第8話 ラストスマイル
○○○
「何ならムコ殿も参加するか?」
センセイからのお誘いであった。
けれど俺は───
「いえ、今回は遠慮しときますよ。センセイにも積もる話があるでしょうし」
俺の返答にセンセイは顎に手を当て「んー」と唸った。
「その反応。なんですか」
いつものおフザケの延長でジト目を向けた俺を見て、センセイはどこか寂し気に溜息を吐いた。
「ムコ殿とは色々と話さなければならんのぅ。近い内にでもまた」
そう告げてセンセイは部屋を出たのだった。
アンジェの保護者たるプルミーさんに会えば必ずあのときの話になってしまう。
それはもはや耐え難い苦行だ。
俺がセンセイの誘いを断ったのはアンジェの件だけではない。
勇者パーティを除いて、この世界に召喚されたほぼ当初から俺の存在を知っている人物はそれほど多くない。プルミーさんはその数少ない内の一人でもあった。
だからこそ俺は、彼女に会いたくなかった。
やっぱりこの世界は俺にとって厳しい。
だからこそ俺は、どうしても穿ってしまう。
色々と親身になってくれた彼女までもが俺という存在を否定するのではないか。
それが現実となれば俺は再び苦しい思いをすることになるのだ。
○○○
アノン達との話し合いと昼食を終えた俺達は、早速霧討伐のための準備を開始した。というかアノン達はとっくに動いていた。
既に凄腕気配察知スキル持ちを加えたパーティのいくつかを、靄の探索と掃討に充てている。
それに、これから二桁単位で建てられる予定の簡易的な小屋の手配も、それをどこに建てるのかという問題も、おおよその目星が付けられており、後はセンセイの確認待ちであった。
結局俺に求められるのは戦闘力のみなのだ。
頭いい人っていつもそうですね……!
私たちのことなんだと思ってるんですか!?
などと脳内で不平を漏らしつつも、脳筋気味である自覚があった俺は靄を討伐する際のパーティ決めにもほとんど口出しをすることはなかった。
とは言え今回のパーティ決めの基本は非常に単純である。パーティは最低四人で必ず一人は靄の気配を探ることが可能である気配察知スキル持ちを加えるというものだった。
そうこうした面倒の全ては彼らに放り投げ、俺は一人無心で、「動物はいいなぁ」「よーしよしよしよし」などと独りごちながら、これまでに何度もお世話になった翼速竜(毎回同じ竜だった)と戯れていたのであった。
それからしばらく、竜の厩舎でブルボン(俺命名)にマジックバッグから取り出した魔物の肉(安全確認済み)を与え、お手やお代わりなどの芸を仕込んでいると、その現場をアノンに発見されたのだった。
彼からは「キミは一体何をしてるんだい」と苦笑しながらも、「これから、《封印迷宮》が姿を表すまでの期間ではあるが、他のみんなと同じ様に靄を退治して欲しい」と頼まれたのだった。
そしてアノンやサガ達のさらなる話し合いの結果、俺のパーティが決まった。
メンバーは俺と、先日何故か俺に懐いた《益荒男傭兵団》団長サガの息子であるミロ・アサルトボディと、これまた《益荒男傭兵団》所属の魔法使いの少女ディーテの三人であった。
初対面の少女ディーテ───《益荒男傭兵団》は稀に見る脳筋集団であるので魔法使いは珍しいそうなのだが、彼女はサガやカミュが太鼓判を押すほどに優秀なのだそうだ。
なるほど確かに、ディーテという少女は小柄でみつあみにメガネといったいかにも委員長チックな出で立ちであった。これで優秀じゃないなら何かの間違いだった。
ちなみにこのパーティにおいて気配察知スキル持ちはミロである。こちらもなるほど納得。ミロは野生の獣っぽいもんな。
それからどうして最低四人一組と説明した直後に三人パーティになっちゃうの? と、疑問に思った人がいるかもしれない。ちなみに俺は思った。
「お前なら大丈夫だろう」と言われた。
まあそういうことらしい。
気を取り直して、早速靄の探索と討伐に繰り出した俺達三人。親睦も兼ねた三人での共同作業であった。
驚いたことに靄は発見された。
今回エンカウントしたのはたったの一度であり、数も三体とそこまで多くはなかった。けれどもしかすると肩透かしで終わるかもしれないと楽観視していたので、その存在を改めて再確認することとなった。
ただ俺が戦闘に加わらずとも、ミロとディーテの二人でも余裕で対処出来たことが幸いか……あれ? じゃあ俺は何もしてねぇじゃん!
「アニキ、アニキ、オレやりましたよ!」と俺に手柄を誇るミロと、その様子を更に後方から何故か「じとー」と見つめるディーテの二人を労いながらも探索を再開し、ある程度の時間を費やしたが、今回の討伐では一度しか出会わなかった。
アシュの館に戻ると俺達は解散し、それぞれの部屋へと戻った。
その頃になると、元々暗かった空は太陽が完全に沈み、夜の帳が下りようとしていた。
○○○
その夜のことだ。
俺は夢を見た。
ただ、夢というにはあまりにも鮮明であり、鮮明というにはあまりにも断片的であり、断片的というにはあまりにも強烈であり、強烈というにはやけに霞がかっていた。
美しい女性───エルフ───プルミーさんが叫んだ。
「一度後退し、戦線を整えろ!」
彼女に従い、恐慌に陥った多くの騎士や魔法使いが前線から下がった。
プルミーさんは怒涛のように迫る×××を前に戦況の立て直しを図るための時間を稼ぐべく一人飛び出した。
短縮詠唱で両の腕に蒼の焔が灯った。
全てを飲み込まんとする×××を彼女が蒼い手刀───蒼手で真っ二つに斬り裂いた。切り口が蒼い炎で包まれた。それでも勢いの衰えない×××にプルミーさんが両手の蒼炎をレーザーの様に射出し、彼女を掴もうと迫った×××を蒼炎の灯った脚───蒼脚で蹴り上げ、少し下がった。
未だにパニック状態から脱せない兵士を背に───彼らを護る形で、プルミーさんは○○○と対峙した。
彼女が「二人が来てくれるまで何とか耐えてみせる! 彼らなら必ずこの状況を打破してくれる!」と檄を飛ばした。
まさに獅子奮迅の働きであった。
放つ蒼炎。切り裂く蒼手。
崩れそうな防衛ラインを侵犯せしめんとする×××を一際強い蒼焔で一瞬で灰に帰した。
彼女の奮闘は続いた。戦線を維持し続けた。
そしてようやく、立て直した魔法使い部隊から上級魔法が雨霰の様に降り注いだ。
オネストをはじめとする一流の魔術師団、多くのクラン、アルカナ王国騎士団は脇目も振らず×××を滅ぼさんと死力を尽くした。
その中心人物たるプルミーさんも、体術に、魔法に、戦闘技術に、戦略に、そのすべてが人類のトップレベルであった。
けれどそれでも───
視界が変わる。
片腕を失ったプルミーさん。
彼女はこひゅーこひゅーと肩で息をしている。
戦線はとうに崩れ。
そこには逃げ遅れた少年探索者。
プルミーさんは彼を突き飛ばし。
彼が逃げる時間を稼ぐべく○○○に必死に抗い。
見届けると彼女は笑顔を浮かべ。
「アンジェ───」
それが最後の一言。
彼女は×××に飲み込まれた。
それでも、最後に、その命の全てを振り絞り、眩いばかりの蒼い光と共に、全てを巻き込み凄絶に散った。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
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それから今回は御見舞の感想もありがとうございました!
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