第37話 vs 《封印迷宮第三階層守護者》②
○○○
《機械羽》のビーム一斉掃射により発生した煙の中、
「《ᛁ》」
センセイの凛とした声が響いた。
《ᛁ》は《停滞》を表すルーン文字であった。
《ᛁ》《ᛁ》《ᛁ》《ᛁ》《ᛁ》《ᛁ》───いくつもの《ᛁ》の文字が浮かび、その各々が鈍色の光を放った。その光に触れた《機械羽》が───機能を停止した、かと思えば、また一つ、また一つと活動を止め、地へと落ちた。
「《ᛜ》」
彼女が《短剣》で、《豊穣》を表す《ᛜ》を描きそれを唱えた。瞬間───、
「グッッ」っと苦悶の声を上げたのは《天使改》だ。
センセイの術に反応し、地面から急激に伸びた蔦が、《天使改》を拘束したからであった。
たかが蔦と思うなかれ。《天使改》が引っ千切っても引っ千切っても何度だって再生し、その度に肢体に強く巻き付き、両手両足を拘束した。それでも蔦の成長と拘束は留まるところを知らず両手両足だけだった戒めは腰に、そして首に、肩にまで及び、しまいには全身を覆い尽くした。
「《ᚹ》」
さらなる紋様───《喜び》を示す《ᚹ》を刻んだセンセイが唱え、広げた両の手をパンと合わせた。
それに呼応するかのように、蔦は爆発的な成長を見せ、《天使改》を幾重にも幾重にも包み込み、やがてその様相は二メートルをゆうに超えるほどの繭状の塊へと相成ったのだった。
「これで決まりじゃな」
センセイが再び両手をパンと合わせると、繭はぐぐぐとその体積をどんどんと縮め、縮め、縮め───その瞬間カッッと繭を中心に光が迸った。
光は一瞬であったが、ぱらぱらと何かが降ってきた。蔦の残骸だった。繭のあった場所に《天使改》が無傷の佇まいを見せたのだった。
○○○
センセイの《ᛁ》によって活動停止し、地面に転がっていたはずの《機械羽》は、いづれも姿を消し《天使改》の背中へと戻っていた。
あの羽は任意で背中へと、瞬間移動のようなもので戻せるのかもしれない。そうでないと説明がつかなかった。そして繭を消滅させたあの光は《機械羽》の一斉掃射に他ならなかった。
《天使改》がにこりと微笑んだ、気がした。
その笑みから、言葉にせずとも『やれるものならやってみろ』という意志を感じた。
接近戦をするにしても、確実に狙われるだろう背後からの《機械羽》の射撃が邪魔になることは、想像に難くない。
ここはやはり俺が助太刀した方が───
「うーむ。あんまり使いたくないだがのう。けどやはりさすがは《封印迷宮》の用意したボスモンスター。そうは言ってられぬ相手か」
センセイが眉を下げて呟いた。
ですよねー、そりゃ全然本気じゃないですよね。
わかってましたよ、わかったましたとも。
「《九禁∶一縛∴解》」
センセイが何かしらの術を唱えると彼女からおびただしい力が溢れた───恐らくそれは能力解放の類だったのだろう。
「《浮礫》」
センセイが間髪入れず唱えると、馬鹿げた数の美しい結晶の礫が、彼女の周りを浮遊した。この《礫》も相手の《機械羽》に勝るとも劣らない速度で飛行した。そして───チュミミーンとまさに今《機械羽》から撃たれたレーザーを、《礫》が、何らかの力を放出し相殺したのだった。
《機械羽》と《礫》が入れ替わり立ち代わり、俊敏機敏に飛び回り、互いの空間を削り合うように、制圧し合うように、互いの攻撃を妨げるように、主人を護るように、空中戦を繰り広げた。
「これで邪魔はなくなったのう。ほら、掛かっておいで」
センセイが告げるや否や、《天使改》が駆け出した。俺は嫌というほど知っている。彼のモンスターの連撃速度は天井知らずであった。かつての俺は完全にガードを弾かれ、あと一歩で死ぬところであった。
「《炎の右手》」
センセイは左腕を振るい告げた。
それと同時に、燃え盛る巨大な左腕が宙に顕現した。
「《氷の左手》」
次いで、センセイが右腕を振るい、術を発すると、万物を凍結せしめる巨大な右腕が顕現した。
それに全く怯まむことなく《天使改》がセンセイへと飛び掛かった。正直あの連撃はセンセイでも捌き切ることは難しいのではないか───
「すまんな、手加減は出来ん」
センセイが拳を振るうと、巨大な腕がセンセイの拳速と寸分違わぬ速度で連動するように繰り出された。《天使改》が炎の巨腕へと負けじと蹴りを放ち、体勢を立て直すべく距離を取るも、死角からの氷の巨腕のアッパーが直撃し───さらに上空へと突き上げられた。
左右の巨腕が《天使改》を追い上空へと瞬時に移動を果たした。そこで巨腕の繰り手であるセンセイが両の手を用いた馬鹿げた威力のラッシュを繰り出した。
「ほらほらほらほら」
身動きの取れない《天使改》はなされるがままに左右からの相異なる属性の付与された巨腕のラッシュを受けた。
「ほらほら、まだまだ」
その結果、当初の天使然とした装いが嘘のようにズタボロになった《天使改》が姿を現したが、やはりと言うべきか彼のモンスターは瞬時に両の巨腕を破壊せしめんと、背中へと《機械羽》を換装し直した。揃った《機械羽》がキィィィンと光った。フル掃射の兆候であった。が───
「《それは大変でしたね》」
それもセンセイの前では些細な抵抗であった。
センセイの呟きと同時に巨大な竜巻が発生したのだ。その渦は有無を言わさず《天使改》を飲み込んだ。
絶叫───それは常に無言であった彼のモンスターの喉から迸ったものだ。まさに局地的大災害の模様だった。
しばらくしてそれが収まると、《天使改》が倒れ伏していた───けれど未だに消えぬ戦意が伺えた。
「あっぱれ。その戦意に敬意を示そう」
くふふ、とセンセイが微笑んだ。
「《ああ、やっぱりね》」
倒れ伏し、立ち上がろうとした《天使改》がセンセイの言に合わせて急激な勢いで腹這いに突っ伏した。
彼のモンスターが、土を掴み、再度立ち上がろうとするも圧倒的な力で押さえつけられてる様子で地の上でがむしゃらに藻掻いた。
押さえつけたものの正体は非常に強力な重力だと推察出来た。けれどあの化物が這いつくばるほどの重力───? と考え俺はゾッとしたのだった。
「中々じゃったよ」
センセイが褒め称えた。
彼女は再び空間に黒い穴を開け、その中に《短剣》をポイっと投げ入れると、手を突っ込み緋色の扇を取り出した。
「こやつの名は単純にして明快、《緋扇》という」
閉じてたそいつをピシャリと開き、
「《我の意志の元に流転せよ》」と命じた。
すると《緋扇》は緋色の《刀》へと姿を変えたのだった。
センセイが指を鳴らし重力場を解くと、《天使改》が起き上がった。満身創痍にも関わらず、懲りずに《機械羽》を飛ばして、センセイの全方位からビームを浴びせた。
「無駄じゃッッ」
爆煙の中からセンセイが地を蹴り飛び出した。
《天使改》も暴力の化身だ。彼女は自慢の肉体───魔力を込めた手刀で以て応戦をすべく待ち構え───二人が交差───刹那の時間の後に、センセイがその場で緋色の刀を大きく振るい、《刀》は《扇》へと姿を戻した。
そして《天使改》は崩れ落ち、光の粒子となり消滅したのだった。
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