第67話 禁忌の英雄⑥
長い。二話分くらい。
◇◇◇
竜宮院のいう治療とは外科手術であった。
単純にメリッサの患部を切除すればいいと考えたのだった。
またアナベルの説明を受け、真っ先にそう考えた竜宮院は、「まっ、患部の切除だなんて、この世界の人間に言っても理解されないだろうけどね」とも思った。
それこそが傲慢な考え方であった。
竜宮院が知らないだけで、いや、知るつもりがなかっただけで、衛生観念はもちろんのこと、外科的な治療も既に地球から持ち込まれていたのだった。
さらに回復魔法も存在し、体力の回復を自然治癒だけに任せる必要のない世界であったので、その治療方法との相性は非常に好ましいものであった。
けれど、そういった点を踏まえてなお、『過剰魔力生産性臓器不全疾患』の治療には、患部を切除するという手段が選ばれることは少なかった。
主な理由として、患部の全てを把握することが難しいという点が挙げられた。
それなりに訓練を積んだ人でさえ、この病に罹った箇所を少しも逃さずに把握することは非常に困難であった。術後にほんの少しでも患部を残してしまえば、その箇所から再度拡がり、しばらくすると再び発症してしまう。
そして、もう一つ、この病気には厄介な性質があり───
◇◇◇
「なるほどね。それでも、僕にかかれば、君の娘───名前は何だったかな? まあいい、その娘も、完治すること間違いなしだ」
説明を聞いた竜宮院は、アナベルへと白い歯を見せた。
このとき既に彼の中では、治療を成功させた後、全ての者から称賛される自分の姿があった。
前人未到である、七つもの《新造最難関迷宮》の攻略に加えて、蒙昧な異世界人のQOLを上げるべく、聖者の如く知恵を授ける勇者。そんな彼が今度は医療分野での活躍を見せた。
勇者は野蛮な異世界人にとって奇跡のような知識と頭脳をもって、難病に苦しむ一人の少女を助けたのだった。
次に取り上げられる記事の内容はこんな感じか。
竜宮院は息を荒らげ、誰の目から見てもわかるほどに、ズボンを硬くしたのだった。
「タイムイズマネー! 僕の好きな言葉さ!」
彼は己のヨイショ要因を完全に放置し、意気揚々と店を出たのであった。
◇◇◇
その日は夜も遅く、竜宮院は厚かましくもアナベルの家に泊めてもらった。いや、勝手に泊まったという方が正しいか。
翌朝メリッサと対面した竜宮院は、がっかりすることとなった。
彼は内心『美少女だというから期待したのに何だこれ。肌も病気みたいに白いし、痩せ過ぎて頬骨も浮いてるじゃないか。それに胸もないし、腕も枯れ木の様じゃないか。しっぺでもしたら折れそうだな。これなら物言わないガイコツにでもつっこんでる方がマシだ』などと考えたが、その感情をぐっと飲み込み笑顔を浮かべた。
「大丈夫だからね、僕が助けてあげるからね」
これまでとは別の分野での有能さを知らしめるための準備みたいなものだと、竜宮院は割り切っていたのだが、彼女の患った病特有の、時折起こる意識混濁の最中であったため、声を掛けられた彼女は、上手く返事を返せなかった。
その反応に対し『この俺が優しく声を掛けてやったのに』と竜宮院は怒りに震えて、目をかっ開いたのだった。
メリッサのベッドの横に佇む、マキャベリ夫妻は赤く血走った勇者の目を見て「ヒッ」と息を飲んだのだった。
◇◇◇
「ハロちゃん、今日もありがとね」
「気にしないでください!」
「これ持っていって、みんなで食べてちょうだい」
「いいんですかっ! やったー!」
「ハロちゃん、このままうちの娘にならないかい?」
「おばちゃん、またまたー、うりうりー、そんなこと言ってもハロは何も出せませんよー?」
レモネの教会に住むハロという少女は天真爛漫で、誰からも好かれる人物であった。
「ほら、ハロ。そんな態度してちゃ、シスターマーガレットに怒られるわよ」
注意した先輩シスターも、いつでも明るく朗らかな彼女のことが大好きだった。
さらに言えば、このあとハロはいつものごとく、シスター達のまとめ役であるマーガレットから「しゃんとなさい」と怒られることになるのだが、マーガレットも決して言葉にはしないが、この愛くるしい少女のことが大好きであった。
さて、未だに子供っぽさが抜けずに叱られることの多かったハロであったが、彼女はレモネの街で、一番の回復魔法の遣い手であり、彼女はこれまでに街の多くの人達を癒やしてきた。その知名度は凄まじいもので、街では彼女のことを知らない者はいないくらいであった。
また、かつて仕事でレモネを訪れた枢機卿ギルバートも、彼女に一目置いていた。彼女のシスターとしての資質や能力はもちろん、誰に対しても一生懸命で、誰に対しても優しい性格に「皮肉屋の自分がこんな娘に絆されるなんてね」と彼女のことを、何だかんだと可愛がっていたのだった。
しかし、その日、ハロの運命は変わることとなった。
「ハロ、シスターマーガレットから言伝よ。『決して自室から出てはなりません』だって」
友達(同僚)の少女から伝えられたハロであったが、いつまで経っても応接室から戻ってこないシスターマーガレットを心配し、ハロは自室を出てしまったのであった。
◇◇◇
この世界では、日本でいうところの医者の様な仕事をしている施術士というものがある。
症状に適した薬を出したり、整形外科のように骨折なんかの処置をしたり、はたまた盲腸の摘出などのちょっとした外科手術もおこなったりと、人々の生活になくてはならない職業であった。
レモネの街で、この施術士を営む青年リクという人物がいた。
実直で、ぶっきらぼうで人から勘違いされやすい性格ではあったが、彼の仕事振りは誠実そのもので、休日中でも、訪ねてきた患者を無下に帰すということはなかった。
彼もまた、レモネの街で愛されていたのであった。
正午のピークを過ぎたころ、ようやく一息吐いた彼は、表のドアに『休憩中』の札を掛け、助手の女性と少し遅い昼食にありついていた。
助手の女性の他愛ない話に相槌を打っていると、ドンドンドンとドアを大きく叩く音が聞こえた。
リクは『札が見えないのか? 無礼なのは嫌いだ』と溜め息を吐いてドアを開けたのだった。
◇◇◇
手術を行う場所には、リクの施術室が選ばれた。
ハロもリクも、竜宮院によって有無を言わさずに、メリッサの治療を手伝わされることになった。
失敗すれば幼い命が失われるという状況であり、自分の能力を超える未知の仕事に、二人は必死に竜宮院の誘いを拒んだがそれも徒労に終わった。
ハロは、『聖女の敬愛する勇者である僕の申し出を拒むんだね。それは聖女を否定してるってことでいいのかな? ならこの街の教会も、シスターも要らないよね』と睨めつけられた。
彼女は愛すべき同僚のみんなを、自分達の居場所たる教会を盾にとられてしまい、泣く泣く首を縦に振らざるを得なかった。
リクは、『明日には施術院はなくなってるかもね、ほら、空気も乾燥しているし。ここがなくなると困る人もいるかもしれないけど……まあ仕方ないよね』と脅迫のようなセリフを投げ掛けられたのだった。
メリッサの患部は、病状が進み大まかには特定出来る状態であった。そこで竜宮院は、
『患部が分かるのなら、そこを全て摘出すれば良い。
全摘しても、臓器を再生出来るほどの回復魔法を使ってやればいい』と考えたのであった。
竜宮院に声を掛けられたその日に二人は突然の施術をすることとなった。それは全くの拙速であった。少女の命をいきなり背負わされた二人は、覚悟を決める時間すら貰えずに、身体を震わせ、少女と対面を果たした。
そして竜宮院が『絶対に大丈夫だから』『病に苦しむ少女を助けてあげようではないか』と言うままに、眼の前で病に臥せった少女への施術を強制されたのであった。
◇◇◇
結果からいうと、施術は失敗に終わった。
原因は大きく分けて二つあった。
一つ目は、異常細胞の一部が、既に別の臓器へと転移していたこと。
そして二つ目は『臓器の再生を果たすほど強力な回復魔法を掛けた』ことであった。
そして原因の後者は、より致命的なミスであった。
『過剰魔力生産性臓器不全疾患』の治療に当たり、竜宮院の考えた治療法は、既にこの世界にあった。けれど、欠陥があるため用いられることはほとんどなかった。
異世界の聖騎士ヤマダであれば、『もしかしたら既に誰かが考えてるかもなぁ、一応確認しとくか』と専門家に話を聞きに行っていたであろうが、勇者である竜宮院には、彼のような謙虚さや勤勉さは皆無であった。
そうした竜宮院の浅薄な行動は、関係者全員を巻き込んでの悲劇を引き起こすこととなった。
なぜなら、この病気の異常細胞は、回復魔法により成長を促進されてしまう性質を持つ。
ハロの強力な回復魔法によって、メリッサの症状は爆発的に進行を果たし、そのままなら数ヶ月は保ったであろうその命は一気に縮まり、余命を数日のものとしたのであった。
「君の未熟な回復魔法のせいで、彼女の死期が近くなってしまった。一体どうしたものか……幼い少女の命が……いや、それだけでは済まなされない! メリッサの家族のことを考えると僕は胸が引き裂かれそうだ! 君はどうやって償うんだ!」
病に苦しむ少女をさらに苦しめる片棒をかつがされたハロは、顔を紙のように白くし、泣き崩れ、逃げられぬ罪悪感からその場に吐瀉した。
「君も、君だ。施術士だなんて、ご立派で大層な肩書きだけど、君に出来たことといえば、かよわい少女の身体を切り刻むことだけじゃないか。君がメリッサ嬢の身体をむやみやたらと弄ばなければ、誰も不幸にならなかったはずだ!」
父の様に人を救いたいと願い、やっとの思いで施術士となった青年は頭を抱えて崩れ落ちたのだった。
「まあ、やってしまったものは仕方ないね。彼らには僕から話をつけておく。だから、さ───ハロといったかい? その代わりに、君は僕の部屋に来るんだ」
◇◇◇
その二日後に、ギルバート・ラフスムスは仕事で偶然レモネを訪れた。
彼が知ったのは全てが終わった後であった。
すぐさま彼は出来る限りの後始末をし、さらにその数日後には、ギルバート主導による《箱庭計画》が行われることが決定したのであった。
本計画における勇者の呼称は《スク》───地球でいうところの《Schwein》をもじってつけられた名称であった。
《Schwein》、すなわちシュバインは《豚》を意味する単語であった。名づけの意図は『豚の様に暮らしとけ』。
既にギルバートにとって竜宮院は、単なる敵であった。
勇者は、中途半端な知識を元に、悪びれず、反省もなく、己の思う通りに、高慢に振る舞い続けた。
この世界を、おもちゃとでも思ってるのか、彼は笑顔で周囲を蹂躙したのだった。
ギルバートにはわかっていた。
彼のこういった行為は、彼がいる限り続くのだ。
無意識に無神経に無遠慮に、彼は生きている限り、この世界にひたすらに害を及ぼし続けるのだ。
これまでもそうであった。
まとめさせた数多くの報告に目を通した。
今回は医療の名を借りて多くの無辜の民を不幸に叩き落した。
しかしこれが終わりではない。
例えば彼が、地球で用いられていた現代兵器の知識を中途半端にばら撒いたとする。今回と同様なことが起こった場合、どれくらいの被害者が出るのか想像もつかない。
それならば、それならばこそ───
ギルバートは目の前にいる少女を抱きしめた。
彼女は天真爛漫で笑顔の似合う少女であった。
しかし彼女は今では抜け殻のように涙を流し続け、ときには罪悪感から錯乱したのだった。
「『タイムイズマネー』だっけ。良い言葉だよ、本当に。
勇者くんの言葉通りに、速効でもって君の楽しい愉しい生活の全てを管理してあげるよ。そうして最後には楽しく愉しく使い潰してやるからさ」
地に響くような声を漏らしたのだった。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
『おもしろい!』
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誤字報告もいつも本当にありがとうございます!
竜宮院編とりあえずこれでおしまいDEATH
感想での多少の考察や予想は構わないのですが、
次回の予想が的中!みたいなことになると報告なしで削除するので堪忍してね!
この旨は一応割烹にも記載しておきます。
これを読んだ方は、割烹みなくても問題ありません