ああ、セナ───
センセイ───
○○○
《遍く生を厭う者》が恐慌に呑まれたのか、「うああああぁぁぁぁぁぁ」と情けない叫び声を上げ、闇魔法で創った巨大な漆黒の球をこちらへと投げ付けた。
俺は、そいつを冷静に《光収束》にて一閃二閃三閃四閃───と粉微塵にばらした───それも向こう側にいた《遍く生を厭う者》もろとも。
「あ、あ?」
バラバラにされたことに気付かない《遍く生を厭う者》が間抜けな声を上げた。
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ヒカル───
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「こりねぇなぁ」
必死の形相になった《遍く生を厭う者》のグミ撃ち───俺はそいつを全て打ち返してやった。
「ウグわあああぁーー!」
自身で放った闇魔法を全身に浴びた《遍く生を厭う者》は黒い爆炎に包まれた。
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じいちゃん、ばあちゃん───
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全身はもう傷のついていない箇所はなく、通常であれば致命傷と言われるほどに深い傷も全ては光魔法で代替し覆い隠した。
両の手足なんてとっくになくなり、今や光魔法で創った擬似的四肢が代わりを果たしている。
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ごめん、父さん、母さん───
○○○
必死さからくる鬼のような形相で、《遍く生を厭う者》が大剣を振るった。そいつは俺の胴体を真っ二つに切り裂いた。コンマ以下の時間で俺は切断箇所を光魔法で接続した。
「───で?」
俺が尋ねると、
「うおおおおおおおおおおおあおおぉぉぉぉ!!」
彼は叫び声と共に、再び剣を上段に構えた。
遅い。バックステップと共に上半身の力だけでグラムを投げ付けた。
「ドゥんッッッ」
それは心臓部を貫き、《遍く生を厭う者》はバタリと倒れた。トドメに《光収束》で消滅させた。
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もう俺は、帰れないかもしれない。
○○○
フランケンシュタイナーからマウントをとって光の拳でパウンドパウンドパウンドパウンドパウンド。《遍く生を厭う者》は「やめ、やめ、うおあああぁーー!!」と悲鳴を上げて上半身を消滅させた。
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いったいいつまで続ければ───
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再び《遍く生を厭う者》を上空へと放り投げた、闇の腕はもちろん光の腕で相殺し───すかさず俺も跳躍し空中で彼の身体をロック───パイルドライバーで脳天を地面へと叩きつけた。
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何度目になるかの打ち合いだった。
《遍く生を厭う者》の闇の腕が俺の光の腕とバンバンドンドンと大気を震わせて衝突した。そいつは絶え間なく、鼓膜を揺さぶる程の破裂音を起こした。《遍く生を厭う者》本体にしても、俺を相手にうんざりするくらいに何度も何度も切り結んだ。
この時点では、実力の天秤は既に逆転し、俺の優勢であった。
しかし、やはりと言うべきか好事魔多し。
「長きに渡る貴様との戦いに───」
《遍く生を厭う者》が宣言したと同時に俺の背後の地面から───ボコッ───地中に潜ませていた一本の隠し腕が急激な勢いで───回避は無理ッ───俺の心臓目掛けて───
「───ようやく終止符を打てるッッ」
しかし、それは叶わなかった。
ジジジジ。
《気》を迸らせた最後の式符が俺を護ったからだ。
「まあ、いい。まあ、いいだろう。聖騎士よ。その忌まわしくも邪魔なアイテムはそれで最後だろう?」
俺は何も言えない。
「一度平静になってみればどうだ、私は無傷で、貴様はツギハギだらけ。どちらが不利でどちらが有利かは一目瞭然ッッ!!」
俺は何も言えなかった。
「そんな形をしていても所詮貴様も人間」
ああ───
「『瞬殺』などと舐めたことはもう言わない」
ああ───
「私は貴様に敬意を評して、貴様が餓死するまでこの空間で付き合ってやろう」
ああ、みんな───
「貴様が生きられるのは一週間か? 一月か? それとも一年間か? いづれにせよ、私にとってはほんの少しの些事に過ぎない。悠久の時を生きる私が、小指の先にも満たないほんの少しの時間、脆弱な人間である貴様に付き合ってやろうではないか!」
最後に一目でも会いたかった───
「ん?」
怪訝な顔で、声を発したのは《遍く生を厭う者》だ。彼の視線の先を俺も見た。
雑コラかと思った。空間から紅い刀身が浮き上がるように見えた。
「やっと、見つけた」
何度となく聞いた鈴を転がすような、美しい声だった。
紅い刀身はすっすっと豆腐でも切るみたいに動き、長方形を描いた。それを空間の背後から、か細くも白い手が押すのが見えた。長方形はパタリと倒れ、溶けるように失せた。
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誤字報告毎回本当にありがとうございます!
白い手?いったい誰なんだ?




