第55話 救済②(vs《封印迷宮第四階層守護者β》)
◇◇◇
魔法使いアンジェリカには重大な欠陥がある。
彼女は生まれつき先天性魔力放出孔栓症という病を抱えており、この病によって、彼女の使用出来る魔法は初級魔法に限定されていた。
初級魔法しか使えない魔法使いなど、いくら努力しようと無能の役立たずに過ぎない───はずであった。
しかし彼女は生来の莫大な魔力と、欠かさぬ訓練の賜物である魔力操作と、異世界の少年の発想により、欠点を克服した。
かつて劣等生であったアンジェリカは、時を経て、今では賢者などと称されているが、なるほど彼女の持つ馬鹿げた威力の魔法はその称号に相応しいものである。
異世界の少年との対話と研究により産み出された数々の魔法は、彼女にしか再現の出来ない、彼女固有の魔法である。その正体は、絶妙にコントロールされた大量の初級魔法を重ねて組み合わせて発動されたものだ。
ただしそれは、少年に教授された化学反応を踏まえた術式の組み合わせや、複数の術式を発動する際の絶妙なタイミングや、発動された魔法の圧縮や拡散などといった彼女にしかなし得ない、精緻かつ大胆な魔法制御があってこそ成り立つものでもあったのだ。
さて、そんな強力な術式をいくつも持つ彼女であったが、彼女の持つ魔法の全てが、初級魔法のみによって創り上げられた先述の方法で発動されているわけではなかった。
例えば、対アシュリー戦で用いた《蛇の鎖》という魔法がある。この魔法は初級魔法を組み合わせて創られた通常の体内の魔力を使った魔法とは異なり、先立って土に染み込ませた魔力をコントロールすることで発動する術式であった。
またそれとは別に、対式符セナ戦で用いられた《疑似上級魔法》という術式がある。こちらも《蛇の鎖》と同様の理屈によって、元より大気に存在する魔素魔力と、予め外界に放出しておいた己の魔力を核にし混ぜ合わせた物を燃料に発動された擬似的《上級魔法》であった。
どちらも、純粋な魔力の放出や、一度外界へと放出された体外の魔力の操作などといった、彼女がこれまで鍛え上げた超高等技術の粋を集めて発動される術式であった。
ただし、これらの技術の核となる、『一度外部へ放出した体外の魔力を再度操作し、それを用いて術式を発動するという過程』は非常に困難なものであり、彼女の実力を以ってしても未だに未完成であった。
ここで多くの者が思ったはずだ。
賢者アンジェリカですら一朝一夕にはいかないのか、と。
それもそのはずだった。
長らく本腰を入れてされることのなかった本研究が再開されたのは、ボルダフに到着してからだったのだから。
◇◇◇
「敵が六枚刃フォームで高速で動くなら、その姿になる前に倒し切ってしまえばいい」
「けど、それは───」
難しいのではないか。
ミカが発する前に、アンジェリカが手で制止した。
「確かにそれは簡単なことではないわ。脅威度は劣るものの、浮遊する宝剣には攻撃を当てにくい上に、高威力の光線があるもの」
けれど、アンジェリカにはこの場に誂え向きな魔法があった。
「私には《反射鏡》という魔法がある」
「《反射鏡》?」
アシュリーが聞き返した。
「そう。私の《反射鏡》ならアイツの光線を跳ね返せる」
《反射鏡》───アンジェリカの固有魔法の一つだ。
高濃度の光魔力を粒子化し体外へと放出し空間を満たし、そしてこの粒子に魔法を反射する性質を付与し、相手の術式を跳ね返すという極大魔法であった。
「ただし、《反射鏡》を用いるには、二人に大きな負担を掛けることになる」
《蛇の鎖》で用いられたものと同様の理論によって創られた本術式は、当然ながら未完成であった。だから、
「今の私では、一人で莫大な光魔力を用意して、それら全てを操作するといった複雑かつ負担の大きなことは出来ない。だから貴方達には光魔力を用意してもらう。ちょうど聖女に聖騎士といった光魔法のスペシャリストが揃っていることだしね」
アンジェリカに言われ、アシュリーとミカが顔を見合わせ、パチパチと目をしばたたいた。
「私が貴女達に魔力を送り、私との魔力通路を造るわ。そこから、貴女達の用意した光魔力を私が操作して《反射鏡》を発現させる」
口にすることは容易い。
「しかし、他人の身体にある魔力を操作するだなんて、そんなことが───」
聖女ミカが戦慄いた。
机上の空論どころか馬鹿げた妄想と一蹴されそうな話であった。
「私なら出来るわ」
二人を安心させるようにアンジェリカは言い切ってみせたのだった。
◇◇◇
極短時間であったがアンジェリカの《反射鏡》をメインに据えた作戦は練りに練られた。
その最中、聖女ミカは、ふと誰かのセリフを思い出した。
───切り札は見せるな。見せるなら奥の手を持て
はっきりとドヤ顔まで見えそうなセリフであったが、残念なことにそれを発したのが誰だったかまでは不明のままであった。
「二人は一体何を笑ってるんだい?」
アシュリーが問い掛けた。
「ん、二人?」
聖女ミカがアンジェリカの表情を覗くと、彼女の口の端が持ち上がっているのが見えた。
どうしてか、二人は互いに顔を見合わせて小さく笑い合った。
それから数分、さらに作戦を煮詰めた三人は、自ずと戦闘への準備を確認し、臨戦態勢へと入ったのだった。
「では、行きましょうか」
聖女ミカの声に、三人は宝剣の怪物へと足を向けた。
◇◇◇
その寸刻前、作戦会議も終わりごろのこと。
アンジェリカが二人へとぼそりと漏らした。
───もしかすると《封印迷宮》は人の心を───その中でも恐怖心を読み取ってるのかもしれない
それははっきりとした根拠もない、ただの推測であった。けれどやけにミカの心に残ったのだった。
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