第5話 バーチャス戦線④
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三桁を超える問題児の内の三十人という頭のおかしくなりそうな人数を引き受けたプルミーは、数時間にも渡って、仲良くしようと真摯に訴えかけたことによって、彼ら全員の心を開いた。
問題児達とも仲良くなり、サボり組のお陰で靄の増殖がレッドゾーンへと突入した地域も、大量の人員を送ることで何とかその数を減らすことが出来たと報告が入った───その矢先のことであった。やっと一息吐けるというところで、彼女は再び岐路に立たされることとなった。
「あー、またか! 今度はどこだ!!」
バーチャス戦線上層部───スクルドのギルドの一室にプルミー達の声が響いた。件の地域とは別口からの大規模応援要請であった。
今のバーチャスの戦況は、まさに沈みかけの船であった。
穴が空いた浸水箇所を直しても、すぐに別の箇所に穴が空き、そこを直してもまた別の場所に穴が開く。そうこうしている内に船自体の耐久性は損なわれ、人手も尽きてくる。結果仕方なく乗組員一人一人の負担はさらに重いものとなり、精神肉体の双方に多大な負担がかかってしまう。
プルミーはそこまで考えて、かぶりを振った。
何とかして思考を切り替える必要があった。
これはもう、どうにもならない。
やはりまずはそこを前提にしなければならない。
後は、オーミやイチローが《封印迷宮》を滅ぼすことを信じ、それまでにどれだけこの状況を保たせるかが鍵なのだ。
わかってはいるのだ。けれど、次から次にもたらされる報告に、焦りの気持ちが生じることは仕方のないことであった。
ならば、それも含めて全てを飲み込み、周囲には焦りを見せてはいけない。
プルミーは自身に言い聞かせると共に、ポケットに手を入れてとあるお御守りを握り締めたのだった。
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今回の応援要請には、途中で戦力外と看做された者達を集めたプルミーのパーティが応じることとなった。
パーティが機能するかの試運転でもあったが、それ以上にプルミーは今回の要請に嫌な予感を覚えたのだった。
万が一その予感が当たり、非常に困難なトラブルが発生したとしても自分ならば何とか───という感情に加えて、靄によって完全に陥落した地域なぞ出てみろ、それこそ前回の《封印領域》の二の舞いは確実なものとなる、と彼女は危惧したのだ。
ならばこそやはり、自分自身が出るのが道理であった。
応援要請を出した地域に赴いたプルミーパーティは、リーダーであるプルミーに従って非常にタイトな戦いを強いられた。
靄は既に探知などせずとも、平原のそこここに見られる状況だった。
こうなると問題は如何にして靄の増殖速度を超える速度で彼らを殲滅するかであった。
プルミーは、すぐさま己の担当するパーティを五つにグループ分けし、元々件の地域を担当していたパーティのリーダー達と短いながらも何とか話し合いの時間を設けた。
その場でプルミーは、これまでに自身で備蓄してきた莫大な数のポーションや魔力回復薬を彼らに配当し、彼らを含めたより効率的に靄を討伐するための提案をしたのであった。
それは何も難しいことではない。大人数となれば、戦闘中であっても効率的に休めるパーティを作れる。これからの戦闘を考えて、これまでより一層密な連携を取らないかというものであった。
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結論から言えば彼女の提案は受け入れられた。
これによって上手に規則的なスケジュールで休むことの出来るパーティが出来、これまで以上に効率的に靄の討伐が可能となる。
こう聞けば、それはもう素晴らしい成果であったのだろうと思うだろうが、真相はまた少し異なる。
プルミーは、件の地域の人員にさらなる提案と言う名の心からの真摯な訴えをしたのであった。
「万が一眠い人がいれば、ヒーラーから覚醒作用のある回復魔法をかけてもらえばいい。睡眠時間のほとんどを削ることが出来る。怪我したり疲れたのなら、いくらでもポーションを飲めばいい。魔力消費が激しいのなら、魔力ポーションを飲め。もしポーションの不足を気にしているなら、その必要はない。私がバカみたいに持ってきた。いくらでも飲めばいい。遠慮しなくていい。というか飲め。一気飲みしろ。がぶ飲みしろ」
もちろん提案は不当であると断った日和ったリーダー達は、すぐさまプルミーさんの切実な訴えによって、彼女の心の友となったのであった。
その作戦は功を奏した。
少しずつではあるが、プルミー達の靄の討伐速度が、その再生数を上回ったのであった。そこで彼女達は全く手を抜くことなく、夜通し休むことなく戦闘に従事したのであった。
そして、翌七日目。
ヤマダ達が《封印迷宮》から脱出した当日のことである。
空が白む頃には、靄の数は大幅に減少しており、プルミーはほっと一息吐いた。
この調子でいけば夕刻までには、多くの人員をいったん戻し、別の箇所に派遣出来るはずだ、と彼女は考えた。
「プルミー様! 見て下さいましたか!」
クラインがキラキラした瞳をプルミーへと向けた。
「おおー、すごいすごい! やれば出来るじゃないか!」
彼女のお褒めの言葉にクラインが「あおお」と歓喜の声を上げ、頬を上気させた。
「お姉様! そんな奴より、私の魔法を見て下さい!!」
こちらは、二番目にプルミーのお友達となった貴族女性であった。彼女もプルミーへとピュアな眼差し向けた。
「見てるさ。さっき使った《火炎錐》は中々良かったぞ」
プルミーの称賛に彼女は「うううんッッ」と身体を震わせたのだった。
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その正午のことであった。
予定よりも早く靄の討伐が進んだのであった。
これまで休むことなく討伐に当たっていた彼女は、拠点に作られた簡易小屋に腰を下ろした。
その場にいる多くの者から緊張が解け、弛緩した空気が流れていた。だから、プルミーだけが、異常を感じ取っていたのだ。
「早すぎる……こんなはずは」
予想を遥かに上回る速度での靄の減少は、討伐以外の何か別の原因があるに違いなかった。
少なくともプルミーはそう理解していた。
とそこへ、戸を乱暴に開ける無粋な音が響いた。
「プルミーさんッッ!!」
進行形で戦闘に当たっているパーティの斥候の人物であった。
「ば、化け物が現れましたッッ!! 早くッッ!! 私の仲間達を助けてやってください!!」
彼はそう叫ぶと、疲労から膝を着いたのだった。
休ませるべきだったが、彼の証言の場所に最短で辿り着くには彼を連れて行くのがベストであった。
「余裕のある者は私に続け。それから、君と君は、急いでスクルドへ戻って現状の報告をしろ。それぞれ手分けして、ネリー、オネスト、騎士団、《反逆者達》、《エデンズガーデン》のリーダー達へと正体不明の化物との戦闘に入る、もし人員に余裕があるのなら、準備をするように伝えて欲しい。ことの詳細は、《連絡の宝珠》を持つ者へと伝えることにする」
そうして、プルミー達は先述の斥候の者達と共に、化物の元へと急いだのだった。
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到着したプルミーの見たものは、三本首の龍であった。
結局のところ、誰も知ることはないが、この龍こそが、聖騎士アシュリーの恐怖心の具現であった。まさに彼女が《大物喰いのアシュリー》と呼ばれる切っ掛けとなったモンスター───その超強化版であった。
その身体は濁った液体により構成されており、既に多くの者が魔法を撃ち込むも、到底効いているようには見えなかった。
すると龍の三本の首の各々の口腔が光りだした。
とてつもないエネルギーが集中しているのをプルミーは感じた。
大気を震わせる咆哮───それと共に全ての口からエネルギーの塊が光線となって放出された。
そして、その一つは上空を突き破り、一つは彼らの背後の山をぶち抜き、一つは彼女達を飲み込んだのだった。




