第4話 バーチャス戦線③
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もちろん問題のある人物は魔法貴族だけではなかった。
中にはクランの名を笠に着る者や、名貴族家出身の探索者なども大勢含まれていた。その場合、彼らの出身組織のまとめ役へと問題児の監督は委ねられた。
しかし、全員が全員、この短時間で文句も言わずに戦線復帰を果たすかと言えば、そう上手くはいかなかった。
先程挙げた後者───名貴族家出身の探索者は、アンビッシュをはじめとする純貴族主義の魔法貴族達と同様に、非常に扱いにくい人員であった。
そんな扱いにくい人員の総数は、困ったことに百を超えた。プルミー達、バーチャス戦線を取り仕切る者達は頭を悩ませた結果、彼ら自身が信頼のおけるものを問題児のお目付け役にすることで、彼らを運用するように決定したのだった。
それでもあぶれた者はプルミー預かりとなり、こうして三十人にも上る大規模パーティが誕生したのであった。
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小回りの効かない三十人パーティ。
というか、規模がデカすぎてもはやそれはパーティではなく、より正確に言うなら一個小隊であった。
彼らを引き連れて、これまで通りに靄の探査と殲滅を行うのは不可能ではないが、非常に難しく、非効率的であった。
多くの者がそのことを理解していたが、彼らはプルミーへと問いただすようなことはなかった。
プルミーは《鏡の迷宮》から長い間王都付近を護り続けてきたグリンアイズギルドのトップである。自分が言わずとも、深謀遠慮の彼女には何か考えがあってのことだろうと理解していたからだ。
そしてその考えは正しかった。
プルミーはもう、均衡が大きく傾きつつあることを悟っていた。
報告から受ける靄の増殖の仕方が、想定を遥かに上回るものであったからだ。また、データ的にも二度ほど、急激に靄が増殖を始めたタイミングがあった。このタイミングがもう一度、二度起これば、あっけなく均衡は崩れるだろうとも予期していたのだった。
この推測は間違えておらず、かなり的を射たものであった。
靄が急激な増殖を始めたタイミングというのは、ノーブルに発現した《封印迷宮》が己の存在の力をバーチャスへと大量に移動させた時期であった。より正確にいうと、一度目のタイミングはヤマダが《水晶のヒトガタ改》を葬った時であり、二度目のタイミングはオーミが《天使改》を葬った時であった。
こういった事実を知らずとも、プルミーは、バーチャス戦線に出来ることは、ノーブルで《封印迷宮》に突入したオーミやイチロー達が、《封印迷宮》───ひいては《封印領域》を滅ぼしてくれるまで何とか耐え続けることだけであると理解していたのであった。
そして、三十人のパーティは、明日か、翌明日か、近い内に必ず来るだろう靄の大規模な襲来に必ず役立てようと、彼女は覚悟を決めたのだった。
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翌六日目。
その早朝のことであった。
プルミーは前日に一箇所にまとめていた問題児達を叩き起こし、ギルドの訓練所へと有無を言わさずに連れて行った。
「クライン、君は確かに強い。けれど上を見ればいくらでも上はいる。もちろん私もその一人だ。だから───」
プルミーは足元に転がるクラインに告げた。
「文句があるなら、私を超えてからにしてもらえるか?」
彼女のセリフはクラインのみに向けられたものではない。
その場に集められた彼女のパーティのメンバーは、それを理解して顔を青くしたのだった。
彼女から持ち掛けられた決闘に意気揚々と挑んだクラインは、今はもう全身ボロボロになっており、殺気の籠もったプルミーのセリフに半べそをかいていた。
「返事がないな。なら、続けよう」
プルミーの殺気はフェイクではなかった。クラインの本能が感じ取った。実際にプルミーはもう、彼が死んでも構わないと思っていた。彼は特に大きな危険因子であったし、彼が死ぬことで残りの人員に対する見せしめにもなると考えた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 言う通りにやります! やりますから許してください!」
憐れクラインは、五体投地で謝罪を決め込んだのだった。
しかし、プルミーは空を仰いだ。
「あー、いや、やっぱりもう謝らなくてもいい」
「へっ?」とクラインは鼻の抜けるような声を出した。
「いい加減、私もやきもきしてたからね」
プルミーを中心に魔力が高まった。
この場に集められた人員も人格はそれとして、それなりの実力者達であったが、プルミーの圧倒的な力を前にして、まるで言葉を忘れたかのように喉を震わせた。
「ここいらで、みんなの志気を高めるためにも、君には不幸な事故に遭ってもらうことにしたんだ。だからもう謝らなくていい」
《蒼焔》と呼ばれる彼女の魔力が蒼く揺らめいた。
生存本能に従い、ばたたと訓練所から逃げ出そうとした者がいた。
「逃げたら殺す」
プルミーは彼らへと殺気の籠もったセリフを投げ掛けた。
ドアを覆うように、蒼焔が浮かび上がった。
「何としてでも殺す。絶対に殺す。それでも逃げたい奴はこれから先、枕を高くして眠れると思うな」
彼女の真に迫った脅しに、ある者は膝を着き、ある者や悲鳴を上げた。
「クラインよ、さっき私に言ってたな。アンビッシュがどうのこうのとか」
クラインは必死に「ち、ちがいますぅ」と顔から液体という液体を流して顔を左右に振った。
「『アンビッシュを敵に回すのか』だっけ? 私の蒼焔なら骨も残らないからバレることはない」
プルミーの左眼に蒼焔が浮かんだ。
「それに万が一バレて面倒なことになれば、アンビッシュの一族郎党燃やし尽くせばいい」
「ごめ、ごめ、だだれが、だずだず、」
クラインは己の死を幻視した。
あまりの恐怖に下半身から力が抜けた。股を濡らす温かい感触に気付いたが、恥は全く感じなかった。
「ひゃめ、へぇぇぇ」
何より迫りくる目の前の───
「なんてね」
プルミーは魔力を収め、ぐるりと集団へと笑顔を見せた。
「これは、一人目で、デモンストレーションみたいなもの。何より彼は心の底から謝ったからね」
集団の数人がホッとした顔をした。
「安心したそこのお前」
プルミーが女性の探索者を指差した。
「次はお前の番だ」
指名された女性探索者は「わ、私の父を誰だと思ってるんだ! こんなことをして許されると!」などと宣ったが、プルミーはそれを一瞥し、「お前らのそれは挨拶代わりか? ならこっちも挨拶しなきゃな」と一頻りぼやくと、クラインに声を掛けた。
「あいつをここまで連れてこい」
クラインは「あ、あ、あ、あい、あい、あい!」とマッサージチェアに置かれた腹話術の人形のように激しく頭部を上下したのだった。
◇◇◇
剣士には剣で、魔法使いには魔法でもって、プルミーは自身に預けられた人員全員に実力を見せつけた。
中でも特に目をつけられていたクラインは一度、二度と言わず複数回プルミーの前へと引き摺り出されたのだった。
最初は反抗的であった彼ら彼女らであったが、正午を回るころには、全員がプルミーの友人となっていた。
彼らは、率先して彼女の指示を聞き、何より、それに従うことを至上の命題とした友人達であった。中でもクラインは親友であった。今の彼はプルミーのためなら命すらベット出来るほどであった。
みんなが仲良しになり、少し休憩を取ったその後であった。やはりというべきか、靄の飽和地域の報告と共に、大規模な応援要請が出されたのであった。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
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みなさまの応援があればこそこれまで続けることができております!
誤字報告は毎回何かしたら出てまして本当に助かっております!ありがとうございます!
次くらいにヤマダ出ます、多分……




