第36話 彼女達④ / 限界低Luckerの悲劇
◇◇◇
センセイにもほんの微かな懸念があった。
「いや、まあのう、これはそれほど心配する話ではないんじゃが。今回我らが《封印迷宮》に潜ってから出てくるまでの時間と、外界での時間に数日のズレがあった。およそ向こうでの三日がこっちでの一週間というところじゃったか」
アノンはセンセイといち早く情報を共有していたがそれ以外の者は『二倍以上の時間が経過してたのか』と素早く計算した。
「これと同じように、ムコ殿が引きずり込まれた空間が、外界と時間の流れが異なった場合、少々困ったことになる」
センセイは『困ったこと』と表現したが、もしも外界との時間の流れが三倍も、四倍も速いものであったのなら、自分達がもたついている間にも、イチローは長きに渡って孤独な戦いを強いられている可能性がある。
「オーミ様ッッ!! ならこんなことをしている場合ではッッ───!!」
この場にいるセンセイを除く四人は、すぐにその可能性に行き当たった。中でも最年長のプルミーが真っ先に声を上げた。
けれど、センセイはやんわりと応じてみせた。
「プルよ、落ち着け。これは初めに言うたように、ほとんどあり得んような現象じゃからそんなに心配せんでもよい。それにもし、外界との時間の流れに差が生じていたとしても、せいぜいが《封印迷宮》のように、こちらの一日が向こうの二日程度。今からセナの元へ向かい、ムコ殿を救出に行く我らにとって、それほど大きなロスにはならん」
センセイはそこまで言って、少しだけ自分に自信が持てなくなったのか、
「とは言え、ムコ殿のことじゃからなぁ」と腕を組んで思案した───そして結局、
「急いで救出に向かうに越したことはないか」と述べた。
その言葉を呼び水にアノン達はバタバタと動き出し、急いで《鶴翼の導き》の準備を終え、バーチャス側にいた三人との合流を果たしたのだった。
◇◇◇
これまで長きに渡り生き、多くのことを熟知し、そして様々な経験を積んできたセンセイであったが、そんな彼女をして、読み切れなかったことがあった。
それはもちろん、イチローの限界低Luckのことであった。
しかしこれには理由があった。
限界低Luckゆえに、口癖が「やべーよ! やべーよ!」になってしまう程に、これまで幾度となくヤベー状況に陥ってきたイチローであったが、最近はその頻度も少しばかり鳴りを潜めていた。
というのも、イチローは勝利(?)の女神(?)のような存在二人と共に生活していたからであった。
セナとセンセイの存在が彼に降り掛かる災厄を阻んでいた。もちろん、二人共が無意識ではあったが。
しかし、今現在、再び一人となってしまったイチロー。
やはりとも言うべきか、彼にはとびっきりの災難が降り掛かっていた。
それはセンセイが万が一の懸念として話していた内容───それよりももっと酷いものであった。
イチローが姿を消してから、彼らが《鶴翼の導き》によってスクルドの街で合流を果たしたのは、彼らにとって時間にすれば二時間足らずでの出来事であった。
しかし、悲しいかな、別空間にて《遍く生を厭う者》と戦い続けるイチローにとって、既に二日が経過していたのであった。
何と外界での一時間が、イチローのいる空間では一日であったのだ。
そもそも、三、四倍もの時間のズレですら発生する可能性は限りなくゼロだというセンセイの予測の、遥か斜めに上に飛んでいくほどの悲運を、ここにきてイチローは発揮したのであった。
○○○
「死ねいッッ!!」
「だぁーー!! しつこいっ!!」
外界から《気》を取り込み、魔力への変換が可能となったことで、実質的に俺の魔力の使用制限はないようなものであった。
しかし、だからといって、《遍く生を厭う者》を倒す決定打を手に入れたというわけではなかった。
超加速の切れ目に瞬殺されるはずだった運命が、いわゆる千日手になっただけで───いや、そんないいもんじゃないわ、食料と水の問題もあるし、ポーションの問題だってある。
何とか今の内に倒す算段をつけなければ、どこかで力尽きて死ぬことは必至であった。
などと考えている内に喉が渇いてきた俺は、《遍く生を厭う者》をまたもバラバラに切り裂き、光魔法で滅却した。
どうせ懲りずに身体を復活させるだろうから、俺はマジックバッグから取り出した水を急いで喉に流し込んだ。
案の定目の前では、消滅した粒子が集まり灰に、そして灰が集まり肉となり、シュルシュルと集まった肉は塊となり、あっという間に《遍く生を厭う者》が復活を果たした。
「粘ったところで無駄だ。どうせ、貴様は死ぬ運命にあるのだ」
《遍く生を厭う者》が宣った。
前回は相手の復活の回数を正確に数えていたが、今回の俺は、数えることを放棄していた。それでも体感的には、二日間相手にしっぱなしということもあり、前回倒した千八十回以上は、既に倒しているんじゃなかろうか。
そして、この頃になると、俺としても単に相手するだけでなく、試行錯誤を重ねつつ戦うことを心掛けていた。
例えば、何とか相手を完全消滅出来ないものかと考えたり、完全消滅が無理だとしても出来るだけ少しの労力で消滅させることは出来ないかと考えたりし、それを目指していくつかの光魔法を開発したりした。
もっともそれは俺が使える既存の光魔法のバリエーション的なものではあったが。
中でも特に手応えを感じたのは、極端な広範囲を一振りで攻撃出来る《光の扇》であった。
そいつを振るうとブゥンという音がした。
何度だって復活する《遍く生を厭う者》を消滅させ俺は叫んだ。
「どうすればいいんだよ、誰か助けてくれい!!」
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