第29話 聖騎士①
スリップストリームもしくはドラフティングみたいな
○○○
俺の前には意識のない三人が倒れ伏していた。
死ーん…………。
って、いや、死んでねぇから!!
「ロウくん、どうしよう?」
アシュの問いかけは実に厄介な問題であった。
彼女達をそのまま放置するわけにもいかないし、彼女達と共同パーティを組めるわけもない。
「俺に考えがある。任せてくれるか?」
実質選択肢は一つしかないようなものであるが、その選択肢は中々に悪くないもののように思われた。
「もちろんだよ」
アシュの了承をもらった、ちょうどそのとき、アンジェリカが目を覚ました。
「んん……ここは……何……?」
打ち返された《巨大火炎球》が爆発した衝撃で気を失った彼女。意識を取り戻したばかりで一瞬、記憶が曖昧になっているようだが、やがて俺達に気づくと、
「あ、アンタたちっ」と声を上げた。
そこですかさず彼女が周囲を見回した。
これは、あれですね、セナがいないかどうか確認してますね。ボッコボコにされたんだからそれも仕方のないことだった。
セナの不在にホッとしたのか、彼女はすぐさま仲間の二人を揺さぶり、目を覚ますように声を掛けた。
そうこうして、ようやく目を覚ました三人に向けて、俺は尋ねることにした。
「俺達はこれから先に進むつもりだ。だから三人に選んでもらう。選択肢は三つ。共闘するか』、『俺達が先行するか』、『お前達三人が先行するか』だ。どれでも構わない。好きなものを選べ」
○○○
「ロウくん……、」
アシュの言わんとすることはよくわかった。
俺の突きつけた選択肢から、彼女達三人は迷うことなく、自らが先行することを選んだ。
『私達は勇者様より遣わされてこの地へとやってまいりました。彼よりいただいた《封印迷宮》を踏破するという使命は私達が果たします。ですので、貴方達はゆっくりと後からやってきてください』
『そうそう。そういうわけなんで、アンタ達は別に帰っても構わないわ』
そう言い残して、彼女達は俺達を尻目に先行したのだった。
「まあ、わかってたんだよ。こうなるだろうなって」
「えっ?」
「じゃからのアシュよ、一見、ムコ殿は三つの選択肢を与えたようでいて、その実、三つ目の選択肢を選ぶとわかっておった。つまりムコ殿は端から彼奴ら三人が己の力だけで踏破しようと、我らに先んじて進もうとすることを理解してたのよ」
「帰るなんてのは色々な意味でもってのほか。じゃあ共闘するか? といっても信頼関係もないのに、共闘なんて出来るわけもなく───かといってあいつらが素直に後方に回るわけない。結局あいつらは『自分達が先行する』という選択肢を選ぶしかなかったんだよ」
彼女達を利用する様で、俺自身が嫌になる。
「とはいえ、俺もあいつらに背中を預けるだなんてのは、考えられなかった。下手すりゃ、敵とアイツらで挟み撃ちなんて可能性だってあるしな……」
「そっか……」
俺とセンセイの質問に、アシュがどこか気落ちしたように呟いた。
「これはドラフティングみたいなもんだ」
耳慣れない単語にアシュが首を傾げた。
ドラフティングというのは、ロードバイクなどのハイスピード競技で用いられるテクニックの一つだ。
大まかに説明すると、先行する選手のうしろにピッタリと張り付くことで、風などの進行を妨げる要因から免れる技術と言えるか。
「あいつら、あんなだけど、実力だけは超一流だからな。それにここまでに靄なんかが一体もいなかったのは、あいつらが討伐したからだろうしな」
「彼女達の実力は身をもって知ってるよ」
アシュのセリフには悔しさの色が滲んでいた。
「だからさ、彼女達を先に行かせることで、これから先に存在するはずの無数の雑魚敵は全て彼女達が処理してくれるはずだ」
「なるほど。ロウくんの考えは理解したよ───」
俺だって、本当はこんなこと口にしたくないのだ。けど仕方なかった。彼女達は取り付く島もない。
この世の中どうしようもないことというのは悲しいかな存在する。
「君が本当はそういったことは嫌だと思ってるってこともね」
○○○
センセイの適切な指示どおり、先行する勇者パーティから、気付かれない一定の距離を保ちつつ、俺達は探索を再開した。
行く先にはモンスターが一匹もいない。まさに俺の目論見通りであった。
アシュに伝えなくてはならないことがあった。そうした思いが、ずしりとした重りのように、俺の心の中にのしかかっている。
「あのよ、アシュ───」
意を決して、声を発した俺。
「ロウくん、焦らなくていい」
しかしアシュは首を振り、応えた。
「私は、あの日以来、何度も裏切られてきた。けどね、私は、人を信じることを諦めるつもりはないんだ」
アシュはヘルムをいったん外し、そのストロベリーブロンドを靡かせた。
「彼女達とロウくんなら、どちらを信じるかは言うまでもないだろう」
ヘルムを外し、完全に表情が露わになった彼女は俺に、力強くそれでいて彼女本来のたおやかな笑顔を向けた。
「こんな場所でなくて、いつか、全てが終わって、今回の《封印迷宮》の件ですら笑顔で話せるときがきたら、そのときにはお茶でもしながら、君のことをゆっくり聞かせてくれ」
アシュの心遣いが心にしみた。
「それからね、これから先、そのときが来たら、私の話もたくさん聞いて欲しい」
俺達は絶対に、誰も失うことなく《封印迷宮》を踏破しなければならない。
その横で、センセイは何度も「うんうん」「絆じゃなぁ」と頷きながら、どこからか取り出したハンカチで目元を拭っていた。ただ、本当に彼女が涙していたのかは謎であった。
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