第18話 ぬくもりを
◇◇◇
エルフの中でも一際美しい女性が、とある食堂の夫婦に頭を下げた。だからといって真面目に相手にされることはなく、にべもなく、しっしと手を払われ追い払われた。
エルフの女性はめげずに食堂に通い詰めた。
何度となく断られても諦められなかった。
彼女は、客で来るなら構わないだろと粘り強く交渉し、食事処に顔を出すことに成功した。
暇を見つけては食事処に顔を出すも、食堂を経営する夫婦のガードを崩せずに、赤髪の少女に話し掛けるチャンスは得られず。
少女の保護者代わりであった夫婦の痛恨のミスにより、彼女に話し掛けるチャンスが訪れる。自身の部下に命じ、少女を見張る。
グリンアイズに訪れた彼女がギルドへと足を運んだ。これ幸いと声を掛ける機会が訪れた。
自分は出来る大人に見えているか?
断られるんじゃないか? 断られたらどうしよう。
エルフの女性は不安や緊張を感じていた。
ついに、少女へと声を掛けた。
エルフの女性の誘いに、少女が尋ねた。
「どうして───」
その言葉にはこれまで少女が歩んだ人生が表れていた。
どうして私なんかを───愛情を貰えず、自尊心を育まれることなく育ち、己を信じられなくなった者の言葉だった。
そう考えたら、一瞬で思考が散り散りになった。
それでも「それは君が将来大物になるからだね」と彼女は何とか応えてみせた。
けれど、確かに、それも一つの理由であった。
しかし、彼女はそのとき、目の前にいる赤髪の少女を一人にしてはいけないと、強く思ってしまったのだった。
それから二人三脚の暮らしが始まった。
生活は全てが順風満帆とはいかなかった。
彼女を引き取ったことで生じた、貴族との政治的やりとりは面倒であった。また少女にはそのことで不便を強いることにもなった。
また、初級魔法使いと揶揄された少女が、苦しい目に合っているのを、どうしても助けることが出来なかった。
強い無力感を覚えることもしばしであった。
少女が聖騎士の少年と共に過ごすようになり、エルフの女性と過ごす時間が減ったことに、やけに寂しさを覚えた。
少女の才能が開花し、それを目の前にしたとき、威厳を損ってはいけないと、涙をこらえるのが一苦労であった。
二人での生活は苦労だけではなかった。
少女との生活は楽しかった。
苦労も喜びも困惑も寂しさも、そのいずれもが、エルフの女性にとっては───
だから、その日、エルフの女性は、一大決心と共に、少女へと、告げた。
◇◇◇
───お前の気持ちがそのときも変わらないのであれば、『エン・ダイナスト』を名乗れ
◇◇◇
ああ、どうして私は、
◇◇◇
エルフの女性は、帰らない少女を思い、手紙をしたためては、机へと放り込んだ。
少女が戻らないことに、あのときの約束は違えられたのだと面を伏せ、涙を流した。
◇◇◇
このとき自分は何をしていたか───
◇◇◇
その日、失意の女性が、少女の愚行を耳にした。
彼女は、少女の犯した罪は、己の罪だとし、自らの身命を賭して、償う決意を硬めた。
◇◇◇
ああ、あ、
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二度と会えぬだろう父母への手紙を蒼焔で焼き払った。
◇◇◇
「プルさん───」
気が付いたときには、私は彼女の名前を呼んでいた。
触れた手の平から伝わった、確かにそこにいる彼女に、赦しを乞うように、すがるように、その温かさを目印に、私は彼女という存在を、求めて、求めた。
◇◇◇
《魔力回路》を通した魔力の借用は、均等にいかなかったのか、それとも二人の魔力量に大きな差があったのかは、不明であったが、《魔剣ニーズヘッグ》の操作に必要な魔力を除き、プルミーの魔力量の低下は危険水域へと到達した。
それを察知した、聖騎士が声を上げた。
「プルさんの《魔力回路》からの供給を一度止めろ!! 足りない分は俺からもってけ!! 俺の魔力ならまだまだ余裕がある!!」
我に返ったアンジェリカは彼に従った。
◇◇◇
そして───さらに勢い良く私へと注がれた聖騎士の魔力は、感情と記憶を運んでやってきた。それこそは彼のものなのだと理解出来た。
目を背けたかった。
けれど私は知らないといけなかった。
それがどれだけ、酷い真実であり、己の罪を突き付け、曝け出させるものであったとしても、私には───今の私には、その全てを知る義務があった。
◇◇◇
それは少年の出会いと、別れと、孤独の記憶であった。
赤髪の少女と出会った少年は、当時孤独に喘いでいた。
そんな己の苦境にも関わらず、少年は赤髪の少女へと手を差し出してみせた。
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誤字報告毎回本当にありがとうございます!
やっぱりこういう場面こそちゃんと詳しくやらなきゃ(切実)という感じでした。




