第44話 vs 《封印迷宮第四階層守護者α》①
前話を『エリスのおもかげ』と改題し、大幅に改訂いたしました。
もしよろしければそちらからお読みください。
○○○
突き立てられた千剣の荒野に佇むのは一人の男であった。
端正な顔立ちの金髪の男性だった。彼の装備は俺と似たような物であった。一目でそれなりに業物だとわかるプレートなどで、動きを阻害しない程度に急所を守っていた。
「久し振りですね」
男は俺達へと軽く手を上げた。
『いったいどちら様でしょうか?』とは聞かなかった。聞かずともわかったからだ。
「そっちこそ久し振り」
まるで久方ぶりに顔を合わせた旧友のように俺達は軽く挨拶を交わしたのだった。
これほどまでに攻撃的な剣気の持ち主を俺は一度しか見たことがなかった。エリスもようやく思い当たったのか───
「まさか! 貴方はあのときの龍骨剣士か!!」
驚愕の声を上げたのだった。
「ふふ。ようやくわかりましたか。僕の宿敵」
エリスが気付けなくともそれは何も不思議なことではなかった。俺達は彼を龍骨剣士と呼んでいるが、彼の身体はかつて《刃の迷宮》で相見えたときの龍骨で構成されたそれではなかった。
「何ですか? 僕の身体が気になりますか?」
彼の態度は気安く、まるで知人に接するときのようだ。
「当然だろ。そのバカみたいな剣気がなければ、あのときのアンタと今のアンタが同一人物だと言われても俺は信じなかったろうよ」
俺の返答に、龍骨剣士が「ふむ」と相槌を打った。
「それもそうですね。けどそれはともかく、まずは僕のことは《業無し》と呼んでください」
その名前には聞き覚えがあった。
とある小さな街を一宿一飯の恩義で、超災害級モンスターである《不懐龍》と対峙し、自身の命と引き換えに守り切った剣士の通り名であった。
元々は侮蔑から《業無し》と呼ばれていたものが、今では義理人情で街を救った英雄の代名詞となっている。
「《業無し》というのは僕の通り名であると同時に、僕の持つ唯一のスキルの名でもありました。僕が《業無し》という名のスキルを用いれば、僕の対戦相手は僕が認めたスキル以外は用いることが出来なくなります」
つまり、彼と戦うには純粋な戦闘能力のみが要求される、ということだ。
「本当の僕はもうこの世には存在しません」
なら、ここにいるアンタは───という俺の心情を読んだかのように彼は続けた。
「ここにいる僕は迷宮が産んだコピーに過ぎません」
コピー? 自我だってあるし───
「自我なんてものは大海をたゆたう小舟みたいなものです。僕の自我を含めた情報は───」と話したところで《業無し》は続きを発さなかった───否、発せなかった。
「セキュリティが掛かってるのか、あまり詳しくは話せません。けど、まあ僕の持つこの剣と───」
彼は自身の剣を掲げた。星明かりに照らされた剣は俺のグラムにそっくりであった。
「───君の持ってるそれは同一の剣です。どちらも僕が愛用してた魔剣グラムのコピーに過ぎません」
俺の剣の方がより黒を基調にしているという点───つまり色合いが若干違うという点を除いて、確かに全くの同一の剣であるように思われた。
「どちらも魔剣グラムではややこしいので、僕が名前を付けてあげましょう。どちらも偽物ということですから……僕のグラムは《グラムコピー》、君のグラムは《リプリントグラム》でどうでしょう」
「『どうでしょう』って別にそれで構わねぇけどよ……」
「まあ、そうですね、僕がオリジナルのコピーに過ぎないというのは、同じ剣が二本存在することからもわかってもらえたと思います。
そういうわけで、前回の僕に関して言えば、迷宮が、『僕が倒した《不懐龍》』と『僕』とを一緒くたにして再生させてしまったおかげであんな風になってしまいました。力はバカみたいに強かったですけど、頭も働かない、技術も思ったように発揮できないで散々でしたよ。剣ってのは単なる力だけではありませんからね」
俺達に説明してるのか、それとも自身に語りかけてるのか、どこか歌うように彼は話した。
「今回もまた、迷宮が僕を呼び寄せようとするから、今度はあんなブサイクな身体じゃなくて、何とか僕自身の身体で現れてやりましたよ」
彼がしてやったりといった調子で笑った。
「そして僕が君達二人をこっちに呼んだのには理由があります。ちっこい嬢さんは前に僕を倒しましたからね。そっちの少年は当時のお嬢さんより明らかに優れた使い手でしたし」
彼から放たれた剣気がさらに凄みを増した。
「まあ、そういうわけでそろそろ始めましょうか」
彼は剣を俺達に向けた。
「どちらからでも構いません! さあ!」
どうも彼は一対一をご所望のようであった。
○○○
「私にいかせてください」
エリスが俺へと頭を下げた。
「私は、この《封印迷宮》にて、雑兵の露払いしか果たせておりません……」
俺は黙って彼女の話に耳を傾けた。
「それはもちろん、私の実力不足がゆえのことですが、それでも私は、《封印迷宮》攻略の一助となりたいのです。その機会を今一度、私に与えてくれませんか」
単純に手柄を立てることに躍起になってるのなら断っても良かった。けれど彼女からはそういった浅薄な様子は見受けられなかった。それどころか彼女は何かに思い詰めているようだった。
「わかった。剣聖殿に任せる」
俺の返答に、
「任せてください」
彼女は張り詰めた表情で応えたのだった。
○○○
前口上も何もない。
エリスが飛び掛かると、それが戦闘開始の合図となった。
彼女の烈火のごとき攻めを受け、《業無し》も負けじと剣を繰り出した。
剣と剣が叩き合う音が幾合も響き渡った。
《業無し》の剣は、天衣無縫の剣であった。正確には彼は『幾人もの剣技を持つ剣士』であった。一瞬前とは別人のような剣技を放つために、どのような剣にも対応出来る剣士のように俺の目には映った。
彼は生前日常の全てを剣に捧げていたという。寝ても覚めても考えることは剣のことだけだった。そんな彼だからこそ、様々な他者の長所を己に取り込んでいったとしても不思議ではなかった。
その一方、かつてのエリスは正道の剣士であった。
彼女は王国騎士団と同じソード流剣術の使い手であった。しかし今の彼女は単なるソード流の剣士でないことを俺は知っていた。
二人の剣の冴えに彼我の差はないように思えた。
「ふッ!!」
エリスが小柄な体格を極限まで低空に反らし、《業無し》の死角から柄頭を握った高速の突きを放った。
これこそが彼女本来の持ち味の一つである苛烈さであった。単なる正道の剣ではこうはいかない。
《業無し》は一瞬回避が遅れ、肩口のアーマーを失ったのだった。
彼女はソード流をベースに、一流のスピードで、激しい剛と水のような柔を自由自在に操る。それこそが彼女の剣技の正体であり、エリス流剣術だった。
「とんでもないじゃじゃ馬ですね」
《業無し》が微かに笑った。
未だに余裕があることは明白だった。
「これならどうですかッ」
彼はそう言うと鍔迫り合いへと持ち込んだ。
腕力は互角であるが、体格で勝る《業無し》が優勢に思われたが、器用にもエリスは一瞬引くことで鍔を外し───そこへ逆胴───!!
「やりますねぇ。やっぱり剣は楽しいや」
胴から真っ二つ───とはいかずに、そこにすかさず剣を差し込んだ《業無し》が嗤った。
彼とは対象的なエリスの表情が気に掛かった。
一つのミスが命取りになる局面にも関わらず、楽しそうに剣を振るう彼に比べ、エリスの表情は時を経るごとに険しさを増した。
ギィンギィンと高速で剣を交わし、それはまさしく息をも吐かせぬ攻防であった。
そんな極限の場面でも、微笑んで見せたのがエリス・グラディウスであった───はずなのだ。
ここにきてエリスの烈火の剣がキレを増したように感じた。けれど、その剣からは、もう一つの彼女の本質たる───水のような柔らかさは全く感じとれなかった。
その二つを自由に操ってこそ、前回《業無し》を降したのだ。
彼女の奥義たる《諸刃の極み》には剛と柔の双方が必要なのだ。
目の前のマッチアップは達人対達人である。
たったの一合剣を交わすだけでも大きく消耗するに決まっていた。
両者にそれほどの余裕は見えなかった。
えてしてこういうときに、決着が近かったりする。
なぜだか不意に嫌な予感がした。
ちょうどそこへ、エリスの剣が《業無し》の剣を押し返した。その拍子に彼は姿勢を大きく崩した。
「エリスッッ!!」
逃げろ───は声にならなかった。
スローモーション現象。
これで終わりだとばかりに、エリスは鋭い一撃を《業無し》へと叩き込───ぬるりとした水のような剣がそれを阻んだ───かつてエリスが見せた技だった───用いたのは《業無し》だ───エリスの剣は《業無し》のグラムコピーに絡め取られそのまま上空へと弾き飛ばされた。
「楽しかったですよ」
《業無し》は無慈悲な刃を彼女へと振るったのだった。
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