第14話 Stairway to ××××××
◇◇◇
『やっほー!久し振りだね、シエスタくん』
気の抜けた挨拶と全くパブリックさを感じさせない普段着に近いラフな格好に『ああ、そう言えばこういう人でしたね……』と気落ちしていたシエスタも少し肩の力が抜けた。
「ギルバート様、ご無沙汰しております」
『んー、シエスタくん───君、浮かない顔をしているねぇ』
シエスタが分かりやすいのか、それとも三十代半ばという最年少で枢機卿となった彼───ギルバート・ラフスムスの察しが良いのか。それはともかくとして、ギルバートは憂いの表情のシエスタに言葉を続けた。
『まあ、何が原因で君がそんなに気落ちしてるのか、およそのことはわかるよ。君は優しいからねぇ』
ギルバートが目尻を細めて溜め息を吐いた。
『勇者くんの振る舞いが情報通りだったんだろう?』
核心を突く質問であった。
『君は、勇者くんに肩入れしてたからねぇ』
と彼は己の髭の跡すら見えない顎を撫でたのだった。
他人にどのように思われていたのか初めて意識し、シエスタは顔を赤らめた。
『大体のことは既に想像はついてる。
けれど、僕達の信頼する君の目で見たことを、そして君がその心で感じたことを素直に話して欲しい』
◇◇◇
『あーはっはっは!!! ひーひー死ぬー!!!』
映像にギルバート枢機卿の頭頂部が映った。
シエスタの報告を聞き彼は腹を抱えて笑っていたのだった。
彼女は悲嘆に暮れたこの一週間は一体なんだったのかと心の中でさめざめと泣いた。
『いやー、シエスタくん、本当に御苦労だったね。勇者くんは酷いね! 聞きしに勝る酷さだ!』
内心では哀しみと困惑でいっぱいのシエスタは「恐れ入ります」と頭を下げた。
『それにしても勇者くんは酷いよねぇ。
自分が取り寄せた高級食材である皇帝龍の尻尾───あれってね、そんじょそこらの貴族じゃ一生口にすることも出来ないもんなんだよ───それをさ、調理してこいなんて命じてさ、口に合わないからって一口食べて床に投げ捨てる。
それでも気が収まらないからシェフを呼んで床にへばりついたそれを無理やり食べさせようとしただなんて』
その場にいたシエスタが上手い具合に勇者を持ち上げて、気を逸らさせて、苦労してやっとこさ場を収めたのだった。
「私は悲しかったです。あの食材一つにどれだけの金貨が用いられたのか、その金貨があればどれだけの人がお腹いっぱいに食べられたか……。それに勇者様のあの態度は───」
勇者には相応しいものでなかった。
シエスタにはそこまで口に出来なかった。
『いや、言っちゃいなよ。大丈夫大丈夫! ここには僕と君しかいないからね。
彼は間違いなく勇者の資質に欠けた人間だよ。
ほら、リピートアフターミー!』
一体何が始まるんです?とは聞けなかった。
ギルバート枢機卿は非常に有能ではあるが人格に多少の問題があった。ただ幸いなのは彼の根本は間違いなく善性であり、誰に対しても同様の態度を取ることであった。
結局首を振ってリピートするのを拒否し続けたシエスタであったが、
『彼はァ! 勇者のォ! 資質に欠けたァ! 人間だァ!』
「彼はァ! 勇者のォ! 資質に欠けたァ! 人間だァ!」
絶対に意見を引っ込めないギルバートに根負けしてシエスタは叫んだ。叫ばざるを得なかった。
そし彼女は再び、この一週間はなんだったのかと心の中でよよよと泣いたのだった。
◇◇◇
『さっきの話だけどね』
さっきの話? あ、皇帝龍の尻尾肉のことですねと思い返し、シエスタは「はい」とだけ相槌を打ち、ギルバートに話を促した。
『あの件に関しては、実は彼には怒る権利があったりするんだよ』
シエスタは静かに耳を傾けた。
『いや、ね。彼は購入したものをね、そりゃもう粗末に扱うんだ』
それに関してはシエスタも確認していた。
『それがね、不思議なことに時々、料理を作ったシェフを呼びだして料理を絶賛するんだってさ。チップなんかも金貨の袋ごと渡しちゃってさ。かと思えば、別の日には理由もないのに気に入らないと癇癪を起こして、高級な食材の料理を丸ごとひっくり返したって。
そういった話も数え切れないほど報告がきている』
勇者は一体何なのか。
どういう意図でそんなことをしているのか。
考えても考えてもシエスタには理解に及ばないところであった。
『それからさ、彼の部屋の隅にあった箱を見たかい? その中にガラクタのように放り投げられた宝石があったろ? それらはね、どれもこれも高い金を出して彼が購入したものだ』
料理しかり、装飾品しかり、アンティークしかり、挙げ句は人までも、彼は己を取り巻くあらゆるものを粗末に扱っていたのだった。
『こういったことから、次のようには考えられないかい?
彼はね、別に“ソレ”が欲しい訳じゃないんだ。
つまりね、彼は〚高級な物である“ソレ”を買う”〛という行為を楽しみ、〚高級な物を理解し“ソレ”を嗜んでる自分〛にね、どうしようもなく酔っているんだよ』
そう言われると腑に落ちることがあった。
聖職者であるシエスタやギルバートには理解しがたい話であったが。
『だからね、どうせ彼は味も理解出来てないだろうし別に構わないでしょってことで───彼が毎日食べてる高級食材の料理───あれ、全部偽物にしちゃった』
ギルバートはそう言って舌を出したのだった。
◇◇◇
『あれ? 聞こえなかった?』
聞こえていたが彼の言ってる意味がわからなかったのだ。
「聞こえてます。ちょっと意味が……」とシエスタは困惑し聞き返した。
『意味も何も、そのままの意味だよ。
レモネの街の全ての高級店にはとっくの昔に僕達から口添えしてある。
彼の食材は全て“言われた通りの高級食材ではなく、一般家庭でも背伸びすれば届くくらいの少しだけ良いもの”に替えろってね。
どうせ彼には価値なんてわからないんだ。
なら別に何を食べさせたって構わないだろう?』
「構わない……のですか?」と遠慮がちにシエスタは尋ねた。
『ああ、構わない。そりゃそうさ、ちょっと考えてみてくれよ。
勇者くんは自尊心を満たされて大喜び!
そして料理人は高級食材を無駄にせずに大喜び!
んで、支払われた大金は僕達や街に還元されてみんな大喜び!
なんて喜ばしい作戦なんだ。みんなみんなハッピーになったじゃないか!』
ギルバートは両手を上げて喜んだ。
『それにこれは聞いた話なんだけどさ、コカトリスの肉だっていってただの豚肉出したらさ、〚シェフ!上手いじゃないか!これからも精進したまえよ!〛だって!コカトリスの代わりに鶏肉ならまだわかるけど、豚肉食べて〚シェフ!〛って!〚最高だ!〛って!!』
ギルバートが笑い過ぎてカラスの鳴き声のような声をあげ半分過呼吸に陥った。
「えぇ……」と心の純粋なシエスタはどこか納得出来ない表情を浮かべたのだった。
それから少し時間が経ち、ギルバートが『んん』と咳払いをした。
「まあ、君は理解は出来なくて構わない。というか、シエスタくんの良い所はそういう所だからね。これからもそのままの君でいてね?」
シエスタは褒められてるのか何なのか背中にムズ痒さを感じた。
『ただね』
この話は続くのだとシエスタにはわかった。
『僕達が動いてるからにはね、食材をどうこうしてやったで終わるみたいなケチくさいことはせずに、どうせなら徹底的にやるよね』
ギルバートがにこりと笑った。
二十代前半にも見える彼の顔には老獪さが滲み出ているように感じられた。
『シエスタくんがさっき見たヒルベルトって商人いたじゃない?』と彼がシエスタに問うた。
『そのヒルベルトって商人さ、ぐずぐずに爛れるところまで爛れ切った勇者くんにさ、貴族女性を斡旋してるんだけどさ』
ヒルベルトの人懐こい顔を思い浮かべた。
『彼ね、僕達の友達なんだ』
シエスタはヒルベルトの人好きの良さそうな、けれど油断のならないその瞳の奥にある───まさか!?
『そう。その通りー! 御名答だよシエスタくん!』
ギルバート枢機卿はシエスタに賛辞の拍手を送ったのであった。
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食材だけで済むわけはないんだよなぁ。
長くなってしまって申し訳ないです!
次で終わって、そこからはずっと主人公の話になります!




