第49話 甘くて青い / 彼女の準備
◇◇◇
オルフェリア・ヴェリテ。
彼女はクラン《七番目の青》所属の《剣凪》の少女であった。将来を嘱望された彼女であったがとある事情からクランでの活動休止を申し出、今現在では、アルカナ王国最南端の地であるボルダフにて、大商会会長の愛娘であるソフィア・ゴアの護衛の任務に携わっていた。
そのはずであった。
護衛のためソフィアの屋敷で寝泊まりしているオルフェリアであったが、その日ソフィアとラウラの二人から開口一番で言われたセリフに一瞬考え込み、
「聞いてないわ」
とだけ応えたのだった。
「オルフェちゃん、ごめんなさい……」
「ごめんなさい……」
やんちゃお嬢様二人から《封印領域》とやらから漏れ出たモンスターの討伐を頼まれたのであった。
それに対してオルフェリアは憮然とした表情を浮かべていた。
それもそのはず、今現在オルフェリアは彼女達の護衛として雇われているはずなのだ。にも関わらず、《封印領域》から漏れ出たモンスターを退治するようにと頼まれたのだった。
しばらくの間、この大都市を根城にし、破格の報酬で請け負った護衛をこなす傍ら、探し人の情報を集めるというのが彼女の目的であった。
「私はね、何も別に引き受けないと言ってるわけじゃないの。私に話を通す前に《七番目の青》から了承を取ったことを怒ってるの」
オルフェリアは、自分でも甘くて青いとはわかっていた。けれど彼女達二人に対して護衛する側される側といった即物的な関係を超えた、それなりに気の置けない友人関係を築けていると思っていたのだ。
だからこそ、己に靄の討伐を頼む前に、己の頭をまたいでクランへと話を通したことに腹を立てたのであった。
「ごめんなさい……私が知ったときには、既に父が───いえ、父の行いは私の責任ですね。オルフェさん、本当にごめんなさい」
ソフィアが深々と頭を下げたのだった。
はぁーと溜め息を吐いたオルフェリアは、頭をガシガシとかきながら、「あーーーっ!!」とひとしきり喚いた。何も友人のつむじを見たかったわけではないのだ。
「わかったわ。貴女の謝罪をもってこの件はもう終わりにしましょう」
オルフェリアは懐の深い女であった。
彼女の一言でかばりと頭を上げたソフィアと、おてんば娘には似合わない申し訳なさいっぱいの表情のラウラが挟み込むようにオルフェリアに飛び付いたのだった。
静かに「ありがとうございます」と告げ、ガシッとオルフェリアの腕を抱きしめたソフィアに、「辞めちゃうかと思った」と心情を吐露し、ひーんひんひんと泣くラウラに、オルフェリアは自然と溜め息を吐いた。けれどそれは決して嫌な感情から出た溜め息ではなかった。
◇◇◇
隠れ山───ボルダフに存在する激ヤバスポットである。
地元の人間であれば誰でも知っている。彼らは幼少期の頃から周りの大人達に「隠れ山にはバケモンがでるぞ! 食べられるぞ! 死にたいのか!」と厳しく躾けられてきたのだから。
実際そこは、Sランク探索者ですら手を焼くモンスターの巣窟であり、何らかの特別な事情でもない限り、進んで自らの足を踏み入れるボルダフ付近に住む者はほとんど存在しなかった。
それでもなお山に赴く者は、ただの命知らずのバカか、本物の猛者のどちらかであった。
山からたまに降りてくるモンスターは、隠れ山に存在する中で弱者とされる部類のものであったが、とはいえAランク討伐者でも中々対処が難しい強さを誇った。
また隠れ山のモンスターは強いだけでなく、その強さに見合うだけのレアな素材や魔石を有しているため、討伐すればその見返りは非常に大きいものであった。
そういったわけで、食い詰め者が一攫千金を狙ってそのまま山で行方をくらますといった悲劇は珍しいことではなかった。
また、かつて一財産を企んだとあるクランが隠れ山にて、とあるモンスター討伐に失敗し、その結果、逃げる彼らを追って山を降りてきたモンスターによって、ボルダフに決して小さくない被害が及ぼされたという事件なども起こったのであった。
災害にも等しい隠れ山からのモンスターの襲来。
幸いにして、外界の人間が刺激しない限り、隠れ山からモンスターが降りてくることは稀なことであった。
けれどそれもゼロではないので、ボルダフを中心に活躍している複数クランとの契約の末に、定期的に順番を決めて、麓にて逗留し、降りてきたモンスターを刈るというルーティンを作ることで、被害をほとんどゼロにまですることが出来たのだった。
かつてオルフェリアが相手にした霧を呼ぶ角兎は隠れ山において、最弱に近いモンスターであった。けれどその件のモンスターでさえ、戦いの展開次第ではAランクパーティを無傷で全滅させるくらい脅威的なものであった。
さて、これまで長々と説明してきた隠れ山とその脅威。
もう既にご存知いただいた件の山は人外魔境と言っても過言ではない土地である。
なら隠れ山における生態系のトップはどのような生物か?
答えは、白い少女であった。
彼女の名をセナという。
かつてセンセイと離れ、山田一郎と出会う前の彼女にとって時間といったものはほとんど何の意味もなさなかった。
日が上り、夜が明けるとルーティン通りに舞を踊る。この行為だけが彼女を日常に繋ぎ止めていたのであった。
無論彼女は食事などせずとも、自然エネルギーを吸収するだけで良かったし、それは睡眠に関しても例外ではなかった。
そういったわけで彼女は舞さえ終ってしまえば、次の日の朝日の時間まで草原で寝そべることも少なくなかった。
ややもするとセナは簡単に自然に埋もれてしまいそうな少女であった。
しかし彼女は、家族である山田一郎とセンセイの二人が山を離れたあとでも、彼らがいたときと同様のそれなりに規則正しい生活を送っていたのだった。
彼女が生きるためには、全く必要性のないことであったが、彼らとの日常を続けることこそが、彼女にとって彼らとの絆を護るといった行為であった。
そして、その日もセナは舞から戻ると、イチローの用意していてくれた食事にありついた。それが終わると、来たるべきこれからの備えに取り掛かり、それに一段落ついたら、彼が街で購入してきた書物に目を通す───といった一日を送ったのだった。
まるで世捨て人のような生活であるが、それでもセナという少女のそれまでと比べると遥かに文化的な生活であった。
───遠く離れていても、心は貴方達と共に。
彼女の心には、いつだって彼らがいた。
そして彼女が書物を置き、窓の外に顔を出した。
その刹那───
「式符が一枚……」
セナがイチローに持たせた式符は五枚。
彼女が手づからこさえた力作であった。その効果は所有者であるイチローに危機が迫ったとき、己の能力の一部を有する式神が現出し、彼を護るといったものであった。
彼女は、式符の一枚が発動したことを悟った。
イチローに危機が訪れた証であった。
「大丈夫……何があっても絶対に私が護るから」
彼女が決意を口にすると、草を乗せた風の息吹が彼女の髪を揺らしたのだった。
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