第65話 禁忌の英雄④
酷い話です、ご容赦を
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城から旅立って以降、勇者竜宮院王子が欠かさずにしていることがあった。それこそがパフィ姫との連絡であった。
旅に出た当初から、勇者竜宮院はどうにかしてパフィ姫と連絡を取り続けねばならなかった。
彼はその方法に苦慮し、パフィ姫に手紙を差し出した。内容は、「どうにかして貴女と直接話す方法はないものか」といったものであったが、いやしかし、完全感覚ドリーマー状態のパフィ姫は歓喜に沸き、滂沱の涙を流し、それなりに貴重品であったはずの《連絡の宝珠》を迷うことなく竜宮院へと送り届けたのだった。
それからというもの、この世界で唯一無二の自分が何故わざわざ貴重な時間を取らなければならないのか、という思いはあれども、「やれやれこれもモテる男の義務なのかな?」などと鼻の穴を膨らませながら、竜宮院王子は三日に一回は、たったの数分ではあるが、必ずパフィ姫との連絡を取っていた。
竜宮院にとって、タイムイズマネーの言葉はまさに自分のための言葉であった。彼の考えでは、己の時間は金塊にも等しいものであった。彼にとって、たった一人の女に縛られて大事な己の時間を費やさねばならないことは、非常に強いストレスだった。
そうは言っても、元来、転移前の日本では、多くの有用な者に対し己の腹の中を隠し通してきた竜宮院である。
「これはATMの定期メンテナンスのようなものだ」と己を納得させ、不平不満をおくびにも出さずに、パフィ姫との《連絡の宝珠》を用いた会話をおこなった。彼は苛立ちを表に出すことなく、自身の持ち味の一つであると自覚しているイケボを最大限に駆使して、パフィ姫との会話をこなしたのだった。
そんなある日、竜宮院を不幸が襲った。
数日に一度の数分間、決められた女性と連絡を取らねばならない、という過重労働に耐え続けた彼の身に信じられないことが起こった。
その不幸の原因となる人物は彼と同郷の少年ヤマダであった。
そもそも、正直なところ竜宮院にとって、ヤマダという人間はロクなヤツではなかった。
年齢と故郷こそ同じであれど、ヤマダはぱっとせずに、頭も良くなかった。運動能力も普通であったし、彼からは特に秀でた才能を感じることがなかった。
それどころか、スタイリッシュさなど微塵も感じさせない泥臭さと、親か教師のごとき口煩さを兼ね備えた、典型的な老害少年であった。
やれ訓練しろだとか、やれ勉強した方が良いだとか、会うたびに言われるのは心底耳障りであった。
やるならそれが必要だと思う奴が勝手にやればいい。
自分には必要ないからやらない。ただ、それだけのことなのに、バカで愚かで無知な人間にはそれが通じなかった。
かのギリシャの哲人ソクラテスも『無知の知』を知るべきだと言っていたではないか。
ヤマダは己が無知であることを知らねばならない。
お前は歯車。
俺はそれを使う側。
なぜ、そんな簡単なことすらわからないのか、不思議で仕方がなかった。
けれど、ヤマダがただの愚かな人間で迷惑を掛けない存在に留まっていれば、懐が広く思慮に富んだ竜宮院王子は彼の存在に我慢し目をつぶったはずであった。しかし、ヤマダはしてはならない、人倫にもとる行為をしてしまったのだ。
驚くことに、思いやりと思慮分別のない人非人ヤマダは、《刃の迷宮》で、恥知らずにも自分達を裏切って遁走するだけに飽き足らず、絶対唯一英雄である竜宮院王子の首を切り飛ばしたのだった。
しかも、あろうことか、首を切断され風前の灯であった竜宮院の命を人質に取り、パーティの面々に重すぎる《誓約》の枷をつけるという罪を重ねて。
枷によって、救世の勇者たる竜宮院はさらなるストレスを感じることとなった。
ただ、竜宮院は神の存在を信じてはいなかった。
そもそも、誓約魔法は神が介在する魔法だと聞いていたが、何らかの力がルールに則って働くのなら、何らかのシステムが存在するのではないかと、彼は睨んだ。
根拠すらない推測であったが奇しくも、彼の予想はところどころ正解に近いところを当ててしまったのだった。
ことの正否は分からずとも、竜宮院は己の推測に従って、三体のトロフィー達を下手に扱い、《誓約》が発動せぬように、ある程度の指示を与えることとなったのだった。
まずは魔法使いのアンジェリカ。
彼女は、侍らすのにそれなりに良いトロフィーであり、アクセサリーであったが、しかし、時折顔を覗かせるインテリ女染みたところが、大幅な減点ポイントであった。トロフィーに知識はいらない。知ってても知らない振りして黙って勇者の後ろで微笑んでいればいい。だというのに、彼女にそれは難しかったようで、竜宮院は呆れるばかりであった。
彼女には《誓約》の発動を防ぐべく、適度に『魔法の研究』をするよう命じたのだった。
次に、剣聖のチビゴリラ。
顔は良いが、成長が足りず、何より暴力を生業にしているところが気に入らなかった。それに馬鹿みたいに力が強く、アホみたい重い剣をブンブン振り回す姿からはどう見ても知能が感じられず、その姿は小さなゴリラにしか見えなかった。
だから、彼女への未練は微塵もなく、毎日折を見て勝手に『剣の訓練』でもするように命じた。
最後は聖女。
苦肉の策として竜宮院は聖女にはある一定の《奉仕活動》を命じた。
竜宮院は聖女に慈善活動をさせることで、《誓約魔法》が発動しないように立ち回ってみせようと目論んだのだった。
聖女の誓約に関しては、特に大変であった。どうすれば発動しないのかといった綱渡りの様な試行錯誤こそが必要であった。
生来の小狡さと自己保身能力の高さを駆使し、彼は何とかこれをやり遂げる算段をつけたのだった。
竜宮院が気に入らなかったのは、奉仕活動の間、聖女が不在になるという点に尽きた。
一日二日まるまる彼の側から離れることもあり、竜宮院は不便不都合に度々歯噛みしたのだった。
これこそが、竜ならぬ、英雄勇者竜宮院の逆鱗に触れたのだった。
四体の極上のトロフィーの内、聖女こそが竜宮院の一番のお気に入りであった。聖女という神に見初められし、聖なる存在こそが勇者の隣にあるに相応しい金冠であった。にも関わらず、奉仕活動をする間、己の隣から聖女が離れてしまうではないか。
聖女が時折不在となることは、彼にとって中々の痛恨事であったが、しかし、彼は類稀な頭脳の発露によって、聖女不在の間は、身の回りの世話は別のキレイな女性に任せれば良いという結論に至ったのであった。
◇◇◇
こうして勇者にとって聖女不在の時間というものが生まれてしまった。結果として竜宮院は聖女を連れずに遊び回り、飲み歩く機会が生じた。
運命の悪戯───いや、運命の悪辣な罠なのか、竜宮院が酒場で提灯要員を連れ歩いて気持ちよく飲み歩いていたとき、彼───アナベル・マキャベリと出会ったのだ。
この出会いこそが、難病に冒されたメリッサ・マキャベリと、その親であるアナベル・マキャベリの親子を不幸に突き落とす元凶となるのであった。
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誤字報告毎回本当にありがとうございます!
ヤマダのことをどう思っているだとか、他にもいろいろと出さないといけない情報を加筆したら長くなったので2つに分けました。
だから、そう、まだ、竜宮院の話は続くんだ。
優しいみんな、こんな俺を許してくれよな!!