第41話 ぺいっ
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アシュが勇者パーティに探索の再開を告げに行き、その間に俺は、テキパキとテントを片付けていた。
アシュが何やら彼女達と話込んでいたようではあったがしばらくすると戻ってきた。
「彼女達から先に行かせて欲しいと頼まれた。今回の先行に関しては、自分達が先に迷宮攻略を成し遂げたいからという理由ではないのだと、お願いだからと頭を下げられてさ───」
「いいよ」
「私は君達の話も聞かずに勝手に彼女達に───ってええっ!!」
「別に構わないよ。あいつらにはあいつらの考えがあるんだろ。俺にはそれが何かわからんけど、まあなんかあるんだろ」
彼女達を無条件で信じる───なんてことは俺には出来ない。そんな俺でも信じられることはある。
彼女達の実力である。
ボス戦では散々だったとは言え、彼女達三人の実力がずば抜けていることは誰が見ても明白だろう。
だからといって、俺が了承したのはそれだけが理由ではない。
何より、彼女達に先行させる提案に頷いたのはアシュであった。彼女には三人を信じるにたる何かが見えたのだろう。もし、もしもそれが誤りであって、三人が俺達に刃を向けても俺は後悔をしない。
このようなやりとりがあったあと、勇者パーティ三人は、俺達に先んじて四階層へと降りていった。
しばらくしてから、彼女達の後続として四階層に降りた俺達であったが、どこまでも代わり映えのない景色のダンジョンを、俺達はひたすらに歩くこととなった。もちろんサーチアンドデストロイは欠かさずに。
それからも無心で歩き続けたが、雑魚を倒しても倒しても終わらないダンジョンにうんざりだった。
そのときふと、先を行く彼女達三人は大丈夫だろうかという不安が頭をよぎった。
けれど「俺がお前達の家族を殺したんか?」と言いたくなるレベルで嫌われている俺が「おい、お前達、大丈夫か? 調子はどうなんだ? お腹空いてないか? ほら飴だよ」などと声を掛けようものなら、俺の心がボッキボキに折られるような罵詈雑言が飛んでくるに決まっているのだった。
などと俺が悶々としていると、隣でセンセイがうんざりした様子で、空気を抜いてる最中の浮き輪のような溜め息を漏らした。
「オーミさん、こんなとこで気を抜いちゃ駄目だ。少しの気の緩みが命取りになることもあるんだから」
「ふぁっ!? すまぬ!!」
アシュの言うことはもっともであったが、センセイの気持ちも非常にわかる。歩き初めてからもう何時間になるだろう。とうに俺の時間感覚は消え失せ、時計型の魔導具がなければ今がどのくらいの時間なのかがわからないほどであった。そんな中でうっかり気を抜いてあくびをしてしまいそうな俺。
あかん! アシュに怒られてしまう!
こうしてあくびを噛み殺しつつも、長らく戦々恐々としていた俺は閃いたのだった。
そうだ!! こういうときはトークするに限るんだぜ!!
「センセイ」
「ひゃんじゃあああー」
目だけはキリッしていたセンセイだったけど、俺同様にあくびを我慢している様子であった。
「センセイ……まあ良いんだけど、それよか、センセイは俺以外の転移者と会ったことってあるんですか?」
アシュも既に俺が転移者である第四の聖騎士ということを理解しているので俺は話をぼかすのをやめていた。
「おー、この時代の転移者は主以外知らんが、これまでには何人か会うたことがあるのう」
「へぇー! やっぱりあるんですね! どんな人だったんですか?」
「どいつもこいつもずば抜けた戦闘能力の持ち主だったよ。特に転移勇者はとんでもない数のスキルを持っててのう。あやつらがおらなんだら、この世界は幾度となく滅びておる」
センセイが遠い目をした。
その表情は何かを懐かしんでいるようであった。
「いろんな奴がおったな。《護剣リファイア》の名付け親も転移者だったし。他にも、我が会うた中で《舞台》というレアなスキルを持っておった奴は特に一風変わっとった」
《舞台》というスキル? 割と持ってる人が多そうだけど……勇者パーティの舞台をやってた人達なら持ってても不思議ではないような。
「なんじゃムコ殿不思議そうな顔しおって。話は最後まで聞けぃ。大事なところはこれからじゃ。そもそもあやつがこの世界に転移してきた頃じゃが、舞台なんてものはこの世界には存在せんかったのよ」
「つまり……、この世界に存在しない概念に関するスキルを持ってたってことですか?」
「そうよ。まさにその通り。だからの、あやつは、舞台のないこの世界に《舞台》というスキルを持って召喚されたことは、自分に与えられた、この世界に舞台という文化を根付かせるという使命なんじゃないか、って言っておった。腕っぷしはもちろんとんでもないものがあったが、あやつはモンスターを倒すより、向こうの舞台を再現して、その概念を広めることの方に尽力しておったよ」
俺も見たことがあった。
俺が超絶くさされていたので嫌な思い出ではあるが、純粋に舞台として見ればとてもいいものであった。
「俺も見ましたよ。魔法を使った演出なんかもよく考えられてて見応えありましたよ」
光魔法をはじめとした様々な魔法を駆使した、視覚や聴覚にダイレクトに訴えかける良い演出であった。
「今ある舞台の演出のほとんどはあやつが創ったもんなんじゃよ。いつも『向こうの世界の舞台と魔法との融合を果たしてみせるわ』と息巻いておった」
ふと、疑問がよぎった。
その《舞台》スキル持ちの勇者は地球に帰ったのだろうか? それとも───
「ようやく、かのぅ」
先行した三人の気配が、立ち止まった。
先程と同じだ。彼女達はこの階層のボス部屋の前へと辿り着いたのだ。
俺達は足早に彼女達の元へ急いだのだった。
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「先程三人で話し合いました。封印迷宮の攻略が可能であるなら、誰が攻略しようと構わないという結論に至りました」
それこそが俺達を待っていた理由だ。
告げたのは聖女ミカだった。
はっきりと『一緒に扉を開けましょう』と言えばいいのに、遠回りな提案だと思った。
そんなことを考えながら聖女ミカをじっと見た。
こんなにも彼女の顔を直視したのはいつぶりだろう。
怯むことなく彼女は俺から目を逸らさなかった。
アンジェに目を向けると、彼女は帽子のつばで目元を隠し、深く頷いた。
そしてエリスはずっと俯き顔を上げなかった。
「二人はどう思う?」
アシュとセンセイに訪ねたものの、答えは聞かずともわかっていた。
俺の心情すらも理解しているかのように、二人はただ単に頷いてみせた。
「貴女達の意見に了承したい。準備が終わり次第、一緒に扉を潜ろう」
三人へ向けて、俺はそう答えたのだった。
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いろいろと渦巻く感情を飲み込んだ。
そして俺達は簡易的な腹ごしらえをはじめとした、ボスへのアタックの準備をこなし、そして───
「いくぞ」
扉を両手で押し、部屋へと足を進めたのだった。
部屋は完全な闇であった。
「おい! みんな! 気をつけろ!」
みんなへと注意を促し、光魔法で灯りを付けるも───
「センセイ! アシュ!」
誰からも返事がなく、そして、しばらくすると、遥か前方に強烈な光が見えた。
呼び掛けに応えない他メンバーを気に掛けつつも、仕方なく俺は歩を進めた。
そして光の元へと到達し、そこにあった強い光が収まるまで目をつぶり、やがて恐る恐るまぶたを開けた俺は───
「あーっ! やっぱりだよ! クソッタレ!」
辺りを照らすのは月明かりと星空だった。
俺の視野に広がったのは終わりの見えない荒野───それも、無数の剣が突き立てられた荒野だった。
センセイやアシュどころか、ミカ達もここにはいない。けれど分断された向こうにセンセイがいてくれるから安心か───と考えたところで背後に一つの気配を感じた。
一瞬でグラムを抜いて背後の気配にそれを突き付けた。
「───聖騎士ヤマダ殿」
グラムを喉に突き付けられ、声を漏らしたのは、いったい全体どういうわけか、剣聖エリスその人であった。
◇◇◇
彼女は、未だに全力を出さずにここまで潜れたことに、封印迷宮攻略の手応えを感じていた。
前回の失敗を糧にし、彼女は成長を重ねてきたし、また直接的な対策を広めることに成功した。
それは単なるサーチアンドデストロイという対策であったが、それこそが《封印領域》を滅するための最重要案件だと知らなければ、間違いなく悠長な対応を採られたであろうし、今頃は増殖した靄で前回の《封印領域》の二の舞になっていたはずであった。
そして、前回のボス部屋同様、今回のボス戦も、最悪の場合自分一人で処理してもいい、そんな決意をしていたのだった。
「我がおるから、主らは緊張せんでいいからのう」
などと声を掛けながら、扉をくぐった彼女であったが、すぐさま周りから他メンバーの気配が失せたことに気付いた。視界を確保するために仕方なく光の球を呼び寄せると、視野の先にある強烈な光へととりあえず歩を進めたのだった。
「なん……じゃと……」
そこで彼女は戦慄き、声を漏らした。
彼女───センセイの辿り着いた場所は、四階層ボス部屋とはほど遠い、まさに《封印迷宮》の入口であった。
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