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第2話 私の世界①

◇◇◇


「さすが赤髪の欠陥品(パッションフェイク)ね」


 蔑みのセリフと共に、私の張った五重の《ウォーターウォール》はあっという間に突き破られた。

 相手の魔法は多少減衰すれども、悲しいかな中級魔法にすら破られる始末だ。

 ほとんど威力の衰えない相手の中級魔法ファイアランスは私にぶつかると、訓練場の結界の効果(ダメージを肩代わりしてくれる)で消滅した。


 交互にそれぞれ攻撃魔法と障壁魔法を張り合い、ぶつけ合う練習は、原始的だとは思うが、実際に自分の実力を把握し、魔法を体感するためにも、実践的な訓練とされている。


 私はこの訓練が嫌いだった。

 やる前から結果が分かっていたからだ。


 それにいつでも私は注目の的になった。

 それも悪い意味で。


「アンジェリカさんまたですか?」


 実技担当の先生がわざとらしい溜め息と共に非難するように声を出した、

 またあの目だ。

 いや、先生のみならず、私を知り、今この場にいるほとんどの者の瞳の奥にある色は、蔑みの感情だ。


『オネスト家の面汚し』

『失敗作が』

『オネスト家ってだけで威張りやがって』


 どれもがかつて直接私へと投げ掛けられた言葉だ。


 そして今──、


「私はあんな風じゃなくて良かった」


 誰かが言った。





◇◇◇




 アンジェリカ・オネスト。


 それが私の名前だ。

 オネスト家は世界でも有数の魔術師の家系とされる。

 はるか昔より綿々と受け継がれてきた血統───それはかつての勇者と共に世界を救った魔導師に端に期しているとも伝わっている。


 実際のところ真偽は不明であるが、オネスト家はそう(はばか)って譲らない。けれど、それが許されるだけの実績を残し続けてきたのも事実である。


 オネストの人々は血統こそが誇りであり、またそれに釣り合うだけの能力を十全に持っていたのだ。


 また私もかつてはオネストの一員として期待されていた。


 始祖と同じとされる赤髪と、オネストの歴史上最高の魔力を持って産まれてきた私は、始祖の再来だと持て囃された。



 まずは両親、次いで身内の大人達が集まり、

『始祖の再来に相応しい教育を』と私に口々に告げた。


 そしてその言葉通りの教育が私に課された。


 この世界には決まりがあった。

 幼子が魔力暴発を起こさぬように、精神の安定する十歳になるまで魔法を使ってはいけないのだ。

 私も当然ながら、その決まりに則った。

 そういうわけで、魔法の行使はせずとも、十歳になったときに準備が出来てませんでしたなんてことがないように、来る日も来る日も体内での魔力コントロールの訓練に明け暮れたのだった。


 また、知識や技術などの教育も、ただでさえ厳しいとされるオネストの子供達の受ける教育とは一線を画すものがあった。


 私の一日は訓練と勉強で占められていた。

 けれどそれを苦痛だと感じたことはなかった。

 むしろそれは私にとって息をするかのように普通のことですらあった。


 上手く言語化は出来なかったが、子供ながらに漠然と学びこそが人生だと悟っていたし、訓練もやって当たり前のものだと受け入れていた。

 私にとって学ぶことや訓練することで、未知の魔法や知識と技術に触れることは何よりの喜びであった。


 だから私の幼少期は幸せだった。


 全ての始まりを思い返すと、それはやはり十歳の誕生日だった。




──────────────


◇◇◇



 オネストの者なら、体内での魔力操作や、術式の勉強を済ませているので誕生日になると、その日の内に適正のある中級魔法まで試しに行使することとなる。


《賢き者》

 それこそが私のスキル持つレアスキルの名称だ。


 オネストの始祖が持っていたとされるスキルと同じ超希少とされるスキルであった。

 このスキルがあれば、全ての属性に適正を持ち、全ての属性を少なくとも上級魔法までは行使出来るとされていた。


 誕生日のあの日、オネスト家本邸の修練所。

 私のお披露目であり一族のみんなが集まった場だった。

 今でも私はその時の光景を夢に見る。


「みんなほら小さな賢者様だぞ」

「あれが再来か」

「オネスト家史上最高の神童のお披露目」

「なんてめでたい日だ」

「これでオネストも五十年は安泰だ」

「彼女と同期の子供達は可哀想だな。なんたってこれからずっと彼女と比べられ続けるのだから」


 中級など出せて当然──周りはもちろん私もそう思っていた。


 けれど、どうしても、どうしても───

 私はその日、中級魔法の行使が出来なかった。




◇◇◇



 両親と親族は期待を掛け過ぎたと、私に謝罪の声を掛けた。


 その言葉を受けて、不甲斐ない自分を恥じた私は、みんなの期待に応えるためにもより一層の訓練を重ねた。


 それは辛く厳しいトライアルアンドエラーの日々だった。

 何より両親の『訓練をすれば大丈夫だ』『時間が解決してくれる』という励ましが辛かった。


 けれどそんな訓練の日々も、まだマシだったのだと、私は後に知ることになった。


 切っ掛けとなる日は忘れもしない。

 その日、業を煮やした親族が、突然訪れた。

 彼は私に異常があるに違いないと、宮廷魔術師として名高く、魔術医療の権威であるという先生の元へと私を連れていったのだ。

 そうして私の全ては終わった。




◇◇◇



 先天性魔力放出孔栓症。


 宮廷魔術師の彼が告げた。

 これが私の病名だ。


 王都にも一人か二人しか存在しない程の確率で現れる病気であり、現代の医療では治癒は不可能だとも告げられた。


 そこからはあっという間だった。



◇◇◇




 重過ぎるほどの期待を寄せていた両親はもちろん、親族誰しもが私へと期待することをやめた。


 それはまるで櫛の歯が欠けるように、頻繁に顔を見せに来ていた彼ら彼女達は、私の周りから姿を消した。


 それでもかろうじてオネスト家に住むことが出来たのは、私のこの髪色と魔力量───つまり、私の先祖帰りとも言われる血統ゆえのことだろう。

 つまり当時、本家唯一の後継ぎとされた私には、大きくなった際に、血を残す───という役割が残ったのだった。


 私は子供ながらに、地を這うように、血を吐くように、現状を打破するために一日の全てを現状の打破へと費やした。


 出来もしない中級魔術の訓練はもちろん、宮廷魔術師の所へ赴き、治療法の解明のために自らの身体を以て、様々な実験にも耐えてみせた。


 そんな折のことだ。

 両親に彼らの部屋に来るようとの連絡が届いた。



◇◇◇



「子供が出来たの」


 ───頭が真っ白になった。


「これで苦労から解放されるたな」


 ───そうだ。両親には苦労を掛け続けてきた。


「今度は出来損ないじゃなければいいですわね」


 ───両親から出来損ないと呼ばれていることも知っていた。


「今度の子にはもっと愛情を注ぎましょう」


「そうだな」


「オネスト家のお役目を一つ果たすことが出来た」


「あら、あなた、まだいらしたの?」


「おお、用件は済んだぞ」


 父は笑顔で、そうだ、と続けて雑談でも興じるように、


「良かったな、お前はもう好きにしろ」


 と笑った。それに母も笑顔で頷いて、


「準備は済ませておいたわ」と告げた。


 いつかは来ると知っていた。



◇◇◇



 はからずも、私が出奔を余儀なくされたことは、すぐさま親族身内だけでなく、国内の魔術の名家に知れ渡り、かつての神童のゴシップは魔術師達の間でそれなりに話題となった。



 そしてその頃、誰が言い出したか、私は、

赤髪の欠陥品(パッションフェイク)と呼ばれていたのだった。




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