第13話 もう後戻りは出来ません(教会⑤)
本日2話目です。
◇◇◇
シエスタは少年の旅への同行を申し出たが残念な結果となった。
自分でも「ああ、これは順当な結果ですね」と思った。
教会に所属したシスターの内でも二番手を争うシエスタではあったが、桁外れの魔力量と回復速度を誇る聖女ミカと己との差は歴然であった。
ちょうど少し自信を失い、気落ちしていた───そんなときであった。
ついに騎士団長+副団長+精鋭四人の計六人を相手に立ち回ることが可能となった少年が、彼らと大立ち回りをした挙げ句に、気が付けば、ほぼ袋叩きのような状況となっており履き古した地下足袋のようになって転がっていた。
ちょうど休憩に入ったことで、回復を施すべく倒れ伏した少年に近付いたシエスタは、
「何かあったんですか?」と少年に尋ねられた。
えぇ……何かあったのは貴方の方よね? と思ったものの口にはしなかった。
「俺ね、妹がいるんでわりかしそういうの気付いちゃうんすよねぇ」と少年は語ったのだった。
えぇ……私は貴方より年上なのに妹扱い?
シエスタがどう答えればよいか逡巡していると、
「これってもしかして兄だけに使える固有結界ってヤツですかね?」などと彼は何故か胸を張り、謎の話を続けたのだった。
普段なら固く固く閉ざされた胸の内を人に語ることなんて絶対になかった。
けれど、相手がその少年だったからか、少年の人柄に引き出されたのか、そのときの少年の雰囲気が穏やかだったからか、シエスタはつい胸の内を明かしてしまっていた。
他者と己とを比べてしまい自分のあまりの不甲斐なさに失望していること。
また、比べるなどといった烏滸がましくも醜い感情を抱いてしまったこと。
そしてどうしても、自分に自信を持てないこと。
一度話してしまえば、するすると、胸の内から言葉がこぼれ落ちた。それは自分自身でも驚くほどで、己の感情を再確認することとなった。
「いやー、俺なんかほら見てくださいよ。☓☓☓ってのは確かに凄い職業なんでしょうが、俺の横にいた奴が☓☓☓なんですよ」
確かに☓☓☓の成長率は5倍で、☓☓☓の成長率は3倍であった。数字を口にするのは簡単であるが、訓練を重ねるとすぐさま決定的な違いとなって表れるだろう。
シエスタは何とか彼を慰めようとしたが、どうすれば良いのか一瞬迷った。それを感じ取ったのか、
「大丈夫ですよ。俺は」と少年が答えた。
そこに確固たる意思を感じた。
「どこにいても上にはいくらでも上がいるし、だからと言ってずっと下を向いてれば卑屈かよって話ですしね。
だから結局俺達は、手持ちのカードで勝負するしかないんですよ」
「手持ちのカード……」
シエスタが鸚鵡返しに口にすると、何かに気付いたように少年が尋ねた。
「ポーカーって知ってますか?」
シエスタはこくんと頷いた。
かつて召喚された勇者がトランプと共に幾つかのカードゲームを伝えた───その内の一つがポーカーであった。少年は「知識チートはやっぱり無理だわ」とぽつりと呟やくと、
「いつだって周りには当然のようにフラッシュやストレートを隠し持った人がいて、俺の隣にはまさにロイヤルストレートフラッシュである☓☓☓がいる。
そんなバカな話がある!? って感じなんですけど」
とそこで一度区切り、こほんと咳払いをした。
才や富や出自などといった自分ではどうしようもないことを彼はカードで表現したのだ。
「結局ブラフでも何でもあらゆる手を使って、手持ちのカードでやるしかないんですよね」
彼の例えには不謹慎さを含んだユーモアがあった。けれど不思議なことに当時のシエスタにはストンと腑に落ちたのだった。
「まあ全部じいちゃんの受け売りなんですけど」
そして彼は恥ずかしさを誤魔化すように「ガハハ!」と笑った。
シエスタはそれが何だかおかしくてころころと笑ったのだった。
「それにシエスタさんは聖女様に次ぐ力量の持ち主で、教会内では大司教様と同じ階級だって聞きましたよ。まだ俺とそれほど年も違わないのに」
普段から世辞とし言われ慣れていることであったが、彼に言われると何故か嫌ではなかった。それどころか心がじんわりとするのを感じた。少年が誠実であるからに違いなかった。
「シエスタさん、少しは良いんじゃないですか?」
何がとは聞き返さず、彼の言葉を待った。
「上を見て『頑張らなきゃ』って思うことは大事ですが、下を見て『私より下はたくさんいるのよ!!』と自分に優しくしてやることもたまには必要なんですよ」
「けどそれは───」
醜い行いではないですか? とは聞けなかった。
彼が先に立てた人差し指を数回左右へ振ったから。
「無問題(死語)の問題ナッシング(死語)ですよ。
それくらい何の問題もありません。
胸の内は誰にも見えません。ほら、思うだけならタダって言うでしょ?
上を見て、ときには下を見る───どちらかに偏りすぎてはいけないけれど、大事なのはそのバランスじゃないかと思うんですよ。
シエスタさんは頑張ると同時に『自分はスゴイんだぞ』ってもっと自分を褒めてあげてくださいよ」
少年の言葉の一つ一つが胸に染みるのを自覚した。
彼の瞳が輝いて見えた。
「あ、これはじいちゃんの受け売りじゃなくて、俺が勝手に思ったことなんで」と彼は言い「勝ったな、ガハハ」と再び笑ったのだった。
あの日以来、シエスタは彼の言葉を忘れたことはない。
◇◇◇
彼が旅立つ数日前の訓練のこと。
彼は騎士団の実力者全員を相手取り、曲芸じみた動きでその全てを捌いた。
荒々しい動きは獰猛な獣を彷彿とさせたが、それだけではなかった。獣は獣でも熟達した技術と、確かな知性と判断力とを兼ね備えたハイブリッドな獣であった。
あるときは力づくで剣を弾くどころか相手取った大男揃いの騎士の半分を一撃で薙ぎ倒し、またあるときは手元にある剣の繊細な操作で一度に三人の剣を巻き取った。
自然と彼も傷つく頻度が減り、シスター達の役目はほとんどなくなりつつあった。
シエスタはそのことが少し寂しかった。
◇◇◇
彼の出立を見送りに出た日。
「☓☓☓様、余り無茶はしないでください。傷病伴えばすぐに聖女であるミカに頼ってください」
シエスタはこれが最後かもしれないと、思いの丈を伝えなければと思った。
「本来であれば私が貴方の回復を務めたかったのですが──私ではどうしても力及ばずでした。だから心だけは、私の心だけは持っていってください」
彼の無事を神に祈った。
「改めて言います、あまり無茶は──貴方は私達と何も変わらないただの少年なのに、貴方を頼ってしまって──ごめんなさい」
そして卑怯だと、単なる自己満足だと、理性の制止を振りほどいてシエスタは彼が異世界に来た当初からずっと胸の内に秘めていた罪悪感を吐露した。
「シエスタさん、いつもありがとうございました。
俺は貴方を──貴方の優しさを尊敬しています」
少年の言葉に、思いやりに、シエスタは涙を堪えきれず、袖に顔を埋うずめたのだった。
◇◇◇
だから何かの間違いだと思った。
◇◇◇
シエスタの元に少年に関する情報が次々と届けられた。
何かの間違いでありますように。
それから彼女は、毎日一心に神に祈った。
◇◇◇
再会から一週間。
彼の濁り切った瞳が悲しかった。
彼の爛れた生活がただただ物悲しかった。
シエスタは眠れぬ夜に涙を流した。
◇◇◇
バレン氏と《大者》のレオパルドの招聘はシエスタが提案したものだが勇者も了承していたのだ。
彼が何も覚えておらず二人を帰らせるように命じたのは、彼が話を真面目に聞いておらずに聞き流していたからか、アルコールで脳が麻痺していたからか。
いずれにせよ、結果は暗澹たるものとなった。
二人の招聘はシエスタにとっての最後の希望であった。
彼女がレモネに遣わされてから一度として、勇者が迷宮攻略に向けての活動しているのを見たことがなかった。
それどころか金銭を湯水の様に使い、口にすることも憚られるような快楽のみを追求した爛れた生活を飽きることなく享受していた。
伝え聞いた情報に何一つ間違いはなかった。
けれど、けれど、彼の心の内に一片でも、あのときシエスタが感じた、鈍くとも、されど確かに力強く輝く、心の結晶が残っているのなら……。
そして、彼女が枢機卿との連絡を控えた、その直前の、本当に直前にでも、心を入れ替えて、いや、あの頃の彼に戻って、招聘された彼らと共に、一刻、いや半刻でもその片鱗を見せてくれたのなら……。
◇◇◇
しかし彼女の願いはいともたやすく砕け散った。
◇◇◇
枢機卿からの連絡まであと数分。
かつての彼との思い出が、走馬灯の様に駆け巡った。
時間が迫った。
現在の勇者の汚水のようにドロリと濁った瞳と、他者を顧みない傍若無人な振る舞いが、彼女を苛んだ。
枯れるほど涙し、これ以上流すことはないと思った涙が、再び零れ落ちた。
そして、彼女は涙を拭い───。
『やっほー!久し振りだね、シエスタくん』
眼の前の魔導機に音声が、そして少し遅れて映像が映し出された。
シエスタをレモネへと遣わせた枢機卿であった。
そして彼女は、覚悟を決めたのだった。
竜宮院の話は中々にパワーがいるのでいつも集中してがーっと書いたりしてます……疲れました
次で教会の話は終わりです。
ヒルベルトの正体とか何か他にも色々と明かされます。
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これからもよろしくお願いします。