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第4話 私の世界③

◇◇◇



 王立アルカナ学園への入学まで残すところ二年とし、私は自らの行く末に不安を覚えて、誰にも相談も出来ずに頭を抱えていた。

 そしてこれは、私が食堂で住み込みの仕事を始めてから二年と少しを経過したある日のことだった。




◇◇◇



「バカヤロオオオオ!!」


 お使いから帰った私が見たのは、頭を下げて金の無心をする男性と肩をいからせたおじさんだった。


「親父すまねぇ! 何とかしてくれ! 助けてくれ! でないと俺、俺、連れてかれちまう!」


 男性は地に頭を擦り付けて平身低頭謝罪の言葉を述べた。


「何だってこんなことになったんだ!!」


 おじさんの疑問はもっともだ。

 エプロンで手をぬぐいおばさんもこちらへとやってきた。


「俺にもわからないんだ!!」


「わからないことはないだろう!! このバカ息子が!!」


 おじさんが怒声を上げると肩を震わせた息子がぽつぽつと語りだした。


「一年ほど前に先輩に付いて賭場に入った。その日はボロ勝ちしてよ。俺は、自分にギャンブルのセンスがあると思ったんだ」


 彼の話は何てことはないただのロクデナシの顛末だった。

 二人の息子(目の前のロクデナシ)は話の中で、『俺は他の奴とは違う』『勝てるはずだった』のフレーズを繰り返した。

 これは食堂で客から何度も聞いたフレーズでもあった。


 食堂に来る客の多くは、酔っぱらうと気が大きくなる。そして彼らは何か一段上の存在になったかのように振る舞うことが常であった。


 そのような場に子供の私がいれば、大抵の酔客は私に知恵のようなモノを授けようと、何か一つ興味深い話をしてくれる。


 前回ギャンブル関連の話題が出たときに聞いたのは次のような話だった。


『そもそも胴元が勝つように出来てる』

『これは絶対だ』

『負ける奴はそれがすっぽりと頭から抜けてるんだよ』

『だから負ける』

『それに大体勝ったことだけが強く印象に残って負けたことは忘れちまうのさ』

『負けても次に勝てばいい』

『そんな甘いもんでもないのに』

『そう納得しちまうんだ』

『だからバカはいつだって取り返せると』

『それどころかマイナスを返してなお大勝ちするつもりでいやがる』

『そんで次第に掛け金と借金が増えていく』

『気が付けばその頃には沼にどっぷり浸かってて』

『もはや首が回らなくなってる』

『まあ俺のことなんだけどな』


 息子の話はほとんど神憑り的にこの話と似通ったモノだった。


「で、あんた借金はいくらあるんだい?」


 おばさんは話を聞いてもまだ何とかなるだろうと思っていたのだろうが、


「………金貨五十枚」


「───ごじゅう」


 おばさんは目を剥き息を飲んだ。


「こんなつもりじゃなかったんだ! 真面目に料理の修行も積んでた! 朝の早くから夜の遅くまで! 親方が寝てもそこから訓練して! 俺は頑張ったんだ!」


 息子の言い訳はただ虚しく、あまりの金額におじさんもおばさんも身じろぎ出来ずにその場にたたずんでいた。



◇◇◇



 そして───絶対にして欲しくない(・・・・・・・)と思っていた最悪の予想が現実のものとなった。

 そうされてしまえば(・・・・・・・・・)、私は断れないだろうことを、私自身がよく理解していた。


「アンちゃんは確か五十枚の金貨を持っていたよね? 貸してはくれないかい?」


「すまないこの通りだ!」


 おばさんとおじさんが私に頭を下げた。


 以前私が学校に行こうと思っていると話したとき、『入学金と卒業するまでのお金はどうするんだい』と尋ねられた。

 私は二人へと、これまでどれだけ欲しい物があっても───それどころか、馬車と食費を削りに削って生き倒れても、決して使わずに貯めてきた虎の子の金貨袋がある、という話をしたのだった。

 二人はその話を覚えていた。


 彼ら恩人二人から頭を下げられてしまえば私はどうやったって断れない。


 けれど───けれど、このお金を渡してしまえば私はどうすればいいの?


 私と魔法は不可分だ。

 生まれてこの方、私は魔法と過ごしてきた。

 私の記憶にある私は、いつだって魔法と共にあった。


「お金はどれほどの時間がかかろうが絶対に返す」


「アンちゃん、あんた、聞いたところ魔法の才能の方は今一(いまいち)だって言うじゃない?」


「俺も客から聞いたことがある。確かオネスト家様の《赤髪》だとかなんとか」


「そうそれ!! 赤髪の欠陥品(パッションフェイク)だったかしら!

 そもそもアンタ、どれだけ訓練しても魔法を上手く使えない欠陥持ちだって言うじゃない!」


 私は絶対に料理をバカにしない。

 それは彼等のライフワークであり、彼らの人生の一部だからだ。

 他人が心に抱いている大事な何かを、どうすればそのように軽く扱えるのだろう?


「なら、ちょうどよかった。今回のことを切っ掛けに魔法なんて(・・・・・)諦めてよぉ、俺が料理を教えるし、将来はこの店をや継がないか?」


 おばさんもおじさんも、それがまるで既定路線かのように、私に同意を求めることもなく、これからの話を進めた。


「それいいわね! 返済が不安なら私達が引退した後はこの店をアンちゃんの物にするって誓約書を書いてもいいわ!」


 二人が、私を鑑みることは、もうなかった。


「そうだ! うちのバカ息子と一緒になってくれよ! そうしてよ! この店を盛り立ててくれたら俺達も心配しなくともいいしな!」


 魔法は私のアイデンティティを構成する重要な要素だ。

 私は今、己の身を切るような思いをしている。

 どうやったって私と魔法は不可分だ。

 彼らはどうしてそれをわかってはくれないの?

 いや、違う。

 どうして、少しでもわかろうとしてくれないの───


「自分に見切りを付けることも生きてく上で大事なことだよ?」


 ───見切りを付けること。


 確かに、彼女達の言う通りかもしれなかった。

 必要なのは見切りをつけることであった。

 大切なのは己の心一つ───それは決心することだ。


「わかりました。金貨は差し上げます」


「あー、あのよぉ、なんつーか、返済に関してはよぉ───」


 すぐには返せない、何なら将来店をあげるからチャラに───という話だろう。もう、聞く必要はなかった。


「返済は一切必要ありません」


 マジックバッグから金貨袋を取り出した。

 ずしっとした重みがあった。

 夢を叶えるための重さだった。


「ちょっとちょっと! 俺達は何も金をくれって言ってる訳じゃないんだ!」


 おじさんは慌てるように言い(つの)った。


「けれど、学費に当てることが出来ないのなら、それは私にとってないお金と同じです」


「けれどよぉ」


 このままでは息子と店が借金のカタに取られてしまうのだ。

 だからそれが私が死んでも使わなかったお金だと知っていても、彼らは借金の申し出を撤回したりはしない。


「それでも別に構いません」


 大丈夫ですよ、と笑ってみせると彼らもほっとしたのか「すまねぇなぁ」と苦笑した。


 これは命を救ってもらった恩返しだ。

 恩はちゃんと返すことが出来た。


 だから───これでお別れ。


「あの時の粥ありがとうございました」


 命を救われたけど、どこまでいっても私は一人だ。

 私の世界は、いつも私一人。


「これまで色々とお世話になりました」


 これが彼らとの最後の挨拶だ。

 言わなければならないことを、ノルマでも消化するかのように私は重ねた。


「ありがとうございました」


 彼らが何か言ってた気もするがもう何も知らない。


「さようなら」


 私は別れを告げた。



◇◇◇



 この時の私は、切実に隣にいてくれる人を望んだ。

 誰か、私の世界に足を踏み入れてよと。

 叫べることならばいっそのこと叫んでしまいたかった。


 私はオネストの家を出てから、他人の世界に足を踏み入れることというのは、彼らと価値観を共にすることだと朧気ながら理解していた。


 例えば、親と子のふれあい。

 お互いがお互いを大事なモノだと考えてるからこそ、その価値観を元にお互いを慈しむのだ。


 恋人だってそうだ。

 共通の価値観を持つからこそ、彼らはお互いの世界を認め、尊重し、互いに互いを自らの世界に招き入れ、愛し合うのではないか。


 学友に関してもそうだ。

 共に学問に励む人間がいるならば、彼らは共通の価値観を元に自らの知恵や知識といった世界を交わらせ、良き学友、良きライバル足り得るだろう。


 願わくば───

 願わくば、いつか私にもその様な人が現れんことを。



 そう思わずにはいられなかった。



◇◇◇



 二年の庶民生活で私も多少は知恵を得ていた。

 酒場の客との会話でも、何度か冒険者ギルドについての話題は挙がっていた。

 そこに行けば雑用のような仕事もあるのだという。

 安寧を棄てて、新しい場所へ飛び込むときはいつだって不安だ。二年前のあの時だってそうだったじゃないか。私は己を鼓舞し、近隣で最も大きな街のギルドの門戸を叩いた。


 昼頃であるからか、ギルドには人が少なかった。

 年若い女性が座るカウンターへ向かい、


「あの、初めてなんですけど────」


 と声を掛けようとしたそのとき、


「これはこれは、オネストのお嬢さんじゃないか」


 透き通るような声が聞こえた。


「ごめんごめん、別に嫌味を言いにきたわけじゃないんだ」


 声の方を向くと、美しいエルフがいた。


「おや、何度か食堂でお会いしてるけど、覚えてないかな?」


 こんな美しい人を忘れるわけがない。

 客として何度かもてなしたことを思い出していた。


「───私のことを知ってたの?」


「『知ってたの?』もなにも君は有名人だ。ちょっとでも魔法使い界隈の話をかじっている人なら誰だって知ってる。

 その昔勇者と共に世界を救ったとされる賢者と同じ赤髪の少女。知らなきゃモグリ(・・・)だ」


 彼女の意図が読めなかった。

 私を貶めるために声を掛けたのか。

 それとも実家に対して私を利用出来ると思ったのか。


「おや、そんな目で見ないでくれよ。君のことは前から知ってたんだ。いや、正確には君が食堂で働いていたときからずっと声を掛けるタイミングを伺っていた」


 溜め息を吐きながら「やっとだよ」とこぼし、彼女はさらに続けた。


「失礼。私はこの先にある街でギルドの統括をしているプルミー・エン・ダイナストという」


「私は、アンジェリカです」


 家名は名乗らなかった。


「ようやく、君に声を掛けることが出来たよ。君と話をしたいと食堂の夫婦には何度も何度も許可を取りにいったんだけど、『アンちゃんは将来ウチのところの嫁になるんだ!』『魔法なんて忘れた方がアンちゃんのためにもなるんだ!』ってにべもなくてね」


 君が魔法を捨てることなんて絶対にないのにね、と彼女は吐き捨てた。


「どうして───」


 どうして私なんかに声を掛けたのか?とは声に出せなかった。


「それは君が将来大物(おおもの)になるからだね」


 彼女は私の意を汲み答えた。


「私が……?」


「そう、君が」


「どうして?」


「どうしても何も私の"勘"だよ」


「私なんて、中級魔法すら使えないただの───」


「ただの、何だい? 欠陥品とでも言うつもりかな? 《赤髪の欠陥品(パッションフェイク)》くん」


 ごめん違う違う、こんなことが言いたいわけじゃなかったんだと、手を顔の前で振り、


「《賢き者》のスキルと、聖女にも匹敵するほどの魔力を持つ、歴代最高の資質を持つとされた少女。彼女は才能にあぐらをかかずに血の滲むような鍛練を続けていた───」


 鍛練は死ぬほど苦しかったが、それでも自由に鍛練だけをして、魔法のことだけを考えて生きていける生活は楽しかった。


「けれど彼女はその欠陥ゆえか、実家から放逐されることとなった。そんな少女が、今なお、実家から離れたこの街で絶え間ない訓練を積んでいる」


 この頃になると、起きているときも寝ているときも、体内の魔力をコントロールすることが常となっていた。

 全てはいつの日か(きた)る、未来の私のために。


「『魔力のコントロールは訓練の賜物』と言われるように、魔力コントロールは訓練次第でどこまでも精緻なものになる。けれど、長年生きるエルフと異なり、定命である人間はある程度(・・・・)の魔力コントロールでストップしてしまう。何故だかわかるかい?」


「どうしてですか?」


「それがあまりの苦行だからだ。一定以上のコントロールを持つ者がそこからさらに鍛えると、度を超した苦痛と倦怠感がもたらされる。これに耐えられる者は多くない」


 だから、と続け、


「中級魔法程度を使用するのに、精緻なコントロールなんて必要ないという大義名分のもと、ほとんどの魔法使いは訓練をやめてしまう」


 (そし)るように大義名分と彼女は言った。

 けれどそれでも良いじゃないかとも思うのだ。

 初級と中級に差が有りすぎて、初級を十発撃てども中級一発でかき消されてしまうじゃないか。

 ここでふと、私がもし、中級魔法を使えたのなら中級魔法を連発することも可能じゃないかと思った。

 いやいや、それならば上級魔法が使えたのなら上級魔法を連発出来るんじゃ───けど、そんな発想は私以外からは起こり得ないのかもしれない。


「かつて君が十歳の頃に私は一度だけ君を見た。オネスト本家を訪れたときに、君が訓練所で行使した初級魔法の弾幕を見たとき、心の底から震えたよ」


 大したことはない。

 あんなものはたかが初級魔法じゃないか。

 実際、私の親族や、家族ですら鼻で(わら)った。


「悪く思わないでくれよ。今のオネストの人間はバカばかりだ。君と同じことを出来る人間がこの世界に何人いるというのか」とプルミーは続けた。


 それは、彼女の心の内側に秘めていた情熱のような何かが勝手にこぼれ出している───まるで独白のようにも聞こえた。


「私には見えるんだよ。君の体内の隅から隅まで走る、異常なまでに統率された魔力線がね」


 なぜオネストのバカ共にはわからないのか、とかぶり(・・・)を振り、


「初級魔法しか使えない───それは逆に言えばネックはその点だけということだ。君の才能と魅力は一点も曇りはしない」


 どこかクレバーで冷たい印象を与えたプルミーであったが、彼女の言葉からは、これまでの私への労いと温かさと、理解を感じられた。


 それはこれまで私が一番欲しかったものだった。


「所詮は私もしがないいち(・・)ギルドマスターに過ぎない。出来ることは少ないがそれでも、君が成長するのための環境を用意することはできる」


 だから、と続けて、


「私のもとへ来ないか?」


 彼女は手を差し出した。

 私の成功を信じていると言ってくれた彼女。

 魔力量。鍛練。魔力コントロール。

 彼女が成功の根拠をいくら述べようが、彼女は初めに言ったじゃないか。


 全ては己の"勘"なのだと。


 ならば私も彼女───プルミーを信じてみよう。

 私の"勘"に従って。


「よろしく、お願いします」


 私はプルミーの差し出した手をぐっと握った。




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