第58話 貴方が (vs《封印迷宮第四階層守護者β》)
◇◇◇
☆聖剣☆
過去に召喚されし鍛冶職(正確には創造職)の少年により創られた剣。
適切な遣い手の元でこそ能力を発揮する。
《鏡の迷宮》のボス戦では鈍器として扱われていたが、当時の聖騎士ヤマダの腕が未熟であったのと、《水晶のヒトガタ》の身体が硬過ぎたことが原因。
後に《封印迷宮》に現れた《水晶のヒトガタ》を両断し、細切れに切り刻んだときのヤマダであれば、聖剣を用いても同様のことが出来たと考えられる。
また《真名》を知ることは聖剣にとっての一つの鍵であり、その能力を大きく引き出すことを可能とする。
創造主たる鍛冶職の少年により名付けられし《真名》は、《護剣リファイア》。その名は『amplifier』を由来とする。
未だに不明な点が多い。
◇◇◇
これは一体、夢なのか現なのか。
◇◇◇
その瞬間、己を包む暖かな感覚と共に、聖女ミカの思考がより明瞭なものになった。
何かがおかしかった。
思えば、この辺境に訪れた辺りから、それまでは一度たりとも考えずに過ごせたことを、よく考えるようになった。
《封印迷宮》で、彼に再会してからというもの、そういった感覚はより強いものとなった。
以前よりエリスが、何度も聖剣が輝いたと主張していた。
ミカとアンジェリカには、彼女の言うような聖剣の輝きを認識出来なかった。何度か重ねたミスや、大勢の前で謝罪させられたことを気に病んだ結果、エリスには見えるはずのないものが見えてしまったのだと理解し、同じ勇者パーティのメンバーとして、彼女を慰めたのだった。
けれど、今ならばわかる。
エリスの主張は正しかったのだ。
何も考えず、信頼のおける勇者の言う事に従い、微笑んでいるだけの生活は幸せであった。勇者の言葉は思考を痺れさせ、心を蕩かす甘さであった。彼の側に侍り、彼に微笑みかけられ、彼の言葉に耳を傾けることは史上の幸福だった。
けれど、それは、本当は───
《封印迷宮》の探索を開始して以降、何度となく聖剣から、かつて感じたことのある暖かな何かを感じた。先程の仮眠しているときもそうだった。その都度、光は見えずとも、何かが自分を引き戻そうとしているような暖かな感覚を覚え、その都度、己の思考はより明瞭なものとなった。もっとも、はっきりそうだと断言出来るようになったのは聖騎士ヤマダに───
「殲滅なさいッッ!!」
アンジェリカの力強い声が響き、ミカの意識は引き戻された。
七つの水槍───それもただの水槍ではないギチギチに圧縮され、その穂先部分がドリルのような螺旋状に創られた水槍───はアンジェリカの声に従い、六枚刃目掛け高速回転し軌跡を描いた。
宝剣が加速すると言っても、常にその状態でいるわけではない。
一秒か? 二秒か? 出来ても三秒は超えないだろう。
それに次の加速までのリキャストタイムだってあるはずだ。
「加速して逃げればいいわ! 出来るものならねッ!!」
《反射鏡》、《焔時雨》に続いて、大技中の大技である《七つの逆巻き貫く追尾水槍》を連続使用したアンジェリカは手を緩めることなく、さらなる詠唱を続けた。
縦横無尽に飛び回る刃が、チカチカと光った。
すると一瞬で水槍との距離が空いたが、そんなものは関係なかった。
───ギュルルルルルルルル!!!
削岩機にも似た音を立て勢いを落とすことなく、どこまでも追尾し続ける水槍の内の一つが、ついに六つの刃の内の一つと接触し───ぶち抜いた。
「やったぞッッ!!」
眼前の光景に、アシュリーが手を高々と上げた。
勢いは衰えることなく、さらにもう一つの水槍が、別の刃と接触し、その回転により完膚無きまでに粉砕した。
この調子ならと、アシュリーとミカがホッと一息吐いたときであった。
しかし残り四枚の宝剣が凶行に走った。
四枚の内の三枚が、己の分体たる一枚をバラバラに切り裂いた。
「何かがおかしいわ───」
アンジェリカが言うが早いか、宝剣が対処を終えるのが早いか。
《超高速の剣劇》がトチ狂った───ということはない。
「マズイわッッ!! ミカッッ!! アシュリーッ!! 次の準備をなさいッッ!!」
自身にバラバラに切り裂かれた刃の破片が、今度は自らの意志に従い飛行し、逆に、水槍へと接触を図った。
狙ってか偶然か、その全てがほぼ同じタイミングで全ての水槍へと接触を果たした───瞬間、小規模の爆発が起きた。
《超高速の剣劇》は自身を構成する刃の内の一枚を分割し、自爆させることで、水槍の全滅を狙いそれを為したのであった。
◇◇◇
「ミカッッ!! ここが踏ん張りどころよッッ!! アシュリーッッ!! 次に備えなさいッッ!!」
「アンジェリカさんこそ、ここが正念場ですよッッ!!」
「私の番が来ないことを祈る───《愚者は時計を見ない》」
三人は各々声を掛け合い。各々の役割に向き合った。
アシュリーが用いたのはこの世界に現存する最高レベルのバフスキルである《愚者は時計を見ない》であった。
「ッ……アシュリーさん……!!」
発動から十二分の間、彼女は人類最強レベルの戦力となる。その威力はとてつもないもので、彼女一人で勇者パーティを相手に出来る程だ。けれど、その反動は凄まじいものであった。
今回に関して言えば、さらに併せて《五重スキル》に《聖域創造》まで使用している。
己の身を挺して、他者を護る彼女の姿に、ミカは誰かを思い出しそうになった。一体それは誰? という疑問に費やす時間はなかった。
アシュリーに次いで、アンジェリカも間髪置かずに、
「《超複数断層氷結結界》」
水槍の追尾中も、休むことなく準備していた結界を、荒野を二分するほどに大きく発動させた。
「ふうううッッッ」
アンジェリカの結界に被せるように、ミカも再び十六枚の結界を張り巡らせた。
ミカは再び喉元までせり上がった血液を、気付かれぬように飲み込んだ。泣き虫の聖騎士にだけは気付かれたくなかった。
そして、これはミカの意地の問題でもあった。
アンジェリカも大技を並行発動により連発し、何よりアシュリーは生命に深刻に関わる《五重スキル》へと至った。
自分が、ここで倒れ、全てを無に帰すわけにはいかなかった。
「アアアアァァァァッッッ!!」
ミカとアンジェリカの二人が示し合わせたように、裂帛の気合を上げた。すると二人が重ねた結界が、残り三枚の刃を包み込むような巨大な球を形作った。なおも二人は結界へと注力し続け、さらに、さらに二人の結界で作られた球がその大きさを縮めていった。
内部から脱出を図った宝剣の刃が狂ったように結界を攻撃したが、ミカの覚悟の前にそれは叶わず、
「アンジェリカさんッッ!!」
聖女ミカの呼び掛けを合図に、
「《爆縮》!!!」
アンジェリカの最後の並行発動によって、結界内部に大爆発が起こった。
◇◇◇
───もしかすると《封印迷宮》は人の心を───その中でも恐怖心を読み取ってるのかもしれない
気が抜けたからか、私は、ふとアンジェリカの一言を思い出しました。もし彼女の予想が、正鵠を射てたとして、ならば私は何に対して、恐怖心を抱いていたのか?
それは、何気ない疑問でありました。
答えも単純なように思われました。
私は死ぬことが怖かったのか。
けれど、腑に落ちません。
何故なら《時の迷宮》探索時の方がより、死は身近にあった。
なら、私は何を恐れていたのか───
◇◇◇
まさに会心の一撃だった。
安心して気が抜けたからか、アンジェリカが疲労から膝を地に着けたが、すぐに息を呑むことになった。
《爆縮》によって発生した煙が晴れると、ボロボロになった三枚の刃が未だに生き残り姿を現した。
怪物《超高速の剣劇》は、宙空に力なく浮かんでいたが、やがて刃の一枚が地に落ち、グシャリと崩れた。
アシュリーの判断は早かった。
出し惜しみをしている余裕はなかった。
この瞬間を逃すわけにはいかない。
「《灰は灰に》ッッッ!!」
アシュリーが振りかざした破邪の剣から、強烈な光が放たれた。
光は圧倒的な威力を以て、残り二枚となった宝剣の刃を飲み込んだのだった。
しかし───光の中に───
◇◇◇
聖女ミカは不思議であった。
何故だか、身体が動いてしまったのだ。
彼女は何かを感じとり、三人の中でも最も前にいたアシュリーを突き飛ばした。
◇◇◇
どうして忘れていたのか。
私は怖かった───貴方が傷つくことが。
私は恐かった───貴方が死ぬかもしれなかったことが。
◇◇◇
《灰は灰に》の光の中に、チカチカという明滅が起こった、瞬間───突き飛ばされたアシュリーが元いた場所を加速した刃が切り裂いた。
凶刃が切り裂いたのは聖女ミカだった。
彼女の生命の炎は、今まさに消えようとしていた。
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