第11話 ジオグリフの悔恨
○○○はイチロー視点またはそれに準ずるもの
◇◇◇は他者視点だったりします
○○○
目の前の女性が「ふうー」と一息吐いた。
あまりにも綺麗な女性だった。
肩まで伸びた黒髪は夜の帳を思わせた。白を基調としたロングドレスにも似た彼女の衣装に黒髪が美しく映えていた。
そんな俺の視線に思うところがあったのか、数瞬、彼女が目を伏せた。再びすっとその視線が俺へと持ち上げられたとき、俺は息を飲んだ。
彼女の瞳に、嘘偽りは許さないという真実を見通すような鋭さを感じたからだ。
ややもするとキツさを与えかねない彼女の瞳であったが、その奥にある理知的な色と、凛とした佇まいによってそれは、彼女の圧倒的な美貌へと昇華されていた。
「変態アノンから救援を頼まれたから来たのだけど……一緒に行くメンバーってのはそっちの二人で良いのかしら?」
彼女は俺と、アンジェリカを見定めるように眺めた。
「あ、ああ、俺の名前はイチ───いや、俺の名前はロウ」
彼女の瞳が射抜くように俺へと向けられた。
しかし、しばらくすると彼女はふと頭に疑問符を浮かべたように首を傾げた。
「貴方、ロウと言ったわね。わたし達どこかで会ったことはない?」
「いや、多分ないと思います……」
彼女の疑問に俺は冷や汗を流しつつもあやふやに答えた。
パーティに所属していたころの俺───聖騎士としての俺を知る者かもしれなかった。冤罪とは言え、過去の余計なことを詮索されたくはなかった。
「まあ、ならいいんだけど……」
何やら納得のいかない様子の彼女であったが、何とか疑問を収めたようであった。そんな彼女に、
「私は、アンジェリカ・オネストよ」
アンジェリカが簡潔ながら自己紹介した。それにオルフェリアが声を上げた。
「ああ、貴女が賢者アンジェリカか。御噂はかねがね」
含みのある言い方であったが、何かを聞ける空気ではなかった。とそこへ、アノンが、
「賢者アンジェリカさん、だったかな? そう言えばキミもここにいたね」
いたよ! ずっとここにいたよ!
アノン! 何か言い方にトゲを感じるよ!
「ワタシはね、正直、キミという人間を信じていない。だからロウの助っ人にオルフェリアを呼んだ。けれどまあ、せっかくキミもバーチャスへと向かうんだ。ロウ達の足を引っ張らずに少しは頑張ってくれたまえよ」
おうふっ!! 何これェーーー!!
初対面のはずなのに何でそんなこと言うの?!
アンジェリカブチ切れ案件であった───そのはずなのに、
「おろろ?」
俯いたままの彼女は何も言い返さないではないか。
ははーん、さては、お前、腹でも、減ってるんだな。
飯は良いぞ。腹が満腹になっちまえば、ケンカだなんだなんて、何も気にならなくなるからよぉ!
などと、俺が現実逃避していると、
「まあ、いい。賢者様とは、また近い内にでも話し合うことになるだろう。ロウ、引き止めて悪かった。《鶴翼の導き》はこっちだ」
そう言って部屋を出たアノンを俺達は追ったのだった。
○○○
「ロウにばかり、重荷を背負わせて申し訳ないと心より思う。なるべく早く、ワタシもバーチャスの所へと向かうから」
アノンが俺の手を握り締めた。
ちっちゃい手だ。ちゃんと飯を食えよな。
「ああ、けどよ。それまでには片付けちまうぜ?」
「頼もしいよ、ロウ」
などと、俺達のやりとりをジト目で睥睨したオルフェリアが、
「あんた達、まさかそういう関係……いや、別にどうでもいいけど、そろそろ行くわよ」
彼女の言葉に頷き、俺はアンジェリカへと顔を向けた。
すると彼女も、一つ頷いた。
「じゃあな! アノン!」
こうして、俺達は《鶴翼の導き》によってバーチャス戦線の本拠地である、スクルドの街へと旅立った。
○○○
スクルドに着くと、前もって伝えられたアノンの指示に従い、ギルドの本拠地を訪ねた。そこにいるとされた有名クランのトップに取次を頼んだ。どこの馬の骨とも言えない俺(実際に言われた)───以外の二人はまさにスーパースターであった。
賢者と言われるアンジェリカ・オネストにめちゃスゴクラン《七番目の青》の有望期待株一番手であるオルフェリア・ヴェリテ。
「マスターに会わせるなんて!!」「どこのバカ野郎が分不相応なお願いしてんだ!」と騒いだ下っぱも、ビッグネーム二人がいれば、腰を抜かして失禁アンド顔パス待ったなしであった!!
くすん……悲しくなんてないのだ。
顔面を真っ青にした彼ら下っぱは、それまでの攻撃性が嘘のようにへりくだって、自らのクランマスターへと取り次いでくれたのだった。
そんなこんなで、クランマスターと多少なりともやりとりをしつつ、俺達は彼らに用意してもらった飛竜(俺のブルボンに比べたら大したことはない)と御者に感謝しつつ、目的地───プルミーさんが今まさに戦っているだろう場所へと急いだ。
○○○
竜の背に乗った俺達。
順番は前から、御者、オルフェリア氏、俺、アンジェリカであった。
先程のやりとりを踏まえてか、それともアノンより推挙されし謎の無名の俺を間に挟んでいるからか、オルフェリアもアンジェリカも、お互いに自分からは話をしなかった。
まあ、確かに、ほら、誰かを間に入れたまま、その両隣の人達で話をするのって失礼じゃないですか。多分そうだと思うんですよね。
溜め息吐きつつ、俺はアンジェリカへと問うたのだった。
「アンジェリカさんよ、《光の迷宮》攻略した後、プルミーさんに連絡してねぇだろ。一度くらいはプルミーさんに連絡取ろうとも思わなかったんか?」
俺の問い掛けにアンジェリカは沈黙を保った。
自分の語気が多少なりとも強くなったことに気付いてはいた。
「別に責めてるわけじゃなくて……ただどうだったのか聞いてるだけさ。そんなに難しく考えないでくれよ」
彼女が返事をするまでしばし時間を要した。
そしてやがて、
「プルさんに連絡は……していないわ」
彼女の返答は予想通りのものであった。しかし、その続きは予想外のものであった。
「どうして私は、こんな大事なことを……忘れて───違う、そんな必要はないとあのときの私は───」
彼女は頭を抱えてぶつぶつと呻き出した。
「おい! いきなりどうしたんだよ!」
アンジェリカは俺の問い掛けにも答えず、何かを呟き続けた。
「大丈夫か?」
「───大丈夫かどうかは、私には、もう、わからない」
彼女はそう言ったきり何も話さなくなった。
伺っていたのか、そのタイミングでオルフェリアが、
「そろそろ着くはずよ。わたしには貴方達が何を話してるのか、わからないんだけど、少しばかり到着後の話をしましょう。といっても、大したことじゃないわ。貴方達は好きな様に動きなさい。どうせ協力しようったって、付け焼き刃の連携なんてものは、たかが知れてるから」
と前方を眺めたまま俺達へ語りかけた。
「おいおい、言い分はわかるけど、力を合わせないと勝てるものも勝てなくなるぞ」
「何も私は力を合わせるつもりがないとは言ってないの」
「じゃあ───」
どういう意味で? と俺が尋ねようとしたとき、彼女は、あごを上げ、背中側に体全体を反らし、どこか挑発的な視線をこちらへと向けた。
「わたしが貴方達に合わせてあげる」
初見で俺やアンジェリカの技量すら知らない彼女に、そんなことが───
「出来るから言ってるの」
まるでそれはこの世の理かのように、
「───わたしを誰だと思ってるの?」
彼女───オルフェリア・ヴェリテはそう告げた。
そしてちょうどそのとき竜の御者が俺達へと声を発した。
「あちらです。見えてきましたよ」
未だに彼方ではあるが、彼の指した方角に、確かに巨大な三つ首龍が見えた。彼のモンスターがあまりにも大き過ぎて、相対する者達が豆粒のようであった。サイズ差があり過ぎて、縮尺が何かもうおかしなことになっていたのだった。
そして何より、龍を前にして立ちはだかったのは、バーチャス戦線の要とも言われているプルミーさん、その人であった。
のそりと動いた三つ首の、それぞれの顎が光輝いた。そこには、離れていてもわかるほどの莫大な力が集中していたのだった。
そして三つ首龍より、力の塊は一気に解き放たれた。
一つは上空を突き破り、一つはプルミーさん達の背後の山をぶち抜き、一つは彼女達へ向かった。
「《煉獄の門》」
彼女の呼び掛けに従って、焔に、包まれた荘厳な門が圧倒的な存在感と共に呼び出された瞬間を、俺は目にしたのだった。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
『おもしろい!』『続きが読みたい』『更新早く』
と思った方は、よろしければブックマークや『☆☆☆☆☆』から評価で応援していただけたら幸いです。
みなさまの応援があればこそ続けることができております。
誤字報告毎回本当にありがとうございます!
いわゆるシャフ度というやつです




