第47話 エリス・グラディウス
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「ほら、何をぼーっとしてんだよ。やるぞったらやるぞ」
頭に『?』を浮かべたエリスであったが、俺が再び呼び掛けると、剣を抜き、その場で構えたのだった。
そしてすぐにハッとした表情を浮かべた。
「貴方は、一体何なのですか?」
エリスが、思い詰めた表情で俺に問うた。
ほら、また眉が下がってる。
「俺は俺だよ。お前達も知っての通り。俺は聖騎士ヤマダイチローだよ」
「なら、さっきの戦いは……」
尻すぼみな言葉であった。皆まで言わずとも彼女の言いたいことは十分に理解出来た。
彼女達の知っている俺と、現実に自分達の目で見た俺があまりにも異なっているので困惑しているに違いなかった。
彼女の疑問に言葉で答えるのは簡単だ。
それが素直に受け入れられるかどうかは別にして、俺こそがお前の師匠なのだと───そう一言口にすればいい。けど俺は、自分がどこのどいつであるかをエリスにわかってもらいたいという感情以上に、剣の極致に触れたはずの彼女が《業無し》に敗北したことや、《業無し》戦で見せた彼女の険しい表情がどうにもこうにも気に掛かっていた。
「まあ、俺が誰でもいいじゃねぇか。そんなことよりも、久し振りに互いに剣を交わし合おうぜ」
お前はそんなもんじゃないだろう。
剣を振るうのはお前にとってもっと楽しいことのはずだろう。
彼女に俺の気持ちを伝えるにはどうすればいいか───考えたところで、やっぱり俺という奴は、結局のところ剣を交えるというような不器用なやり方しか選べないのだった。
「久し振りに……?」
俺の言葉に彼女はさらに疑問を膨らませたようだ。
けどそれに構わずに俺は鞘から再び抜いた剣を左手に構えた。
「ほら、俺達にはそれほどの時間はないからな」
未だに迷宮攻略の最中だ。本来ならこんなことをしている場合ではないのだ。
トントンと、二度ほど肩をほぐすように跳んだ俺は、エリスへ向けて飛び掛かった。
「ハッッ!!」
一拍遅れたエリスもすかさずに《是々の剣》を抜剣し俺の剣を受けた。
「それじゃ、アレやるか。ちゃんと受け切れよ」
これは───あのときの再現だ。
俺は彼女へと剣を叩き込んだ。
一撃、二撃、三撃───そこからはもう間髪置かずに剣を打ち込み続けた。
彼女は、なおも戸惑った様子であるが、もうとまるつもりはなかった。
ギンギンギンギンという剣戟の音がいくつも響いた。
やがてその打ち合いが二桁後半から三桁に差し掛かろうとしたとき、俺は徐々にではあるが、剣速を上げるように意識した。
「これは……、まさか、いや」
何らかの呟きを漏らしたエリス───俺はそれに構わずにひたすら剣を振るった。
剣戟の音が絶え間なく響いた。
けれど、それは、あまりにも脆く───
「ぐっ……」
ついにはエリスが耐えきれずに剣を落としたのだった。
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「そいつは別に悪い剣じゃないんだけどよ」
エリスの手にあったのは《是々の剣》だった。
「エリス、お前にはやっぱり聖剣が似合ってるよ」
───そうだ。こいつはお前にこそ相応しい
あのときから俺の気持ちは何ら変わりない。
彼女は思い詰めた表情で、俺の言葉に耳を傾けた。
「だから《是々の剣》はもう戻して、聖剣を抜けよ」
彼女の知る俺はロクな人間でないはずなのに、そんな俺に言われても、彼女は反論しなかった。
それどころか、俺へと心情を吐露した。
「聖剣は使えません。きっと私が使用者として相応しくないから、鞘からは抜くことすら出来ないのです」
エリスは再会してからこれまでで一番の陰のある表情を浮かべた。
「それは違う……聖剣の遣い手はエリスだよ。かつての使用者である俺が認め、そして聖剣自身もエリスを認めていたはずなんだ」
「ならどうしてッッ!!」
エリスがサッと表情を変えた。
彼女の叫びからは怒りすら感じた。
「どうして私には聖剣が抜けないのですかッッ!!」
彼女の瞳から涙がこぼれ落ちた。
俺はエリスが聖剣のポテンシャルを存分に引き出していたのを目にしていた。それこそが彼女が聖剣に認められていた証左だ。
「そいつの《真名》は《護剣リファイア》だ」
とまる術のない涙を流す彼女へと、俺は聖剣の《真名》を伝えた。
俺の声に反応してか、《護剣リファイア》が淡く輝いた。
「エリス、そいつを《真名》で呼んでやってくれ」
「《真名》……?」
「ああ、そうだ。聖剣は遣い手が《真名》を知ることでその能力を完全に発揮する」
俺の言葉を受け、彼女が《護剣リファイア》を横に構え、手を添え、
「《護剣リファイア》ッッ!! 力を───私に力を貸してください!!」
鞘から一気に抜き放ったのだった。
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《護剣リファイア》からこぼれ出た光がエリスを包んだ。
「この感じ……」
エリスが、聖剣の柄から刃の先までを慈しむように指でなぞった。
「やっぱり、エリスにはそいつが合ってるよ」
───いけません!聖剣は師匠のモノです!聖剣は師匠にこそ相応しいのです!
───いいや、剣に全てを捧げるほどに思い焦がれた、お前にこそ───エリス・グラディウスにこそ、この聖剣は相応しい!
俺は、かつてのやり取りを思い出して、万感の思いで呟いた。そして───
「いくぞッッ!!」
声と同時にエリスへと連撃を浴びせた。
それをものともせず、エリスは余裕を持って全て受けきってみせた。
彼女を包む光が徐々に強さを増した。
「ああ、ああ」
彼女は顔をくしゃりとゆがめた。
「うそです……」
俺達の互いの打ち込みが完全に噛み合った。
ギィンギィンギィンという剣戟の音が、徐々にその間隔は短いものとした。
俺は彼女との剣戟の音に心地良ささえ感じた。
いつかのあの日と同じだ。
「これは、現実ですか……?」
彼女が呟くと、さらに彼女を包む光が強さを増した。
それはもう気のせいではないほどに強くなり、俺はその光に優しい温かさを覚えた。
「どうして、私は……」
エリスが恐らくは無意識ながらにとめどない涙を流した。
されど、剣は衰えるどころか時と共に恐ろしいほどに冴えを見せ始めた。
彼女の集中力には舌を巻くばかりだ。
「いいな、やっぱり」
彼女と剣を交えるのは楽しい。
あの日々を───遠い過去を思い出す。
宝石のような日々はもう、帰ってきやしない。
だけど、それでも、目の前にいるエリスは───確かにここにいるのだ。
彼女はやはり才能の塊だ。
振れば振るほど剣速があがる。
振れば振るほど剣は洗練される。
俺はそれを改めて再確認したのだ。
ギギギギギギ───ついには二人の剣戟の音が一本の線のように繋がった。
「何だよ、そんな顔して」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったエリスの表情がおかしくて、おかしくておかしくて、どうしようもなくて、俺は己の視界が涙でぼやけているのを悟った。
「貴方だって泣いてるじゃないですか」
当時の俺は、隣にはいつだって当たり前に彼女がいてくれるものだと思っていた。
「泣いてねーし」
エリスと出会ったのはミカやアンジェ達と完全に別行動するようになって一年が経過した頃であった。
今振り返ると、あのときの俺は孤独で押し潰されそうになっていたのだ。
───私のいるところは師匠のいるところ!師匠のいるところは私のいるところ!これは摂理ですよ、摂理!
そして、それを救ってくれたのは間違いなくエリスだった。
───私は、貴方を一人にはしたくない
そう告げた彼女のお陰で俺の闇に光が射したのだ。
「いーえ! 泣いてますよ!」
凛とした佇まいの彼女が、俺を「師匠」「師匠」と呼び、俺の隣で毎日平凡にポンコツをやってくれるだけで、俺は救われていた。
何ということのない彼女との毎日はきらきらと輝いていた。彼女が隣りにいる毎日は特別だったのだ。
そして何より俺は───あのときの俺は、彼女のことを誰よりも愛していた。
俺達に呼応するように、ここにきて聖剣から解き放たれた光の強さが最高潮に達した。
俺達を包む光の中で、エリスが「ふッッ!!」という呼吸と同時に、俺が知る中で彼女の最高最速の一撃を放った。
「《瞬動》」
発動準備は出来ていた。俺の繰り出すソレは速さに任せた擬似的なものに過ぎない。
「な……!?」
驚愕の声を漏らしたのはエリスだ。
俺の剣が彼女の剣を滑るように巻き取り、上空へと───彼女の瞳の奥に意思の炎が見えた───技の終了モーションへ入ろうとした俺の剣こそが───水のような柔らかな彼女の剣に───ぬるりと絡め取られ───地へと弾き落とされたのだった。
俺は一息吐いて、額の汗と涙で濡れた顔を手の甲で拭った。
「よくやったな。やれば出来るじゃねぇか!」
との俺のセリフは最後まで口に出来なかった。
「師匠っっ!!」
ゔぁあぁと大泣きしたエリスに押し倒されたからだ。
「じじょおおおおおぉぉぉじじょおおおおぉぉぉああああああ」
俺は地に腰を着け、彼女は俺の胸をぐしゃぐしゃに濡らした。
全く泣き止まない愛弟子の様子に、掛けるべき言葉が見つからなかった俺は、彼女の髪を優しく撫でたのだった。
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