第46話 vs 《封印迷宮第四階層守護者α》③
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一騎打ちとは言ったものの───
「やっぱり駄目か……」
すかさず光魔法を試してみたものの不思議なもので、どうあっても発動出来ず、魔法の使用時に感じる身体から魔力が抜ける感覚のみがあった。
あー、けど魔法は使えなくとも、魔力自体は体内で動かすことは許されてるわけね。
「少年、わかってると思いますが、僕の《業無し》の対象者はスキルのみならず魔法も使えません」
「わーってるよ」
大嘘であった。
《超光速戦闘形態》が発動出来れば、こんなやつ即座に片付けてやるのにとさえ目論んでいたのだった。
「本当ですかねぇ?」
《業無し》が疑いの軽口を叩いた。
「ほんとのほんと」
俺の返答は重ねるほどに嘘臭くなる典型のものであった。
「聖騎士殿……」
背後のエリスが、俺を慮ったような声音を出した。
二階層の《水晶のヒトガタ》戦での俺の《瞬動》主体の戦闘を見ているだけに、彼女からすれば、それを封じられた俺には《業無し》に対しなす術がないように映ったのかもしれなかった。
「あんだよ? そんな顔すんなよ」
以前から思っていた。
エリスは感情がすぐに顔に出るんだよな。
現に今も、彼女の目尻と眉がこれでもかと下がっていた。
「いいから見てろよ」
ふッと一呼吸の間に《業無し》へと距離を詰めた。
「だらァッ!」
この速度なら! というある種の確信を持った会心の袈裟斬りであったが、《業無し》は器用な体捌きと受けの合せ技で俺の一撃を完全にいなしたのだった。
「素晴らしいッッ!! これですよッッ!!」
目を見開き歓喜の声を上げた《業無し》。
「どれですかねぇッ!! ニャロ!!」
俺は、互いの制空権へと再び脚を踏み入れた直後、手の甲、脚、胴、袈裟、首へと連撃を繰り出した。
「ああ、ああァァァァ」
《業無し》はその全てを完全に受け切り、言葉にならぬ言葉を発した。
彼のその表情は喜色に歪んでいた。
「《業無し》さんよぉ!! ちょっとキメェぞ!!」
俺は彼の胴薙を極限まで背を反らすことで避け、柄頭を握った高速の突きを繰り出した。
「その技はさっき見ましたよ」
点の攻めである高速の突きを、わずかに下がることで射程距離からギリギリに避けやがったのだった。
ガッデム。完全な見切りであった。
エリスが《業無し》の肩プレートを抉った技であったが、学習されていたのだった。
「ああ、そうかよッッ」
今度は、的を絞らせないように高速移動を繰り返し、さらに激しく連撃を加えた。
「さすがです!! お嬢さん彼を見てみなさい!! 彼こそが現世最強の剣士と言えるでしょうッッ!!」
ほぼ完璧に受けられた! けど構うもんか!
手を変え品を変え、俺は攻撃を続けた。
謎の素材から造られたグラム同士が全力で絶え間なくぶつかりあったのだ。ギャギャギャギャギャギャという命を削り合う音が響き渡った。
「少年ッッ! 貴方はこれまでに出会った誰よりも素晴らしい剣士ですよ!!」
そこからは彼の番だった。
彼の技術は神域に達しているといっても過言ではないものであった。そして何より───嫌らしい剣技であった。
まるでそれは、詰将棋のような、まさに俺の嫌がる手を次々に繰り出す剣であり、インにアウトに変幻自在、パワー系テクニック系そのどちらにも自由自在にスイッチ可能なあまりにも厄介な相手であった。
「貴方自身の速度も、剣速も、パワーも何もかもが素晴らしいッッ!! いずれもが私を遥かに上回ってます!!」
「ありがとよッッ!! このクソッッ!!」
横一閃と同時に───俺はたまらずに大きく距離を取ったのだった。仕切り直しというやつだ。
「今言った全ての点で、貴方は私を大幅に上回ってますが───こと剣術においては私の方が上でしたね」
人を一度上げてから下げるとか性格の悪さがガッツリと出てますわ。
ただ《業無し》の言う通りではある。前回の《刃の迷宮》のときに出会った彼ならともかく、今俺の目の前にいる剣狂いは達人中の達人であった。悔しいが剣術に関しては彼の方が上だった。
けれどもう、彼の底は見えた。
「あー、そういうこと言っちゃう系?
いいぜ、それなら───」
極端な前傾姿勢から俺は全力で地を蹴った。
初速からほぼ最高速度で、
「───見切れるもんなら見切ってみろよ!!」
繰り出したのは俺の持てる最速の一撃───加速度を加えた突き───こいつを彼の喉へとお見舞いし───ああ、この感じ───水のような───俺の剣は巻き上げられ───上空へと弾き飛ばされた───器用にもそれと同時に───俺の右腕は肘下からバッサリと切断されたのだった。
《業無し》が嗤った。
釣り上がった口元が三日月を思わせた。
「これで勝負ありですね───」
けれどこの展開になればその嗤い顔が絶対に来るだろうと分かっていた。彼がその表情を浮かべ勝ちを確信し油断する───来るべきその瞬間こそが俺の待ち焦がれていた時間であった。
《業無し》が剣を掲げ終戦を告げようとした、その刹那───
「だな」
答えたのは俺だった。
トンと。
残った俺の左手は既に彼の心臓部位に。
今更気付いてももう遅いッッ。
───貫通拳ッッ!!
体内で先程からずっと練りに練っていた《気》と魔力とをブレンドしたものを叩き込んだのだった。
「がああああァァァァァァァァッッッ」
獣の様な悲鳴を上げた《業無し》は血反吐をばら撒きながら、地をのたうち回った。
「すまねぇな。剣術はお前の勝ちだったよ。けれど、お前が最初に言ったことだ。奇しくもお前は俺の本質を言い当ててたんだよ」
「な……にを」
虫の息の彼が俺に尋ねた。
「最初に謝っておく。アンタの言う通り俺は剣士って奴じゃねぇ。俺は生き残れさえすればいい。単なるそれだけの人間だ。アンタみたいな崇高な理念があるわけじゃない。だから何だってやる。俺はこんなとこで死んでる場合じゃないんだ。何が何でも生き延びてやらねぇといけないことがある」
《封印迷宮》の攻略はもちろん、地球にも帰らねばならないし、それよりも先にアノンや、アシュとも今後の約束を交わした。そして何より、セナと再会するためにも俺は帰らなくちゃならなかった。
「フ、フフフ───」
血反吐を吐き散らかしながらも、《業無し》は立ち上がり嗤ってみせた。
「いいえ、貴方は、素晴、らしい、剣士です。生き残るためならなんだってやる───それも、一つの剣士の理想像に違い……ありません。ああ、本当にもう、本当に、たまりません……いいですねぇ」
そう言って、彼は落とした剣を拾ったのだった。
「心配しな……いでください。見事に貴方の、勝ちです。この剣は貴方に……差し上げます。貴方……なら二刀を、使いこなせるかもしれませんしね」
意図が読めずに何を? と尋ねようとしたとき、
「また、逢いましょう」と彼は告げた。
そして己のグラムコピーで、
「御免ッッ!!」
自身の首を断ったのだった。
○○○
ヒョエエエエーーー!!
また逢いましょうじゃねぇよ!! 二度と会うのはゴメンだ!!
光の粒子になって消え失せていく《業無し》を見て、俺は内心で悲鳴を上げていたのであった。
○○○
切断された腕の治療はエリスに手伝ってもらった。
めちゃくちゃ良いポーションを使わざるを得なかった。切断面を合わせてそこにポーションをドボドボと惜しみなくぶっ掛けて、さらには追加で一本を念のために飲み干したのであった。
しかしいくら希少なポーションとはいえ、ミカやセンセイの瞬間的な完全回復に比べるべくもなく、しばらくは右腕の自由は十分に利きそうになかった。
けど、そうも言ってられなかった。
すぐにでもしなくてはならないことがある。
「エリス、剣を取れ。久し振りにやろう」
受け入れてくれることを願い、俺は彼女へと呼び掛けたのだった。
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