第61話 それは何に由来するか
○○○
「ムコ殿」
センセイが俺を呼び、《願いの宝珠》を掲げた俺の手を掴んだ。
彼女は俺の目を見て首を振った。
「ムコ殿、気持ちは痛いほどわかる。我も主やセナが同じような目に合ったらと考えたら、それだけで胸が張り裂けそうになる」
「それなら!!」
「けどの、それはムコ殿の命にも等しい宝。ここで、それは用いるべきではない。わかるじゃろ?」
「けどミカが───」
「当代の聖女ミカのことは、我に任せよ」
「え?」
「『え?』とはなんじゃ。我に任せろと言うておろう」
それって───
「我が何とかしてやる。お人好しのムコ殿の心が曇らぬように、我が目の前にある憂いを取り除いてやろう」
「センセイ!!」
衝動的にセンセイを抱きしめた俺。
彼女は、しばらく黙って子供をあやすかのように俺の背を叩き続けた。やがて、
「も、もうそろそろ良いじゃろ……、というか主にも行かねばならぬ所があるのだろ?」
センセイはぐいと俺を離した。
彼女の言う通りであった。《封印迷宮》がこれで終わったとは到底思えなかった。ならばこそ、俺の予感は当たっているのかもしれない。
「センセイ、今回の《封印迷宮》には四体のボスモンスターが存在した。そのどれもが、俺達が実際に相対したモンスターだ」
彼女は、一つ頷いて話を促した。
「不思議なことに、《水晶のヒトガタ》はミカといるときに、《天使》はアンジェリカといるときに、そして《業無し》はエリスといるときに戦ったモンスターだ。
これはもう偶然なんかでは済ませられない」
「して、主はどう考える?」
センセイが、俺に問い掛けた。
「《封印迷宮》は俺達の心を覗いている」
俺の考えに間違いはないはずだ。
「確かにセンセイは言ったんだ。かつて《封印迷宮》が現れた時期に疫病飢饉が流行り、多くの死者が出たって。それだけじゃない。《封印迷宮》の近くに墓地があったとも」
そこまで言ったところでセンセイは気付いたようだった。
「死が蔓延り、民が恐怖を覚えた。その感情を《封印迷宮》は理解していたんだ。だから《封印迷宮》から産み出されたモンスターは屍人や骨戦士だったに違いない」
「なるほどの。だから今回も同様のことが起きたと?」
「そう。今回《封印迷宮》は、彼女達の恐怖心を元にボスモンスターを産み出したんですよ」
そう考えると辻褄が合うのだ。
少なくとも、ミカは《水晶のヒトガタ》、アンジェリカは《天使》、エリスは《龍骨剣士》に対し恐怖心を抱いていたか、もしくは脅威を感じていた。
「なるほどのう。おそらくその予想は正しいじゃろう。
なら、ならばムコ殿は何に対して恐怖を抱いておったんじゃ?」
センセイの質問に、思わず息を呑んだ。全くの盲点であった。
俺は一体何に対して───
「お喋りはここまでにしよう」
確かにその通りだ。
行き先は既にセンセイに告げていた。
《封印迷宮》はまだ終わっていない。正確にはここの《封印迷宮》からは禍々しさは完全に霧散したものの、迷宮自体の力の消滅を感じられなかった。
「それじゃあセンセイ! 行ってきます!」
俺がセンセイに告げた、その時、
「私も行くわ」
声を上げたのはアンジェリカであった。
○○○
アンジェリカの声に一つ遅れて、アシュも立ち上がった。
「ロウくん、まだ終わってないんだろ? 私も同行しよう。友である君を一人で行かせるわけにはいかない」
二人を見やるが到底戦える状態とは思えなかった。
彼女達二人からは顕著な魔力欠乏の症状が見えた。特にアシュは酷く衰弱しているように感じられた。
「今の二人を連れては行けない。こっから先はもっと危険な物が待ち受けてるかもしんねぇ」
「けどっ!」と声を荒らげたのはアンジェリカだった。
そこで、状況を静観していたセンセイが二人に視線を向け、おもむろに口を開いた。
「アシュ、わかっとるじゃろ? もう休め」
彼女がそう言いアシュを正面から抱きしめると、アシュの身体から力が抜け、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「こやつも、我がここでしっかりと見ておる。アンジェリカと言ったの? 主はスカーレットそっくりじゃのお。主ともたくさん話をしたいんじゃが、時間がそれを許さん」
センセイがアンジェリカへと手をかざした。
すると、これまで俺が何度もお世話になったセンセイの回復魔法がアンジェリカを包み込んだ。魔力欠乏の症状が色濃く出ていたアンジェリカの白い頬に赤が差した。
「イチローのことを頼む」
センセイがアンジェリカへと頭を下げた。
「言われずとも問題ないわ。友のためにも。そして、私自身の身に何が起こっているのか知るためにも」
彼女の言葉からは、竜宮院の側にいたときのような思慮の欠けた軽薄さを感じなかった。それどころかある種の力強さを感じた。
そして、何より友のためだと彼女は言った。
友のためならどこまでも怒れる女───それこそがかつてのアンジェリカだった。
「アンジェリカ。嫌かもしれんけど、ガマンしてくれ」
もちろん返事は聞いてない。
だから「え、何? 何なの? 何なの?」という彼女の半ばパニクった問い掛けを黙殺し、俺は彼女の腰を担ぎ肩に乗せた。いわゆるお米様抱っこというやつである。
「センセイ! 改めて! 行ってきます!」
手を振るセンセイを背に、俺はその場を蹴った。
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誤字報告毎回本当にありがとうございます!
アシュがイチローを呼ぶとき「イチロー」と言ってました。教えてくださった方大金星でした。
ありがとうございます!




