第50話 誰も知らない / 彼だけが気付き得る
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さて、聖騎士ネリー・バーチャスの護りし封印の防具を《把握の盾》といった。《封印領域》を封印するための触媒として用いられた三つの聖なるアイテムの内の一つであった。件の防具である《把握の盾》を奉りし洞窟は、来る靄やそれに伴うモンスター達の出現の中心地になると考えられていた。
そのため、この洞窟により近く、それでいて多くの人員を収容出来るという理由からスクルドという街が本件───靄を見つけ次第掃討するという作戦における拠点に選ばれたのであった。
そしてスクルドの街の宿舎にて、プルミー・エン・ダイナストは、これから間違いなく激しくなるだろう戦いに備え、己に出来る最高の装備に身を包み、その動きを確認していた。
彼女は《伝説話級武具》である《エクソドスの鎧》を惜しみなく自身専用へと改造し、セパレートしたものを肩、首、肘、膝、手首、胸へと装着していた。それらが自身の動きを干渉しないか、今一度調節するように確かめながら身体を動かした。
先述の鎧は拳打の得意な自身の動きを阻害しないようにというコンセプトの元で改造された物であった。
また右側の腰には《世界樹の杖》が、左側の腰には《魔剣ニーズヘッグ》がそれぞれ掛けられており、両足に巻かれたベルトには、左右共に二本ずつダガーサイズの人造魔剣である《イミテイションゴールド》が備え付けられていた。そして他にも───
彼女がギルドの会議室に足を踏み入れると、そこに来るはずのメンバーは既に揃っており、ほぼ全員が彼女へと目を向けた。そして彼女の装備を確認すると彼らは例外なく息を呑んだ。
このたび、バーチャス防衛の指揮は彼女に委ねられていた。
「さて───」
告げるべき言葉は彼女の内にもうあった。
有数のクランやパーティのトップ達を前にして、彼女は、誰にも気付かれぬように大きく息を吸い込んだ。
「靄という化物が姿を現してから、数日が経過した。我々の数も多く、このままいけば楽勝に事態を打破できる───そう思ってる者も少なくはないはずだ」
全体に多少なりとも、楽勝ムードが流れていたことは事実であった。彼らは実際に前回の《封印領域》のことを知らないのだから仕方がない。そうプルミーは割り切っていたのだった。
「確かに君達のその考えは間違ってはいない。ここは王都に近いために、今回の件での最重要防衛拠点として数々の実力者が集められた───そうだ、君達や君達の擁する組織のことだ」
プルミーは威風堂々たる佇まいで彼らへと告げた。
「ここに集まりし精鋭達───アルカナ王国騎士団に、オネストをはじめとした実力者揃いの王国魔法師団、クラン《反逆者達》、クラン《エデンズガーデン》、それに単独パーティである《ファイアスターター》に《黒狼の咆哮》、それにあの聖騎士ネリー・バーチャスも加えてという、その誰もが他と一線を画した素晴らしき勇者達である」
彼女は、出席者全員の顔をしっかりと確認し、
「そう、君達がいればいずれ遠くないうちに、事態は終息へと至るであろう───」
彼女は、そこまで告げて再び大きく息を吸った。
「ただ、私が言ったことを思い出して欲しい。
先程私は『このままいけば』と言った。
断言しよう。事態がこのまますんなりといくことはない」
プルミーの言い分に、黒衣の男性───《黒狼の咆哮》のリーダーが声を上げた。
「俺たちゃあ、今のところ上手くやってんじゃねーか! ギルマスよぉ! 何を根拠にそんなこと言ってんだよ!」
荒くれ者である探索者にありがちな、彼に便乗したヤジは一切飛ばなかった。それどころか、彼自身も、周りを代表して意見したに過ぎない。さすがは一流の集団を束ねる人物達であった。彼らはしっかりとプルミーの話へと耳を傾けていた。
「理由は三つある」
プルミーが一つ指を折る仕草を見せた。
「まずは一つ目、私が前回の《封印領域》による大災害を経験してるからだ。このことはもしかすると知ってる人もいるかもしれないな。靄の増殖速度は決して馬鹿にしてはいけない。かつて私は増えに増えた靄が人を埋め尽くす光景を見た。そして増え過ぎた靄の討伐は不可能だった。ゆえに私達はあのとき、封印することとなったのだ」
彼女の述べた光景を想像した誰かが喉を鳴らした。
「二つ目。私達が人間である以上、ヒューマンエラーはなくならない。少なくとも、そう考えた上で行動をしなくては、今回も間違いなく前回の二の舞となるだろう」
どれだけ注意をしても、見落としがあるのが人間の性であった。こいつを自覚することで、そもそもの注意力も上がり、もし見落としたことから不本意な事態に陥ったとしても、ある程度の余裕を以て対処に当たることが出来るのだった。
「そして三つ目の理由だが───」
もはや、誰もが彼女の言うことを傾聴しており、異議を唱える者はここにはいない。
「───"勘"だ」
彼女のセリフに集まった実力者達の間に、急に困惑したような空気が漂った───が、
「私はいくら臆病者の謗りを受けても構わない。
けれどこれは間違いない。私の"勘"はよく当たる。
今でもそうだ。悍しいまでの嫌な予感が私からこびりついて離れない。こういうときは必ず悪いことが起こる」
多くの者がプルミーの言葉に室温が下がったような錯覚を受けた。
そこへ、先程の《黒狼の咆哮》の黒衣のリーダーが、
「わかった。《蒼焔》がそこまで言うんだ! 俺のパーティもギルマスの指示を徹底しようじゃないか!」
と声を張り上げたのだった。
そして、それを切っ掛けとしてこの場にいる多くの者がプルミーの指示を徹底し、それを組織にも徹底するように指示することになるのであった。
これこそが、山田とプルミーの対話によって引き起こされた奇跡の一つであった。
◇◇◇
胡座で目を閉じるセンセイを前にして、山田は思考を続けた。
山田の中にずっともやもやしたものがあった。
センセイ曰く前回現れなかったはずの《液状生命体》がどうして現れたのか。
前回と今回とでは一体何が違ったのか。
実際のところ彼の内には既に答えに近しい考えがあったのであった。それが朧気ながら見えてきたのは、階層を進んでいくごとに現れるボスモンスターを目にしてからであった。
一階層のボスは《水晶のヒトガタ》を元にしたモンスター、二階層のボスは《天使》を元にしたモンスターであった。その段階では、偶然が二度重なっただけという可能性を捨て切れなかった。
そして三階層のボスは───《龍骨剣士》の生前の姿を元にしたモンスターであった。
いずれもが、山田も含めた彼らと縁深いモンスターであった。
偶然とすれば、分母は天文学的な数字となるだろう。
であるならばこれは───
上記の情報に加えて、前回の経験者であるセンセイからの情報を持つのは、この時点で世界中でただ一人───山田一郎しかいなかった。
そして彼は一つの可能性に思い当たったのであった。
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