第21話 あいにくの雨で
○○○
翌朝、センセイに昨日のプルミーさんとのやりとりと、三度みるはめになった夢の話をした。
そこで彼女とちょっとした諍いがあったが、これに関しては完全に俺の責であり、彼女には微塵も非がなかった。
にも関わらずセンセイは、
「何かが起こったときは一緒に責任を負うてやる」と最終的には俺の背中を押してくれたのだった。
俺は再び始まる靄退治の前に、来たるそのときに備え、すぐさま行動を起こしたのだった。
○○○
「ここ数日、具現化した靄が多くなりましたね」
これはディーテの台詞だ。
それについては俺も同感であった。
「確かに。遭遇する数も多くなってきたしな」
最初は一日に一度遭遇するかどうかだった靄は、今では一日に何度も見かけるようになった。
倒してから間もないのに現れ「またかよ!」と思わされることも少なくはない。
それに霧状のモンスターのみならず、具現化した骨戦士と屍人が同時に現れることもデフォになった。
センセイ曰く、前回と比べて、こうなるまでにもう少しの猶予があるはずであったが、今回の展開の速さは予想外であり、封印迷宮が現れるのもそう先のことではないだろうということだ。
などとディーテと今後について話し合っていると、
「アニキ、見てくれましたか?」
「見た見た」
ミロは器用にもびゆんびゆんと風切り音を出しながらくるくると槍を回転させた。
彼の背後には複数体の骨戦士がバラバラになって転がっていた。
大した敵ではないものの、それでも瞬殺はすごい。
「何かアドバイスをくださいっ!」
すらっとした長身細身でありながら、しなやかかつ強靭な肉体のミロ──彼は身体を用いる延長かのように槍を操る。この時点で既に文句はないのだけど、
「俺は槍は使わないんだけどよ。ただそれでも俺に言えることはある。ミロくらいのレベルになると、あとはひたすら《理》と《勘》を追求することが大事だと思うぜ」
「《理》と《勘》?」
「おう。《理》ってのは理屈の《理》だ。
どうすれば今よりも速く槍を振れるか、どうすればもっと鋭い突きを放てるか、どうすればもっと理想通りに身体を動かせるか───強くなる課題なんて考え出せばキリがない。だけどその一つ一つを常に頭の片隅に置いて、その答え───つまり《理》を探りながらやっていくことが強くなる秘訣なんだと俺は思う」
城を発ち、《鏡の迷宮》探索に励んだ当初、はっきりとした師はおらず、強くなるためには、自分で考える必要があった。
少しでも強く、少しでも先へ。
俺はそうした信念を常に忘れなかったからこそ、一段一段と着実に己を高めることが出来たのだ。
「ほおー」っとミロが声をあげた。
「《勘》に関しては、言葉にしにくいんだけど───」
何故かアニキと慕われてる俺。
たまにはカッコいいところも見せてやろう。
「実演してみせる。本番のつもりでかかっておいで」
俺はグラムを抜いて構えた。
えっ?と一瞬戸惑いの声をあげたものの、ミロもすかさず表情を引き締め槍を構えたのだった。
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ミロの表情に険しさが増した。
彼の気持ちは痛いほどわかる。
自分より格上と相対したとき、人は迂闊には飛び込めない。
どこに斬りかかってもやられてしまうというイメージが浮かび上がり、攻撃を躊躇ってしまうのだ。
その逆も然りだ。
俺には、こうすれば彼を叩き伏せることが出来るというイメージが無数に湧いてくる。
ミロには父をも超える素質があるように思われた。そして現在の彼も一般的な水準で言えば実力者と言えた。けれど彼の目指すところと比べると未だに未熟、力量で言えば王国騎士団の、団長や副団長は言うに及ばず、その精鋭に一矢報いることが出来るかどうか───というレベルであった。
「ああああァァァァァーー!!」
彼が獣じみた声を上げ地を蹴った。
彼の真骨頂であるしなやかなで軽やかで力強い動きであった。
突き、切り、払い───その全てにセンスを感じた。
俺の伝えたいことが、彼にならわかるはずだと、一合一合、剣を交わした。
しばし、そのまま続けた後に、
「参りました……」
滝のように汗を流したミロが膝を着け倒れ込んだのだった。
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「今いけばやられるという嫌な予感。
相手が何かを狙ってるんじゃないかという予感。
逆に、今飛び込めば勝てるという予感。
五感から読み取った情報に基づいて働く感覚を基礎とした、もっと漠然とした、理外の感覚のことを俺は総称して《勘》と呼んでいる」
「《勘》……」
「こいつを磨くには、訓練時から常に何らかの情報を読み取ろうとする意識が必要だ」
俺の場合はそうだった。
戦いはいつだって遥か格上が相手で、いつだって絶望的で、いつだって命掛けだった。
「本来なら格上と闘うのが良いだろう。あえて苦境に身を浸すことでしか成長出来ないこともあるからな。
お前の親父さんもそれをわかってるからこそ、いつも先陣切って戦いに赴くんだろうさ」
俺の説明に、ミロが感じ入るように頷いた。
いつも俺らが会話すると、じとーっと見つめてくるディーテもこちらを注視し、何か納得した様子であった。
このシチュエーションはもしかして───
「あれ、俺、何か言っちゃいましたか?」
わざとらしいセリフだとは思う。
照れ隠しだということでここは一つ勘弁してくれ。
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さすがに靄の討伐が鬱陶しくなるくらいには数を増やしてきた。
そこへきて、
「あ、雨」
ディーテが呟いた。
俺の額にも、雨粒が一滴、当たってつたった。
「きたな」
そう遠くない時期に降り出すと思われていた雨が今、振り始めた。
長い間に散々っぱらに水分を溜め込んだ鈍色の雨雲を見て、俺は溜め息を吐いたのだった。
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