第57話 私は怖かった (vs《封印迷宮第四階層守護者β》)
ミカの結界で枚数と強度の一番良いバランスが十六枚でした。
◇◇◇
☆《信頼と信用》☆
異国の少年である聖騎士ヤマダの固有スキル。
スキル所有者と互いに信用し信用され、信頼関係を結べたパーティメンバー、またはそれに準じる者を対象とし効力が発揮されるスキル。その効果は、彼らの成長を促進し、また魔法やスキルに関わらずに、スキル所有者により施されたあらゆるバフが大幅に強化されるというものである。
◇◇◇
☆《スキルディフェンダー》☆
異国の少年である聖騎士ヤマダの固有スキル。
悪しきスキルから己と仲間を護る。
◇◇◇
聖女ミカは思考を戦闘に割くように意識していたが、どうしてか、いくつもの余計なことが彼女の脳裏にちらついた。
───もしかすると《封印迷宮》は人の心を───その中でも恐怖心を読み取ってるのかもしれない
先程のアンジェリカの言葉もその一つだ。
戦闘に集中しなければと思えば思うほど思考は散り散りになり、どうしても、思考を振り解けなかった。
「《苦痛を讃えよ》」
隣のアシュリーが四つ目のスキルを発動した。ついに彼女は《四重スキル》の状態へと至った。デッドライン。彼女に躊躇いはなかった。そんなアシュリーの姿に聖女ミカは何故だが苛立った。
思えば初めからそうだ。
最初から彼女のことが気に入らなかった。
けれど、それはどうしてなのか?
彼女とは初対面のはずなのに───
◇◇◇
初めて見たときから、彼女のことが気に入りませんでした。理由はわかりません。
彼女の有り様や志をまざまざと見せつけられるにつけ、私は何か間違えたことをしているのではないか、致命的な何かをやらかしてしまったのではないかという不安が首をもたげました。
◇◇◇
「ミカァッッ!! 集中なさいッッ!! 私達は一度も失敗は出来ないのッッ!!」
「わかってますッッ!! そう仰ったアンジェさんこそ気を抜かないでくださいッッ!!」
前回───《刃の迷宮》では二人掛かりの結界がほぼ全損させられた。にも関わらず、今回の結界を張る役割は聖女ミカ一人のものであった。
この作戦を遂行するにあたり、アンジェリカには結界を張ることに割くリソースはなかったからだ。
「嫌な、感じがする……」
アシュリーの額を玉のような汗が伝った。
───ぶぉんぶぉんぶぉん
六枚の刃と化した《超高速の剣劇》が再び鳴動を始めた。
「聖女ミカ、これは……駄目だ。とてもではないがここで使わせてもらう」
アシュリーの所持するぶっ壊れとも言えるスキルの発動時期───それは作戦の分岐点の一つであった。
とある理由より、用いる時期は戦闘の後半であればあるほど良かったが、それはアシュリーの判断によって切り捨てられた。彼女は地に片膝を着け、唱えた。
「《聖域創造》」
出し惜しみせずに発動されたのは、アシュリーの奥の手のスキルであった。
同じタイミングで、ついに六枚の刃の内の一枚が光った。
チカッという光に───気付いたときには、聖女ミカの張られたドーム状の十六枚の多重結界の内の四枚が、けたたましい音を上げて消滅した。
「アシュリーさん、貴女の判断は正しかった」
「なら、良かった……」
「状況は依然として良くないですけどね」
聖女ミカとアシュリーの会話にアンジェリカは口を挟まない。彼女は複雑な詠唱に取り掛かっていた。
再び《超高速の剣劇》が光った。それも今度は二枚だ。
───パリィィィィン!!
先程の破壊から即座に張り直された、聖女ミカの結界の内の八枚が破壊された。
聖女ミカの背筋が凍りついた。
単純な話だった。
一枚の刃による一度の超加速で四枚の結界が破られた。こちらの結界は十六枚。
もし五枚の刃が同時に加速したらどうなるか───
「アシュリーさん!! ここが勝負どころですよ!!」
聖女ミカの声に呼応するように、聖騎士アシュリーのスキルがさらに威力を強めた。
「これくらいやってみせるさ」
自身の声に応じてみせたアシュリーに、追随するかのように、聖女ミカからさらなる聖力が溢れ出た。
結界はすぐさま十六枚へと再生され、それまで以上の強靭さを感じさせたのだった。
◇◇◇
彼女よりもたらされたその不安は、私の胸を締め付けるような痛みを伴いました。やがて痛みは心の内をじくじくと蝕み、気付いたときにはもう手遅れとなっていました。痛みは無視出来ないほどに大きなものとなっていたのです。
◇◇◇
宙に浮いた六枚刃が、ふよふよという浮遊をやめ、空中で制止した。こちらの様子を伺っているように見えた。それは正しかった。
《超高速の剣劇》は仕留めるタイミングを見計らっていたのだった。
その刹那、六枚刃───その全てが一度に光った。
◇◇◇
私は間違えていません。
私は正しいことを為しました。
私に出来ることは虚勢を張ることだけでした。
いえ、虚勢を張っていたと気付くことすら出来ない愚かな道化でした。
◇◇◇
───パッリィィィィィン!!!
鼓膜を破れそうな音がした。
気付いたときには結界は残り一枚となっていた。
ミカは六枚刃の総力を上げた超加速に対し、死力を尽くして抗ってみせた。
けれど、その代償は余りにも大きく、
「聖女ミカッッ!!」
アシュリーがミカの口の端から血が流れるのを見て叫んだ。
「大丈夫です。心配はいりません。貴女に出来る全力を尽くしてください」
三人を包む結界は、即座に十六枚へと復元された。それを察知した六枚刃の宝剣は───それまでのように足並みを揃えることなく、各々が狂ったように明滅を繰り返した。
◇◇◇
彼女に対して抱いた感情は嫌悪感だけではありませんでした。私は初対面のはずの彼女に、どこか胸を突くような懐かしさを覚えていたのでした。
◇◇◇
聖女ミカの働きは驚異的なものだった。
チカチカチカチカと、それぞれがランダムに光り、不規則に超加速する六枚刃の際限のない攻撃に対し、彼女はひたすらに強固な結界を張り、この戦闘の一瞬の内に、結界が破壊された瞬間に再生される術式まで加えて、結界を維持し続けた。
六枚刃の猛攻に、結界はあっという間に破られるものの、即座に修復され、破られ、即座に修復されを延々と繰り返した。
空間に硝子の割れる様な音が断続的に響き渡った。
とてもではないが拮抗状態と呼べるものではなかった。
恐らくエネルギー切れなどなく、滅びるまで動き続けるであろう六枚刃の宝剣に対し、相対するのは聖女とはいえ人間の少女であった。
底無しの魔力を持つとされたミカであったが、そこには当然限界があった。
彼女は己の創れる最も堅牢な結界を幾度となく張った。それを毎秒のように再生してみせた。ミカの持つ魔力が尋常でない速度で目減りし、その魔力消費は、生命維持に影響を及ぼす危険水域に到達しようとしていた。
ついにはミカが我慢出来ずに、びしゃりと血反吐を吐き出した。彼女の足元に血溜まりが出来た。
「賢者アンジェリカッッ!! まだか!! 聖女ミカがッッ!!」
「アシュリーさん、狼狽えないでください」
「だって、こんなに血が───」
「大丈夫だと言ってるでしょう。何を泣いてるのですか……」
己のことを案じて涙を流したアシュリーに、ミカはどこか呆れた声を漏らした。
「全く、大袈裟ですよ」
この会話が行われている最中も、聖女ミカの結界は何度となく破壊され、何度となく再生された。
時と共に、ミカの表情から急速に色が失われていった。
アシュリーにとって、永遠の時間のように思われた。
早くッ! 聖女ミカを! 早くッッ!
そして、ようやく彼女の願いが叶ったのか、
「《焔時雨》ッッ!!!」
詠唱を終えたアンジェリカが唱えた。
無数の───それこそどれだけ《超加速》しようとも逃れられぬほどに大量の超高温の炎の針が、アンジェリカから射出された。さらに焔の針は、着弾箇所に赤々と燃え盛る焔となり、《超高速の剣劇》を中心とした空間を完全に埋め尽くしたのだった。
空間の制圧───これこそが、三人の立てた作戦の一つであった。
しかし、炎の向こうで───チカチカチカチカ───《超高速の剣劇》からあの光の明滅が幾度となく見えた。《超加速》の予兆だった。
瞬間、炎が元からなかったかのように消え失せた。
しかし「だと思ったわ」とアンジェリカが溜め息を吐いた。
「全部予想通りなの」
アンジェリカが不敵に告げた。
耳障りな宝剣の鳴動を打ち消すに足る音は、先の詠唱後からずっと辺りに響いていた。
───ギュルルルルルルルル!!!
七つの捻りを加えた水槍が高速回転し、彼女の背後に浮かんでいた。そいつらは彼女の命に従い、獲物を食い殺すのを今か今かと待ち構えていたのだ。
「《七つの逆巻き貫く追尾水槍》」
彼女の持つ切り札の一つであった大技に、追尾機能を備えた最新改良型であった。
対象を滅ぼすまで追尾するミサイルの前に《超加速》など無意味だ。
彼女の命令に従い、ミサイルのような七つのそれは、超高温で熱された六枚刃の宝剣へと発射されたのだった。
◇◇◇
神の悪戯とも言うべきか。
運命は斯くも残酷で───
まさに同時刻、聖騎士と剣聖の少女の意志に従い、聖剣───《護剣リファイア》が眩いばかりの光を放ち、剣聖エリスの呪縛を解き放ったのだった。




