第42話 禁忌の英雄③
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とある農家の土地を駄目にしたリューグーインであったが、彼にとってはそんなことは朝飯前であった。
ひっそりと街から消えた負け犬がいたという、ただそれだけのことであった。のるかそるかは己の決断。選んだのはお前であり、全ての責任はお前にあるのだ。
理屈は簡単。世界は自己責任でできている。
そういうわけで、彼は一片たりとも反省せずに、それどころか憐憫を感じることもなかったのだった。
愚かな振る舞いをする者がいたとして、周囲は彼の行為に口を挟めないとする、そのような場合、何が起こるだろうか? 正解は行き着くところまでいく、である。
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肥料作成の傍らに、彼───竜宮院は何の因果か、とある中堅商家の集客を請け負うこととなった。
請け負ったとはいうものの、中堅商家の主は酒場で静かにグラスを傾けながら『最近やばいわー』と友人に愚痴をこぼしていただけであった。
それを目敏く(耳聡く)聞いた竜宮院が勝手に依頼されたという体で引き受けたのだった。
商家の主は今をときめく勇者様からの申し出に下手に口を挟むことが出来なかった。
誰がどう見ても完全な素人が自信満々に大丈夫だと言い切るのだ。ひしひしと感じる嫌な予感の中で彼は泣く泣く勇者様に『お願いします』と伝えたのだった。
「集客の基本は、手段を選ばずに注目されることだ。なら、どうすれば人の目を引くことが出来ると思う? 君達にはあまりにも高度な方法だから理解できないかもしれないけど、炎上マーケティングというやり方がある」
彼は胸を張り、炎上商法こそがこの商家を救うのだと喜々として提唱したのだった。
その結果、彼は、何故か商家の屋根から、硬貨を大量にばら撒くことになった。
ばら撒かれたのは、銅貨や銀貨であったが、数十分間に渡ってばら撒くに耐えうる硬貨は総額として中々のものになった。
「貧乏人のみんな! オーギュスト商店からの贈り物だよ! ほら! もっと必死に拾いたまえ!! ほらほら!!」
終始ご機嫌の勇者様は、このような調子でひたすらに街の民へと硬貨をばら撒いたのだった。
もちろん硬貨は件の中堅商家持ちで。
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結果から言うと、耳目を集めるという意味では、竜宮院の目論見は成功したと言えよう。
けれど、それが集客に繋がることはなかった。
原因としては、ばら撒いた硬貨の奪い合いで多くの怪我人が出たことも一因であるが、もっとも大きな原因としては『やることが下品だ』『庶民を見下している』『やっぱり悪どいことして儲けているんだろう』『成り上がりの癖に』などといった、客として買い物に来てもらわなければならない庶民層の負の感情を助長したことが挙げられるだろう。
誰がどう見ても当たり前の結果であった。
そして、それを期に件の商家が落ちぶれていったのも、当然の結果と言えよう。
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あるときはメニュー豊富な食堂で、
「選択肢が多過ぎると、かえって客は選ぶことに疲れてしまい、その結果、客足は減ってしまうんだ」
と竜宮院は、女将を掴まえて講釈を垂れたのだった。
そもそもその店は繁盛していて、誰も悩んですらない状況であったため、店主も女将もぽかーんとした表情を浮かべた。そして結局は食堂は竜宮院のアドバイスを聞き入れることはなかった。
それを竜宮院は、己の意見を無視したということは勇者を馬鹿にしたのだと口角泡を飛ばしたのだった。
「ふーん。勇者たる僕のアドバイスを無視するんだね。わかった。わかったわかった。わかったよ」と勇者の名声を用いたパワハラまがいの圧力を掛けたのだった。
最終的には「うちはメニューの多いことが自慢なのさ。どれを選んでも後悔はさせないよ」と謳っていた食堂は竜宮院のアドバイス(?)に屈し、メニューは両の指で数えられるほどに削減(?)されたのだった。
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その他にも、竜宮院によってなされた言うも憚られるようなエピソードは枚挙に暇がない。
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これらは被害者にとっては悲惨とも言える話であるが、究極的な意味で、取り返しがつく話であった。
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その日も竜宮院は上機嫌であった。
彼は複数の女性を侍らせ、ヨイショすれば奢ってもらえるという魂胆で彼を褒めちぎるゲスい男達と共に、高級クラブとも言える場所で、店にそぐわない騒がしい客として楽しく酒を飲んでいたのだった。
ちょうどこの日のこの時間、竜宮院の隣でお酒を嗜むことになった下級貴族のアナベル・マキャベリという男がいた。
彼はそもそも、酒を飲める心情ではなかったが、同じく下級貴族である友人に気晴らしにでもと連れて来られたのだった。
華やかな雰囲気の中にいても、彼の心はズンと沈んだままであった。
彼の不安は愛娘のことであった。目に入れても痛くないほどに彼が愛してきた娘は、不治の病におかされているのであった。
日を追うごとに体調を悪くし、ついにはベッドから起き上がれなくなった娘の治療法を探し回り、眠れぬ夜を幾度となく越えてきた彼のその表情には、死相が浮かんでいると言っても過言ではなかった。
彼はアルコールに弱く、勧められた酒をちびりと舐めるとすぐに顔を赤くした。彼は心の底にあった不安や愛娘の不幸を吐露し、その場で泣きに泣いたのだった。
そして、そんな彼に全く憚ることなく、
「うん、話は聞かせてもらったよ」
爽やかな声を掛ける者がいたのであった。
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竜宮院さんの話は4で終わりです




