第15話 Beyond the Last Strow
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『そもそもさ、礼儀もない思いやりもない思慮深さもない、ないない尽くしの勇者くんに、貴族の女性が寄ってくるわけないって』
どのような状況になれば彼に一度も十人を超える数の貴族女性が群がるというのか。ずっと疑問であった。
『まあ、それでもぉ、勇者という幻影に瞳が眩んで、自分から進んで彼に身を捧げたバカ野郎が、全くいなかったわけじゃないんだけどね』
「それではやっぱり……?」
シエスタはこれまでの疑問にようやく合点がいった。
『そうだよー。残念なことに君の予想通り僕達の仕込みなんだ』
良かった、目と思考がアレな女性はいなかったんだ……なんてのは少しはしたないかしら?
『僕達とヒルベルトとで共謀してね、こちらで用意した女性を勇者くんへと紹介していたんだよ』
シエスタはギルバートのさらなる説明を待った。
『どこから話そうか───うーん、まずはじゃあ、人間の美醜について話してこうか』
彼は一度、グラスを手に取り喉を潤した。
『あまりこういうのは言いたかないんだけどね。
人間の美醜ってのは本当に単純なもんでさ、目が大きくて、鼻筋が通ってて、それらの顔のパーツが適切に配置されていればある程度のレベルにはなるんだよね』
もちろんある程度のレベルではあるけどね、と付け加え、更に話を続けた。
『これから言うことは悪用されたら一大事だから口外は禁物で頼むよ。
実は、回復魔法の応用で《顔を変える魔法》なんてのがあってね───それをちょいちょいっと使えば、はい美人さん一丁上がりてなもんでね』
シエスタは開いた口が塞がらなかった。
『だからまずはヒルベルトには“かなりよろしくない娼館”へと何件も何件も足を運んでもらい、そこで働く彼女達に契約を持ち掛けてもらったんだ。
一定期間の衣食住の保証に加えて教育機会と大金を与える、その代わりに本人の元の顔を美しい別人のものへと変え、上っ面を誤魔化すために少しばかりの貴族教育を受けてもらい、教育完了後にはある程度の期間勇者くんと夜を共にしてもらう───とまあ、そんな契約さ』
言い終わると同時に、慌てたように顔の前で手を左右に振り『ちなみにこれは強制ではないから、その辺は見損なわないでくれよ』とギルバートは述べた。
現代日本であれば人非人の誹りを受けるだろう所業であった。
勇者との閨の責に就いた彼女達を思い、シエスタは胸を痛めた。
『そんな顔しないでよ……でもシエスタくんなら、まあ、そういう顔するよね……』
ギルバートの顔にほんの少し影が射したように思えた。
『ただまあ、入れ喰いだったらしいよ』
影が射したというのは間違いでした。
『そりゃそうだって!
そこでそのまま働いてたら何年掛けても稼ぐことが出来ない金額をこんなに短期間で稼ぐことが出来るんだから!
それに加えて顔も美しくなるというオプション付き! 彼女達もみんな〚もう一度人生をやり直せる!〛って大喜びだったそうだよ!
っていうか、今回のこの御役目に自分から立候補して複数回赴いた猛者もいるくらいだしね』
ギルバートが手を叩いて『いえーい!! やったぜー!!』と喝采をあげた。
聖職者にあるまじき所業であった。
『だからさ、君は胸を痛めることはないんだよ。
仕方がないけど、世界ってのはそんなもんさ』
ギルバートは頭を抱えたシエスタに告げたのだった。
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『いやー、楽しかったよ! 本当にやばかったよ! 君にもリアルタイムで味わって欲しかったよ!』
悔しそうにギルバートが言った。
『〚僕は初めての女性が好きなんだ、今回はみんな未経験の初心な娘ばっかりで最高だったよ〛』
ギルバートによる勇者のモノマネであった。
『〚やっぱり貴族の女の子はいいよ。彼女たちにこそこの僕の心を癒やすことができる〛』
ギルバートのモノマネは似ても似つかない悪意の籠もった酷い出来であった。
『そこには貴族どころか未経験な娘なんて一人もいないのにねぇ!! あー、おかし!!』
シエスタはここにきて、ギルバートがいつもの感じと少し違うように感じた。
いつもよりどこかはっちゃけてるというか───。
などとシエスタが考えている内に、話はいつの間にか、初めての証は何らかのスライムの素材で作った袋に針を指に刺して採取した血液を容れることで(以下略)といったものや、『彼の○○○も乾く暇もなかったんじゃないかな(笑)』───といったデリカシーの欠片もないものとなっていた。
山田がこの場にいたら背後に『ドン!!』といった擬音を飛ばしながら「ギルバート!! お前、もう教会降りろ!!」と宣ったはずであった。
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ギルバートのさらなるネタバレによると、もう当然のことながら、お取り寄せした食材と、宛てがわれた女性だけでなく、彼の購入した多種多様な装飾品や宝石類のおよそほとんどがフェイクであった。
さらに宝石類に至っては土魔法で土に鉱石を混ぜて固めた宝石ですらない紛い物であったのだった。
『本人が本物だと思えば、それは本物なのかもしれないねぇ』と小馬鹿にするように彼はこぼしたのだった。
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ギルバートの話はなおも続いた。
何も彼らは最初から勇者をカタに嵌めようとしていたわけではなかったそうだ。
確かに勇者には信頼もあれば、《新造最難関迷宮》を七つも攻略するという途轍もない実績もあった。
何より聖女であるミカが彼を支持していたのだ。
勇者を信じないわけがなかった。
それこそが悔やむところか───彼らは対処するにあたって初動を遅れ、各地に無駄に様々な被害が広まってしまったのだった。
ギルバートは勇者を扱き下ろしてはいたものの、全くの無能だとは思わなかった。ただ愚かだと確信してはいたが。
実際のところ《刃の迷宮》を踏破したあとの彼のプロパガンダには目を瞠るものがあった。
国から大々的に、勇者リューグーインの存在とその功績を発表させ、市井に広めるためにわざわざ一流の劇団を用いた舞台までもを用意し、あまつさえ彼自身が脚本を書いたという。
そしてそれ以上に小賢しかったのは、己の身と立場を守るために、パフィ姫と聖女ミカに働きかけ、アルカナ王国と教会からという確かな二つの後ろ盾を手に入れたことであった。
勇者のこの判断がなければ、この度の目論見の盟友である彼───いや、もしくは───が怒り狂った挙げ句に勇者の命を直接奪っていた可能性もあったのだった。
以上の事の経緯をギルバートは部分部分端折りながらシエスタに簡潔に説明したのであった。
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シエスタの胸には様々な感情が渦巻いていた。
こちらの都合で少年を召喚したこと。
少年との思い出。
現在の勇者。
彼に対するギルバートの対応。
仕方のないことであった……あったのだけれど───。
『ほらまたぁ、そんな顔して』
ギルバートが溜息を少し吐いた。
『こればっかりは仕方ないんだよ』
ギルバートはこれまでと違った少し疲れた様子であった。
『人が大事にしているものを無下に扱う人間ってのはさ、一体何を考えてそんなことするんだろうね?
そんな奴はさ、どうしたって結局自分も同様の扱いを受けるんだよ。なのにどうしたら自分だけは特別扱いされて当然だなんて思えるんだろうね』
彼は諭そうとも思っていないのか、まるで独白するようにシエスタへと語った。
『向こうの言葉に“駱駝の背中を壊した最後の藁”というものがある』
シエスタは黙って耳を傾けた。
『知っての通り藁ってのは中が空洞になってて重さは殆ど無い』
ギルバートが何かを摘む仕草をしてみせ───
『その軽い藁を一本ずつ、駱駝の背中に乗せていくんだ。一本ずつ一本ずつ、何度も何度も置き続けるんだ』
摘んだそれをどこかへと置くようなジェスチャーを何度もとった。
『そうするとね、初めは頑丈な駱駝の背中でもね、千本、万本、十万本と藁を置いていくにつれ軋み出し、やがては───』
ギルバートはそこで声を止めた。
シエスタは何かが折れる音を聞いた気がした。
『つまりね、何とか抑えられていたものが溢れ出す決定打になったもののことを“最後の藁”というのだそうだ』
彼の声が一層低くなった。
『彼はね、我々の世界という駱駝の背に藁を置き続けたんだよ』
いつもとは打って変わったギルバートの態度にシエスタは背中が粟立つのを感じた。
『無駄な贅沢をしては一本。
勇者を免罪符に大きな声で威張り散らしては一本。
私達を見下しては一本。
私達の信教を、願いを、希望を、民を、そして聖女様を───彼はあらゆるものを貶めては藁を乗せ続けたんだよ』
ならギルバートにとっての“最後の藁“は何だったのか?
『レモネの街にいた彼女は、明るく朗らかで誰からも好かれる敬虔なシスターだったよ。
その彼女は“とある人物”に拐かされた結果、全てを失い、世俗を完全に断ち切るために、果てにある修道院へといとうことになった』
彼の話にシエスタには一つ思い当たることがあった。
『結局は、いくら偉そうにしたところで、僕も大した人間ではないんだよ。
僕はね、とにかく彼が気に入らないんだ。
僕の愛すべきもの全てを蔑に扱った彼を、絶対に赦すことはできない。
だから別に構わないと思ってる』
画面越しの彼から異常な冷気を感じた。
『死すら生温いよ。だから僕はね、彼を擦り潰すまで利用することに決めたのさ』
勇者の運命はもう決まったのだ。
どのような言葉を投げ掛けても、彼の意思は変えられないのだ。
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ギルバートの出番はこれにて
次からイチローです




