第31話 聖騎士 vs《遍く生を厭う者》②
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ノコギリ状の巨大な剣で脇腹を削り取られた。
動きが速すぎて、認識すら出来なかった。
俺は、既に死地へと足を踏み入れていた。
次の攻撃が来る。ポーションを使う時間はない。何とか痛みを堪えて、
「《瞬動》」
脳のみの部分加速───思考時間を引き伸ばす。
相手が一筋縄でいかないことは先の一撃でよくわかった。
ポーションによる回復より前に、まずは相手のことを知る必要性があった。
物理や魔力に対する耐久力はどれくらいなのか。
一度倒して終わりなのか、それとも前回同様に何度も倒す必要があるのか。
とりあえずはこんなところか。
思考の加速がなされた状態で、
「《超光速戦闘形態》」
超高速へと達した俺は、すぐさまグラムを抜いて《遍く生を厭う者》をそのまま力任せに両断し、さらにそのまま剣を振るい続け相手を細切れに変えた。
様子を伺いながら、ポーションを呷った。
俺の愛飲している高級ポーションであった。
「痛ってぇ……」
目の前で、細切れが、するすると一箇所に集まった。
そして、あっという間に、《遍く生を厭う者》は復活を果たしたのだった。
わかってた……わかってたけどよ、中々にハードな展開じゃねぇかよ。つうか逃げ出せるものなら逃げ出したいまである。
「さすがは、ヤマダイチロー」
《遍く生を厭う者》が手をパチパチと叩いた。
そして、両手をバッと広げた。
「仮に、この世界にいる人類の頂点と目される剣士をここに一人連れてきたとしよう。
彼は、何百、何千の魔物を屠り去り、民を救い、民に敬われ、数々の迷宮を踏破し、その功績から英雄と呼ばれていたとする───それはそれで大変結構なことだ。
けれどただ一つ、悲しいかな、私の前ではそんなものは塵芥に等しい。
なぜなら彼は、私の最初の一撃───そのたった一撃で、絶命してしまうからだ」
目が覚めて戦闘が始まり、興が乗ってきたのか、《遍く生を厭う者》のそれは、舞台演技にも近い身振り手振りを交えての、持って回った言い回しのものとなった。
「気持ち良さそうに喋ってんな。俺は、そんな風に馬鹿みたいに大袈裟な喋り方をする奴が大っ嫌いなんだ」
どこかの誰かを思い出して気分が悪くなる。
「なぁに、私は貴様を褒めているんだ。尊敬しているとすら言える。貴様はその辺の有象無象とは違い、一撃で死なないどころか、私を細切れにしたんだからね」
けれど尊大な物言いはどこかの誰かと違い、まさに屍人の王にこそ相応しい振る舞いであった。
「それに今だってこんな風に───」
巨体を持つ《遍く生を厭う者》の背丈を超える大剣が消え───距離を───俺の肩を抉り───さらに下から放たれた強烈な蹴りを、咄嗟にクロスアームブロックで防ぐも勢いを殺せず、俺は天井へと激しく叩きつけられた。
「ぐぅあッ……」
瓦礫と共に重力に従い落下し、びたんと地に張り付いた。
堪えきれずに血反吐を吐いた俺を眺めて、
「───貴様は、簡単には壊れない」
クッソが。言ってろハゲ。
膝をつけながら脳の部分加速───さらに光魔法発動、
「《光収束》」
左手の人差し指と中指に、レーザーとなった光魔法を纏わせた。長くしようと思えば百メートルは伸ばせる《光収束》であったが、それを極限まで収束させたものだった。
名付けるとしたら、《光の短剣》といったところか──俺は《瞬動》を足と手に、連続で用い、すぐさま《遍く生を厭う者》の懐に飛び込み───土手っ腹を貫いた。
「これでも喰らえッッ!!」
腕を《遍く生を厭う者》の体内に潜り込ませたまま、限界まで収束させた《光の短剣》を開放した。
カッと視界に閃光が走った。
死属性特攻である光魔法を、あれからも訓練を重ねた俺が、かつてない濃度で体内に直接放ったのだ。
正直に言えば、これで終わって欲しかった。
けれど、そんなに簡単には───
「さすがは聖騎士イチロー、悪くない攻撃だ」
高濃度の光魔法で爆散し、灰となった《遍く生を厭う者》であったが、すぐさま復元した彼が、何てことのないように告げた。
「思うに、貴様は歪な聖騎士だ。本来なら、味方を護る支援魔法が得意なはずの聖騎士たる貴様は、まるで燃え盛る炎のように攻撃一辺倒だ」
ドキリとすることだった。自覚はしていた。
「それに本来、聖騎士は回復魔法が得意なはずなのに、貴様は回復の全てをポーションで行っている」
《遍く生を厭う者》が俺を小馬鹿にするように、嘲笑を浮かべた。
「守りにしてもそうだ。盾職とも言われる聖騎士である貴様は、盾一つ装備せず、敵の攻撃は剣で受けるか回避を選ぶ」
俺が回復魔法を使える必要はなかった。魔力には限度があり、ポーションで補えるのなら、そうするに越したことはない。
そして唯一のアタッカーである俺には、習得するまでの時間的にも、実際の戦闘面的な意味でも、盾の使用に割くリソースはなかった。
アルカナ王国には、俺の手本となり得る存命である聖騎士の先達がほとんど存在しなかった。けれどそれ以前に、たとえ手本となる聖騎士がいたとしても、俺の|これまでのパーティ事情によって、通常の聖騎士として戦う選択肢はなかった。この戦闘スタイルになったのも必然的であった。
「ああ、何かきっと深い事情があったんだろう。
思うに貴様は───」
分かり切ったことを、さもようやく気付いたかのように彼は告げた。イイ趣味をしている。
耳を傾けるな。あの表情をするやつはロクなことを言わない。
「───独りなんだろう。味方のいない貴様は全てを自分でこなす必要があった。だから、歪な戦闘スタイルをしている」
これもきっと、単なる精神攻撃に過ぎない───
「どうだ正解だろう?」
けれど、俺は何も答えられなかった。
「可哀想な、聖騎士よ。イチロー、貴様のことは、私の前にたった一人で立ち塞がった孤独で勇猛な騎士として、人類を滅ぼしたあとで次の世界に未来永劫語り継ごうではないか」
言葉が出ず、剣が出た。
思考のない剣であった。それを見逃すほど《遍く生を厭う者》は簡単な相手ではなかった。
俺のグラムが強く弾き飛ばされた。
「残念。これはさっきのお返しだ」
《遍く生を厭う者》の大剣には、濃密な闇のオーラがぎっちぎちに込められていた。人間なんて触れただけで───
「さらばだ、イチロー」
凶刃は無惨にも振るわれ───光と共に現れた半透明の拳がその漆黒の刀身をぶち抜いた。
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