第31話 cutting edge
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状況を完全に把握するには幾分かの時間が必要であった。
青い顔で、戦闘もままならないミカがいた。
その隣には詠唱を続けるアンジェリカがいた。
彼女の長詠唱の術式はいずれも一撃必殺である。
そしボスを相手に幾合も斬り結び戦線を支えるべく奮闘を続けるエリスがいた。
三人の戦闘は実際のところ、いつ均衡が崩れても不思議ではない、危ういもののように思われた。
そして最大の問題は俺の眼前にて圧倒的なまでの破壊の力を振るう悪夢の化身だった。
《水晶のヒトガタ》───それこそが彼女達が相対するボスの名前であった。
「嘘だ───」
これは何かの間違いだ、と考える時間すら───背筋がブワッと粟立つのを感じた。
「アンジェェェェェェェェェェ!! 詠唱をやめろおおおおおおおおおおお!!」
俺の静止も虚しく、彼女は詠唱を完了させ───
「《火神一擲》」
アンジェの超級魔法が発動した。
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何故だが、ふと思い出した。
俺がアンジェと過ごしていたときのことだ。
「鉱石は、水晶はもちろん、あれだけ硬いダイヤですら超高熱には勝てない」という話をしたことがあった。
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エリスは魔法の発動を感じ取りその場から一気に離脱した。
刹那、アンジェリカの必殺の一撃はボスへと襲い掛かり───反射された。
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反射された魔法の斜線上にいたのは───エリス。
対象を燃やし尽くすまで決して消えることのない焔が爆炎を繰り返し、エリスへと迫った。
爆発の衝撃に吹き飛ばされたエリスは立つこともままならず、焔に飲み込まれるまで、幾分の猶予すらなかった。
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《瞬動》発動。
───思考を引き伸ばす。
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ほぼフリーズレベルで引き伸ばされた時間の中でさらに《超光速戦闘形態》の発動に取り掛かった。その傍らで、思考を続ける。
正直な話、最悪のパターンといえた。
《火神一擲》───アンジェリカの魔法で《ナルカミ》と並んでもっとも厄介な魔法の一つであった。
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厄介な点は二つ。
一つ目は、術式の永続性。
二つ目は、精緻な操作を必要とするその難易度の高さ。
まずもって彼女の創ったその術式には《ナルカミ》と同様に、特徴的な仕組みがいくつか組み込まれていた。
アンジェリカは器用にも、ボス部屋に火魔力を高濃度に敷き詰めていた。しかも彼女は器用にも、こいつを分散しないようボスの周囲へと操作し張り巡らせていた。その一つ一つは初級魔法レベルのものであるが、その数は三桁後半に達する。
こいつら全てをコントロールするのだから、その難易度は推して知るべしだろう。
そしてここからが《火神一擲》の術式の肝だ。
術式の永続性は、張り巡らされた大量の火魔力が、消滅する際に自動的に術者であるアンジェリカから魔力が充填され、術式復元が起こる仕組みによった実現された。これによって魔法───《火神一擲》は彼女の莫大な魔力が続く限り半永続的に発動する。
さらに発動させるときに対象の情報を組み込むことで、敵の存在を感知し、そいつを滅ぼすまで、永続的に燃え盛り続けるという死角の無さであった。
今回のアンジェが《火神一擲》を発動した時点での対象は《水晶のヒトガタ》であった。
それが反射された今、《火神一擲》の対象は、《水晶のヒトガタ》と相対する───俺達六人であった。
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《超光速戦闘形態》発動───と同時に迷うことなく前方のエリスを抱き抱えた。
すぐさまセンセイの隣へと彼女を下ろし、《火神一擲》の迎撃に向かった。
しかし、その勢力はもはや《水晶のヒトガタ》を相手するどころの話ではなかった。
「《光時雨》!!」
永続性のある焔を相手に効くかどうかもわからないまま、俺は己の手札である光魔法の一つを無数に浴びせた。
───豪オオオオオオオオオオオ!!
焔の勢いは衰えることなく唸りを上げた。
はわわわ!!
ノーダメ確定ッッ!!
そりゃそうだって!!
俺のバカバカバカっ!
焔に光を放り込んだからってそんなの効くわけねぇよ!!
やべーよ! やべーよ!
この術式を止める方法は、対象を燃やし尽くすか、外部から圧倒的な力で抑え込むか、そして───術者自身が解除するか、だ。
意志の疎通を図るため、焔との距離を確認し《超光速戦闘形態》を一度解除した俺───状況を改善すべく
「センセイ、エリスを頼む!!」
彼女に全力で呼び掛けた。
「アンジェッッ!! 術式を解除しろおおおお!!」
しかしこれは、俺の痛烈なミスであった。
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アンジェにとって、何が起こったか理解するには圧倒的に時間が不足していた。
すでに平静を欠いたところに俺の強い呼び掛けがあった。事態の重さを急激に認識した彼女は、完全に冷静さを失った。
そこで精緻なコントロールを必要とするはずの術式は、彼女の手を完全に離れた。
結果───部屋のいたるところから焔があがり、そして彼女───アンジェ自身の足元からも───
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水晶のヒトガタくん「なぁにこれ??」