第33話 vs《封印迷宮第ニ階層守護者》
○○○
当時の俺は傷つけるだけで精一杯であった。
けど今はどうか───?
「ダッシャアァァァァァ!!」
魔剣グラムを叩きつけるがやっぱり硬い。
などと浸る余裕はない。俺の身長をゆうに超える鉱物の怪人《水晶のヒトガタ》は驚くほどに速かった。
その速度は通常時の俺とほぼ互角と言えた。
それに加え、彼のモンスターの全身は触れるだけで真っ二つになってしまうほどに鋭利であった。
また圧倒的な重量を活かした攻撃力も兼ね備えており、厄介極まりない相手であった。
かつての迷宮初心者だった俺も、そりゃ攻撃一撃ごとに瀕死に陥るよな、と再確認しながらも───
振るう腕を弾き、風を斬る蹴りを受け流す。
なにせ相手は疲れることのない怪物だ。
魔剣グラムが水晶と打ち合う音が幾度も響いた。
以前の俺であれば、既に数え切れないほどにバッサリといかれていただろうが、今の俺はあれからいくつもの修羅場をくぐった。
「《瞬動》」
光速に達した剣速が、《水晶のヒトガタ》のちょうど振るわれた左腕を斬り飛ばした───まだいける───そのまま胴の半分まで剣を食い込ませた。
抜いて体勢を立て直そうとする《水晶のヒトガタ》が焦りを覚えているのを感じた。けど逃がすわけがない。
「もういっちょッッ!!」
再び《瞬動》を発動させぐるりと逆に回転し、一撃目で与えた傷の反対側から剣を思いっ切り叩き込んだ。
両側から与えたダメージがまるで左右から斧を入れられた大木のように───《水晶のヒトガタ》はその巨体を真っ二つにし、崩れ落ち───落ち───!?
「おいおい、待ってくれよ」
どぷりと、粘性のある液体の音がした。
崩れ落ちたはずの《水晶のヒトガタ》はまるで水銀の粒が触れ合うように混じり合わさり、その姿を傷一つない新たなものへと回帰させたのであった。
何これぇぇ!?
あんだけ頑張ったのにノーダメじゃないのおぉ!!
などと嘆いてはいるものの、俺は思考を停止することなく彼のボスモンスターの対処に頭を働かせた。
それこそが難局を乗り切る鍵だった。
「もっかい見せてくれよっ、と!!」
相手の両腕での斬撃を屈むことで躱し、《瞬動》を発動───そのまま両足を断ち切った、瞬間───
どぷんと、再び液状化し───そして一度離れた両足を取り込み修復、元の姿へと復活を果たした。
「なーる」
無限に復活を果たす相手とはこれまでに何度も戦い何度も苦戦を重ねた。その経験から今の俺にはいくらでもやりようはあった。
速いことは速い。殺傷能力が高いことも間違いではない。けれどそれだけだ。あるのはバカの一つ覚えの斬撃と蹴りだけ。
「ふッッ」
《瞬動》を三度発動させ、渾身の全力斬りで力任せに袈裟掛けに斬り割いた。
ズズズとずり落ちるボディが、三度目の液状化の気配を見せた。その一瞬───俺は剣を左手に持ち、彼のモンスターへと右手の掌を添えた。
───貫通拳ッッ!!
俺が放ちしはセナより教わりし拳の極致。
こいつは己の内にある練りに練った魔力を拳に乗せて、相手の体内に叩き込み、振動、増幅させる俺版の貫通拳であった。
《水晶のヒトガタ》はその巨体を振動させ、断末魔の如き金切り声を上げた。
そりゃ、液体ならば、かつてセナや俺に実験台にされた憐れなモンスター以上に、素晴らしく気を通してくれるだろう───という予想は見事的中し、振動した巨体は一向に再生を開始することなくズズンとその身体を崩した。
「こいつで最後だッ!」
俺はとどめとばかりに加速させた魔剣グラムを縦横無尽に振るった。そいつでもって崩れ落ちる《水晶のヒトガタ》を四等分、八等分、十六等分───最終的にはその全てを細切れとなし、分割された水晶の振動が収まるのを確認した後、剣を鞘へと戻したのだった。
○○○
俺が一心不乱に、魔力の付与された水晶の欠片(ボスモンスターの残骸)を一つ足りとも逃してたまるかと、マジックバッグに放り込んでいると、
「ご苦労であったな、と言いたいとこだがの、ムコ殿、いったい主はまた、そんなに這いつくばって何をしとるんじゃ……」とセンセイが額に手を当てて、俺に声を掛けたのだった。
おかしい。どちらかと言えばセンセイがやらかして俺がツッコミを入れるのが定番だったはずなのに、それがどうだ、今では全くの逆ではないか……。
俺は腰を地につけたまま、
「センセイ、お疲れ様でした」
俺は気を取り直してセンセイに労いの言葉を返したのだった。
「うむ。こっちも万事は上手くいったよ」
センセイの言葉に従って状況を確認すると、完全回復を果たしたものの未だに意識の戻らないアンジェとエリス、その傍らには精神的な疲労からか座り込んだミカ、さらにその隣には仰向けになり手足を投げ出したアシュがいた。
まさに死屍累々という単語が相応しい状況であった。
「えぇ……」
「ムコ殿、これはしょうがない。あやつらはあやつらでよう頑張ったからのう」
「まあ、そうですね」
頑張ったことは頑張ったに違いない。
言いたいことはたくさんあるけど……。
「なんじゃあ、ムコ殿。ほら、そんな顔するでない」
俺はセンセイのその優しさに弱いのだ。
悪いことを企んでいるときのイタズラ猫みたいな表情も、そして、彼女達に向けるような思いやりに溢れる表情も、そのどちらもがセンセイであった。
俺は一度大きく深呼吸し、気持ちを切り替えた。
「もう、大丈夫です。とりあえずこれからどうするか決めてしまいましょう」
「そうじゃの───」とセンセイが応えたとき、
「あの」
座り込んでいた聖女ミカが立ち上がり、こちらへと歩み寄ってきたのだった。
返事に困った俺。
「どうしたのかの?」
センセイが代わりに応じてくれた。
「聖騎士ヤマダイチロー、私は貴方が嫌いです」
わざわざそんなこと言いにくるか? という俺の内心を読み取ったのかセンセイが俺を目線で「最後まで話を聞け」と窘めた。
「けれど、貴方は───あのときの貴方は確かに《聖騎士》でした」
「…………」
「私を───私達を救ってくださってありがとうございます」
「別に構わねぇよ」
ぶっきらぼうだと思うかもしれない。ただ返す言葉が見つからなかったのだ。
「それより、向こう見てみろよ」
俺が指差したフロアの端。
そこにあったのは───
「三階層への階段だよ」
いきなり初見殺しの凶悪なボスを登場させたクソッタレなこのダンジョンは、やはりと言うべきか、当然と言うべきか、まだ続くのだった。
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