第30話 真名
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先行した三人からつかず離れずの距離を保ちながら俺達は先に進んだ。そのペースは決して速くはない。
三人が先行してモンスターを倒しているといっても、彼女達三人の実力をもってしても、殲滅するのにかなりの時間を要するほどの数のモンスターがいることは想像に難くなかった。
そして彼女達が殲滅したにも関わらずに、すぐさま湧き出した屍人や骨戦士などを相手取り、俺達は『これを放置してたらマジやべーことになってたな』と認識を新たにしたのだった。
「のう、ムコ殿」
「何ですか?」
「主がかつて勇者パーティに属しておったときに聖剣はどうしとった?」
道中進みながらも、会話は必要だ。
「『どうしとった?』とはどう意味です?」
「うむぅ。ムコ殿は察しが悪いのう……。
誰が用いておったとか、先程の様に戦闘に用いられてなかったとか、他にも何か色々とあるじゃろ」
察し悪くなんかないもん!
ふむふむ、センセイが聖剣を気にしている、ということは───私、わかっちゃいました!
「もしかして」と得意げに前置いた俺。
「もしかして?」と首を傾げたセンセイ。
「もしかして、センセイが聖剣のかつての遣い手だったり、しますか?」
俺の完壁な予想に対してセンセイは、
「ムコ殿、何をどうしたらそうなるんじゃ……」と額に手を当て溜め息を吐いたのだった。
うう、察し悪くなんてないんだからねっ!!
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それはさておき。
そうそう、これまで聖剣がどのように扱われていたかという話だった。
「初めの半年ほどは勇者が使ってましたね。といってもアイツは剣を持つだけで精一杯でしたので、ほとんどの場合俺の後方にいた聖女ミカの結界の中で腕を組んで、ぼーっと突っ立って偉そうに指示とも言えない指示を出してるだけでしたけど。ですから当時は聖剣はその辺の装飾品となんら変わらない扱いでした。
それからしばらくしてから、《鏡の迷宮》のボス戦で俺が勇者から拝借しました。それ以降、剣聖エリスに譲るまでの一年と少しの間は、俺が愛用してましたね」
聖剣は俺にとって何をしても折れない硬くて丈夫な剣であったが、今考えると聖剣相手に相当不敬なことをしていたのかもしれない。
特に《鏡の迷宮》のボス戦なんかは、ほぼ鈍器として扱っていた気がする。
《水晶のヒトガタ》
こいつは、切ることなんて不可能で本当に勘弁して欲しいレベルで硬かった。当時《大罪種》ですら断ち切った俺だったが、その俺の技術や腕力ですら、ソイツを傷つけることが精一杯だった。そういうわけで仕方なく、少しでもダメージを蓄積させるべく聖剣で同じ箇所を何度も何度も叩きつけることとなったのだ。
そういう意味でも、聖剣は完全に鈍器であったわ。
聖剣よ、本当にすまないと思っている。
けど、それはそれとして、数々の迷宮を踏破するにあたり聖剣の存在は必要不可欠であった。あの時期、俺が辛いときに、何も変わらずに俺の元にいてくれたのは、聖剣だけじゃなかったか───などと考えるのは少し感傷的に過ぎるか。
「ムコ殿。一応聞いておきたいんじゃがの」
センセイがおずおずと申し出た。
彼女がそんな控え目な態度を取るのは珍しいことであった。恐らく、余りにも当たり前過ぎて質問することも憚られるようなことを尋ねようとしているのだ。
「なんですか? 何でも聞いてくださいよ」
もう、遠慮なんてしなくていいのにー。
俺達の仲じゃないっすかー。
「ムコ殿は、一年以上にも渡って聖剣の遣い手を続けた、そうじゃな? では主は聖剣の《真名》を知っておるか?」
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まな……? まなって何だ? うめぇのか?
「レジェンドオブ?」
「違う」
「あしだ?」
「違う」
「カナの相方?」
「違う」
「行儀作法?」
「違う」
「レア?」
「やめいやめい!! このおバカ!!」
「ウゲぇあ!」
ついにセンセイに実力行使(頭をはたかれた)でとめられたのだった(自業自得)
「《真名》というのはその存在に刻み込まれた《真なる名》のことをいう」
「《真なる名》……」
センセイが何だか大層なことを言い出した。
俺は聖剣への仕打ちを問いただされるのではないかと恐れ慄いていた。
やべーよ! やべーよ!
アシュは口を挟まないが、興味深そうにこちらへと耳を傾けている。
「ランクならば《神話級装備》のものは《真名》を持つじゃろうな」
そこでセンセイは俺に確認するように問うた。
「そして、現剣聖───エリスといったかのう?」
俺とアシュが同タイミングで頷いた。
「彼女の所持しているアレももちろん、ちゃんと《真名》を持っておる」
センセイはさらに続けた。
「アルカナ王国に伝えられし聖剣───その《真名》を《護剣リファイア》という」
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リファイア? Re∶FIRE?
「《リファイア》のこれまでの全ての遣い手を知っとるわけでないけれども、最初にこの剣を用いた者を我は知っておる」
「それはどのような人だったんですか?」
俺の問に、センセイは何かを懐かしむように呟いた。
「真面目が服を着たような人物じゃったよ。そのわりにユーモアもあっての。というかそやつが聖剣の《真名》の名付けの親じゃったりする」
へぇー! 国の偉いさん達ですら《聖剣》としか呼ばなかったのに、このような話は初耳である。
「何らかの理由があって文献が失われたのかもしれぬな。けどそれは言っても詮ないこと。この世界はムコ殿らがいた世界とは何もかもが違う。文献の重要性も違うだろうし、その保存の難易度も違う」
言われてみれば、それは当然のことのように思われた。そもそも文化自体が違うのだ。
「けどそれを考慮したとしても聖剣の《真名》くらいは伝えて欲しかったがのう───というかのう、ムコ殿、《真名》を知らぬと実力を100%発揮出来ぬ装備というものがある」
「まさか───」
「そのまさかよ。聖剣は《真名》たる《護剣リファイア》の名を知らぬと、その能力を十全に発揮せん」
《真名》を知らなかったからこそ聖剣は単なる鈍器だったという可能性が微レ存……まじかー。
「で、その能力は───」とセンセイが解説を続けようとしたとき、先行した三人の動きに変化があった。
「オーミさん、ロウくん」
アシュが俺達へと顔を向けた。
「この感じ、俺にはわかる」
嫌というほど経験した、この感じ。
「まだ、二階層だってのに───ボス部屋のお出ましだ」
部屋の前で準備をしているのか、何らかの確認をしていたのかはわからないが、しばし留まっていた彼女達───が今この瞬間、ボス部屋へと足を踏み入れたのを感じた。
「我らも行こうか」
さっきの話はまたあとでの、とセンセイが宣った。
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彼女達から遅れることしばし、部屋へと突入した俺達。すぐさま三人を見つけることが出来た。
前で剣を振るうのは、剣聖エリス。
彼女は、仲間の二人を護るため、そして、可能であれば相手をその手で葬り去るために奮戦していた。
その少し離れた所にいるのは、ボスを倒さんと詠唱中である魔法使いアンジェリカだった。
そして彼女の横にいるのは、遠目にもわかるほどに青い顔で、震えるほどに憔悴しているミカ───であった。
それに何より……何よりだ───三人が相手どっているのは、俺にとっては悪夢の再現であり、出来れば二度と相手にしたくないモンスターであった。
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それに関して、割烹で説明しておりますので、お手隙の際は一読お願いします。
最後に登場したボスモンスターは、散々フラグ立ててたのでバレバレだと思いますが……