第34話 禁忌の英雄②
笑い話ではありませんが
氷山の一角の1エピソードとして
彼とシンクロして読んでね
◇◇◇
彼──竜宮院王子は、この世界の者達を蔑んでいた。
理由は単純にして明快、彼らはカースト下位であり、自分こそが最上位に位置する人間であるからだ。
彼は、三角形のピラミッドの下位に位置する者は、上位の者に何をされても当然であるという、べったりと粘りついた汚泥のごとき、一種の選民思想の持ち主であった。
この世界に召喚された当初はそういった本性もそれなりに隠されていた。しかし勇者の地位が非常に強固なものであることを察したことと、己の力を把握したことで、かなり早い段階でその本性が、尊大な態度となり表へと現れるようになった。
彼は己の《クリエイティブ》な仕事こそが、この世界を良くすると考えていた。
別にこの世界をより良くしたいという願望はこれっぽちもなかったが、そうすることで、己に向けられるだろう称賛こそが最も重要なものであった。
《刃の迷宮》を踏破した後の凱旋したときのことを思い返すたびに彼は、性的な興奮を伴う圧倒的なまでの高揚を感じた。
それは竜宮院にとっての禁断の果実であった。そして食べても食べても食べ足りない最高にして最強の甘味であった。
とはいえ、その前に竜宮院のいう《クリエイティブ》の発露には、『このような形にしたい』というアイデアを形にする過程が必要であった。
どのような試みや発明にせよ、恐らくは数えきれないほどの試行錯誤が必要であり、それには多大な時間を要する。
また、労を注ぎ込んだからといってそれが必ず成功する訳でもなく、やり遂げるには金や人は当然として、信念のようなものこそが最も求められるものなのだ。
そこまでやって初めて《クリエイティブ》を成したと言えるのだが、当の竜宮院王子は、もちろん信念なんていうご大層なものは持ち合わせていなかった。
それどころか彼がそのワードを耳にすれば「信念? そんなあるのかどうかもわからないあやふやなもので一体何が出来るというんだい?」と応じただろう。
さて、そもそもの話、竜宮院は普段から自分には頭を使う仕事、否、それよりも上位の───要するに人を使う仕事こそが、己の才を最も有効活用出来ることであると考えていた。
もちろん自分は《クリエイティブ》の才も持ち合わせてはいるが、何も自分が働く必要はない。
アイデアを丸投げしてやるから、動きたいやつが動けばいいのだ。
知識が足りなければ、知識のあるやつを使えばいい。
技術が足りなければ、技術のあるやつを使えばいい。
労力が必要であれば、その辺から連れてきて働かせればいい。
一事が万事これでことが足りる。
確かに、そういったやり方で成功させた人間も大勢いるだろう。けれどそれは、圧倒的なカリスマやセンスを持った実力者が、確かな信念と共にトップに立ち、道標となるべくプロジェクトの舵をきった結果であるのだ。
しかし、竜宮院王子にはそんなことは関係ない。
必要なのは結果だ───それも成功した。
失敗すれば、無能がやらかしたから。
成功すれば、己の手柄。
それもこれも当然なのである。
だって己───竜宮院王子は歴代最高最善最強の勇者であるのだ。
畢竟、下々の成した功績の全ては、彼のものに違いなかった。
なるほど、これこそが彼の信念であったのだ。
◇◇◇
圧倒的な身分差で「笑えよベジータ」ならぬ「笑えよ一般市民」を地でいく竜宮院であるが、もちろん、彼の持つ自身のイメージと、実際の彼の能力には天と地ほどの乖離があった。
それでも全くの無能ではないので、しっかりとした思考の元に行動すればいいのだが、彼はそれをしない。
これはそんな彼のお仕事の話だ。
◇◇◇
彼は女の子の接待のあるお高い飲み屋が大好きではあるが、街の酒場も大好きだったりする。
それは市井の様々な人間にチヤホヤされるからであった。しかし女の子の接待も外せないので、適当に二、三人ほどの女の子を連れていくことが街の酒場へ足を運ぶときの彼のルーティンであった。
まあ、そんなわけで、その日たまたま酒場にパーリーしに行った竜宮院。彼は隣のテーブルで、今年は作物が不作で悩んでるというおじさんの話を聞いたのだった。
過度なアルコールと称賛とをばっちりと摂取しガンギマリしていた彼は、あまりの気持ちよさから「この僕が」という上から目線で、何とかしてやろうかと申し出た。
異世界版笑うせ○るすまんであった。
いや、失敬。
黒スーツの彼に非常に失礼な例えであった。
◇◇◇
誰もやらないことは、やらないんじゃなくて、やっても無駄だからやらないのだ───という場面は少なくない。
リバーシやチェスですら、過去の転移者が普及させた世界だ。山田もご存知の通り、この世界にはふわふわのパンだってあるし、カレーだってあるし、シチューだってある。しまいには探せばチョコレートすらあるのだ。
誰も言わないが、なろうお馴染みである、馬車のサスペンションや井戸のアレなんかも、当然として普及していた。
己の無学を知る少年───山田一郎は、下手に異世界召喚知識無双などといった世迷言をちらりと考えはしたが、すぐに無理だと悟り語ることはなかった。
それに比べて、端から異世界の文化レベルを馬鹿にし、何も調べることなく、上から目線であった彼───竜宮院王子。
この場合、どちらが最適解であったか火を見るよりも明らかであった。
◇◇◇
端的にいうと、彼は作り方の知らない肥溜めを作ると宣言した。
《クリエイティブ(笑)》な状況であったが、彼はいたって真剣であった。
何を言ってるのか理解し難いことではあるが、彼は「肥溜めを作れば作物もよく育つ!」と述べた。
既にこの世界には、肥溜めの代わりは存在するが、彼はそれを知らない。
申し出を受けた、否、受けてしまった農家は、勇者の一言一句一挙手一投足に終始青い顔をし、内心では「もうダメだ……おしまいだぁ……」と後悔しどおしであった。
肥をどうすれば溜められるか、どうやって運ぶか、発酵の条件はどのようなものか、その他にも山の様にある問題点の答えを、彼は何一つ知らなかった。
けれど彼は「発酵させて、葉っぱを被せれば万事解決!!」という己の記憶にある、知識の断片とも言えない曖昧なものを提供、というより押し付けた。
それでもって、当の農家が何度もやんわりと断ろうとした際には、その度に「この僕の───勇者である僕の優しさを踏みにじり、面子を汚そうとするのかい? まあそうと分かった上でやめるんなら僕はとめないけどね」と凄んだのだった。
◇◇◇
結果、土壌は駄目になった。
けれど、それはあの無能が足を引っ張ったからだ。
何かあるたび、無理だ無理だ、お金がお金がと横からごちゃごちゃと喚きやがった。
それをどうにかするのがお前の仕事だろう。
そうだろう?
ただでさえ気分が悪いのに、最期には勇者たる己に感謝を述べることなく、愚かな下民はこの地から姿を消した。
あまりの無責任さに怒りの感情しか覚えない。
あんなやつどこに行ったって成功するわけがない。
知識を授けてもらった猿の分際で───。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
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彼のやらかしレベルが、禁忌に到達する③④へと続きます。それから次は竜宮院ではありません。
それから割烹でいいね数ランキングやってるので
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