第2話 バーチャス戦線①
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プルミー・エン・ダイナストがスクルドにて、多くの猛者を前にして堂々たる態度で《封印領域》の危険性を伝えた後、その会議の場で多くのことが話し合われた。
それは、《封印領域》に対する効率的な対処の仕方や、効率的な靄狩りを目的としたパーティ分けであったり、パーティが休息する順番といった、先んじて靄の討伐をこなすボルダフのトップ達からのアドバイスに従って決めるべき最優先事項とされたことであった。
通常であれば、そこそこの立場の探索者パーティやクランは己達の利益などを我が我がと主張するものであるが、そこに集められた者達の中には勘違い野郎はいなかった。
ほとんどが貴族で構成されているオネストをはじめとした魔術師団の彼らも、下手に口を挟むということはなかった。
もちろん愛国心もあっただろうが、彼らはマディソン宰相の一声によって国のために集められた者達であり、十分な報酬が約束されていたのであった。そして何より、あのマディソン宰相に貸しを一つ作れるという思惑があったことも否めないだろう。
そういった理由もあり、バーチャスの地域では靄の討伐に関する準備は滞りなく進んだのであった。
その甲斐あってか、バーチャスにおいてもつつがなく靄の討伐が行われた。さすがプロの仕事か、雑魚狩りとも言える状況にも手を抜く者はいなかった。プルミーをはじめとする彼らは、確実に数を増やす靄にも余裕をもって対処してみせたのだった。
しかし、それまで緩やかであった潮目が変わったのは、ヤマダ達が《封印迷宮》へと足を踏み入れた時期であった。
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ヤマダやセンセイですら気付かなかったことであったが《封印迷宮》内部の時間の流れと、外界との時間の流れは大きく異なっていた。
ヤマダ達の体感であれば、《封印迷宮》へと飛び込んでから外界へ戻るまでの時間は二日から三日ほどであった。しかし、彼らが迷宮に足を踏み入れてから、実際には一週間が過ぎていたのだった。
そして一週間という時間は、バーチャスの戦況が変化するのに十分過ぎる時間であった。
彼らが封印迷宮の奥へと進むにつれ、それなりに上手くいっていたはずのバーチャスでの戦況は徐々に様相を変えた。
《封印迷宮》にあふれかえるほど存在していた雑魚モンスター達がバリバリと殲滅され、凶悪な階層ボスが倒されるほどに、バーチャスに現れる靄をはじめとするモンスターの数が増した。たったそれだけのことであるが、バーチャスを護りし者達に多くの問題をもたらしたのであった。
ヤマダ達が《封印迷宮》に足を踏み入れた初日、中でも勘に鋭い者がこれまでとは何かが違うと、違和感に首を傾げただけであった。しかしその翌日になると、彼らは状況が明らかに変わったことに確信を抱き、クラン上層部やプルミーへとそれを伝えた。
幸いなことに、連携自体は取れていたので情報の共有は上手にやれたが、問題は靄を討伐するときに楽勝であると一度緩和してしまった意識を、すぐに切り替えなければならないことであった。優秀なベテランなどのこれまでに戦場に身を置いてきた人材はともかく、クランの末端や若い者には急な意識の切り替えは中々に難しいものであった。
また、靄の急な増加により、討伐に当たるローテーションが変更され、各々の負担が大きくなってしまったことに、実力があるがゆえに甘やかされてきた者やそれなりの数の貴族が、「どうして自分がこんな汚れ仕事を」などと不平を漏らし始めたのだった。
不平というものは、まるで病気のように伝播する。
それまで、平然と働いていた者であっても、「確かにそれにも一理あるかも」と思ってしまえば、それはもう不平の芽となるのであった。
それに加えて、周りのみんなも同じことを思っているという不穏な空気を感じようものなら、その芽はすくすくと育ち、やがては彼も「どうして俺が」と言い出すことになるのだ。
ただ、幸いなことに、呼び寄せられたクランはいづれも、プロ中のプロであった。もちろん彼らのトップは世界的にも名前を轟かせていた人物ばかりであった。
甘っちょろい意識の部下は容赦なく叱咤された。それでも耳を傾けない者には、ときには暴力を用い、それでもどうしようもない者には脱退せよという旨が言い渡された。
こうしてバーチャスサイドも何とか難局に当たってはいた。
けれども、不平は抑えつけられたに過ぎず、彼らの内で燻り続ける結果となった。そしてそれは決定的なモチベーションの低下へと繋がったのであった。
モチベーション低下───それは時として、決定的なミスを招くことになるのであった。
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この様な状況となる大本の原因となったのは、構成メンバーが全て貴族からなる魔術師団であった。
彼らの母体は、オネスト家のライバル筋であるアンビッシュという魔法貴族達であった。今回マディソン宰相によって雇われたメンバーの中にも数多く参加していたのだった。
彼らの実力は確かに本物であるが、純貴族主義であることや、苦労知らずの偉そうな頭でっかちが多いことが問題であった。
彼らは決められたパーティ内でも不平を漏らし、横柄に振る舞い続けた。
ことここに至っては言っても詮のないことであったが、靄の討伐をひたすらに続けるという地味ではあるが、国家の存続を掛けた闘いの場に、彼らのような人間を加えるべきではなかった。彼らの能力が優秀であることは周知の事実であったため、手を抜くことはあれど、まさか周囲の足を引っ張るなど、誰も想像出来なかったのであった。
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アンビッシュ家にはホープと目されたクラインという若者がいた。
彼は幼い頃から、名門アンビッシュ家でも類を見ない素晴らしい魔法の才能をみせた。
そして、そもそも彼は分家筋出身であったが、その才能を買われて家族へと相談することなく本家へと縁組し、それを期に家族とは完全に縁を切るほどの野心の持ち主でもあった。
本家へと縁組を果たした後も、周囲の者からは「分家出身」「アンビッシュの血を汚す」などと口さがなく蔑まれてきたが、その都度力を見せてねじ伏せてきたのであった。
やがてはアンビッシュ家では、彼に直接文句を言う者も少なくなり、多くの者が彼をちやほやし媚び始めたのだった。
元々の気性に加えて、そのような生育環境にあったからから、彼は歪み切った、極めて自己中心的な人物となった。
今回の靄討伐に参加させられた彼は、奇遇にも全員が貴族で構成されたパーティに配属されたのだった。
元々、やる気などない彼はことあるごとに、「だりぃ」「休もうぜ」「俺様が本気を出せばイチコロよ」とパーティに投げ掛けたのだった。
そしてそれは、ヤマダ一行が《封印迷宮》に足を踏み入れてから外界の時間にして四日目のことであった。
急激な靄の増殖に、多くの者が焦りと焦燥を覚えていた。それは上層部も例外ではなく、スクルドにて行われた会議に出席した人間も「蒼焔のプルミーの言っていたことは本当だった」と彼女の予言にも似た忠告を思い出し舌を巻いた。
多くの者は、靄の討伐に掛り切りとなったが、それでもまだ余裕がないわけではなかった。急激な状況の変化に冷静さを欠いたことは事実であったが、それでも改めて冷静に、そして確実に対処していけば、まだまだ何とかなる状況ではあった。
しかし、そうした状況を理解出来ない者達がいた。
アンビッシュの至宝であるクラインに、既に悪い意味で影響を受けたパーティメンバーは「俺らが少しくらい休んでも、こんだけいるんだ。誰かがカバーしてくれるだろう」という考えに支配されていた。
また、彼らのパーティに影響を受けた貴族や新米主体のいくつかのパーティも「まあ、少しくらい大丈夫だろ」と事態を甘く見たのだった。
この時点で決定的なミスが起こることは必至であった。
そして遂に彼らによって、上層部の議論によって決められた見回りのルートを回らずに時間を潰したり、回ったとしても丁寧なサーチを心掛けずに適当に見回りを終わらせたりといったことが起きたのであった。
そして、その翌日───
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腐ったミカンがという話でした。
クラインくんはモブ




