第54話 救済①(vs《封印迷宮第四階層守護者β》)
◇◇◇
聖女ミカは自問した。
どうしてこのような危機的状況で過去のことを思い出すのか。
強敵と相見える前に、過去に想いを馳せたりすることはフラグの一種なのだと、かつて誰かが言っていた。
『それはフラグだってばよ!』とやけに騒がしかった彼は誰だったか。
勇者様であったか、それともあるいは───
「この音がどうしたというんだ?」
聖騎士アシュリーの質問がミカの思考を遮った。
それに気付かせぬようにミカは手短に答えた。
「この先に存在するのは《刃の迷宮》最奥に存在したボスモンスターです。
その名を《超高速の剣劇》と言います」
音は未だ遠く、宝剣はこちらの様子を伺っているのか近付いてくる素振りはない。
一定距離に近付かねば行動を起こさないタイプのモンスターなのか、それともこちらを侮っているのか。
それならばそれで結構。その猶予で対策を練らせてもらう。
聖女ミカは思考を戦闘へと切り替えたのだった。
「接敵するまでに、まだ時間に余裕はあるようです。ならば今の内に相手に関する情報の共有と、作戦を立てましょう」
アンジェリカとアシュリーが頷いたのだった。
「相手モンスターは、通常時では黄金の宝剣の姿をしており、浮遊し、斬り掛かってきます。またこの姿のときには、斬り掛かってくるだけでなく、しばらく溜め込むことで高威力の光線を放ってもきます」
「光線?」
「高圧縮した光魔法と考えてもらえれば問題はないわ。威力はこれまで私達が戦闘してきた相手の攻撃魔法と比にならないものよ」
ミカの説明にアシュリーがオウム返しで疑問を漏らした。それにアンジェリカが補足したのであった。
言葉を発したアンジェリカに少しだけミカは安心した。先程の休憩時に彼女が嗚咽を漏らしていたことにミカも気付いてはいた。大きな失敗をしたからか、死ぬ目にあったからか、正確な理由はわからなかった。けれどどういうわけだが彼女の涙に引きずられるように、ミカ自身も涙を流しそうになったのだった。
「それから、このモンスターは黄金の宝剣の姿から、六枚の刃へと変形するわ。光線の威力には劣るけれど、脅威度で言えばこっちの方が遥かに上ね」
アシュリーへと説明を続けるアンジェリカ。
未だに彼女のまぶたは腫れぼったかった。
ミカは憐れに思った。
アンジェリカを。そして自分を。
はっとした。どうして私が憐れなのか───と自問する前に、さらにアンジェリカが説明を続けた。
「分離した六枚刃の状態のコイツは《超加速》するわ。私では視認すら出来なかった」
「《超加速》───」
アシュリーがアンジェリカの説明を聞き、呟いた。
「そう。《超加速》。単なるバフによる速度上昇とはレベル───いえ、世界が違う。速すぎて姿が消えるのよ。まさに言葉通りに、ね。
だからこれからの戦闘で、対処を間違えると私達はあっという間に全滅することになる」
かつて、宝剣による超高速の斬撃は、ミカやアンジェリカの結界を容易く破壊した。
ならば今回も同じことが起こるのではないか、とはミカは思わなかった。今ならばあのとき以上の能力が発揮出来るという確信があった。
そしてこれは、アンジェリカにも当てはまるのではないかと予想できた。
ボルダフに訪れてからのアンジェリカは、大物討伐の立役者たる《ナルカミ》を、考えなしに無闇矢鱈と連発することがなくなった。牽制に《水槍》を用いたり、鉱物の怪人たる《水晶のヒトガタ》を相手に高温の炎の術式を選択したりと───もちろん結果として失敗はすれども───戦局を考えた戦いが出来ているように思えた。
「なら、そのような相手にどうすれば……」
アシュリーは抜け切れぬ疲労から掠れた声で問うた。
しばらくの間───それは数十秒ほどであったが───彼女達を沈黙が包んだ。
そして、それを破ったのはアンジェリカであった。
「私に考えがある」
ただし、と彼女は続け、
「上手く行く保証はないわ」
アンジェリカが告げ、二人の表情を伺った。
聖女ミカが、落ちた彼女のトーンを振り払うために声を上げようとしたそのとき、
「賢者アンジェリカ、一体何を迷うことがあるのか。このままならどうせ、死が待っているだけだろう。ならば三人で協力し、今一度この苦境に抗ってみようじゃないか」
アシュリーが精一杯に微笑んでみせた。
まさに彼女が聖女ミカに先んじて、パーティメンバーの手を引いたのだった。
そしてこのときをもって、彼女達による決死のボス討伐戦が決まったのであった。
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