第7話 BLOWIN’
ヤマダから見たプルミーさん評は何気に初かもしれません
プルミーさんのフラグはまだまだ積まれていきます
○○○
プルミー・エン・ダイナスト。
俺が《鏡の迷宮》を踏破せんと一番最初に拠点としたグリンアイズでギルドマスターを務めていたエルフの女性だ。
知らないわけがなかった。
「今宵はあやつと話をするからの」とセンセイが宣った。
その表情はどこか懐かしげであり、久方振り(正確にはどれくらいだろう?)の友人とのお喋りに胸を踊らせているに違いなかった。
その一方で俺は、彼女の名前がセンセイの口から出たことにビクリとしてしまった。
それは何も俺が彼女を恐れているからとか嫌悪しているからという理由からではない。
むしろ、その逆であった。
俺は彼女の気高い人間性と、その内側に隠れがちな彼女の本質たる優しさを尊敬し彼女という人間を信頼していたのだ。
だってそうだろう?
俺に剣を叩き込んだのが騎士団長であり、共同開発であったとはいえここまでの魔法を授けてくれたのはアンジェであった。そして、探索者の経験がゼロの俺に迷宮を探索するためのいろはを伝授すべく奔走してくれたのは彼女───プルミーさんに他ならなかった。
俺は彼女との思い出を振り返る。
まずもって、彼女は俺が元いた世界ではついぞお目にかかることのないほどの超絶美形の女性であった。
当時の俺は知る由もないが、そもそも美形しか存在しないとされるエルフの中でも彼女は特に容姿端麗なのだそうだ。
グリンアイズに到着した当初なぞは、特に女性に対する免疫がなかった俺は、彼女を前にすると何となく照れてしまい、目を合わせることすら困難であった。
今考えると、精神的にも俺より遥かに大人である彼女は、そんな俺の様子を察してくれていたのだろう。
だから彼女はそれとなく距離を詰めてくれたのだった。
例えば通常では考えられないそうであるが、俺が彼女から教えを請う際は、大体が彼女の執務部屋───つまりギルマスに与えられた部屋であった。
そしてその日は探索者に必要な道具に関する彼女のレクチャーの日であった。
執務部屋に着くや彼女からぽんと資料を手渡された。
「それに目を通しながらでいい。項目ごとに一つずつ説明するから。ちゃんと覚えておけよ」
どこか蓮っ葉でクールな物言いであった。
彼女を知らないそれを人が見れば、その美貌も相まって触れることすらも許されない美の化身のような存在だと思ったことだろう。
召喚された際に獲得した《異世界翻訳能力》で会話だけでなく文字すらも理解が出来た。渡された資料をパラパラとめくると几帳面な、それでいて丸みを帯びた文字が見えた。それはそれは手書きの可愛らしい文字であった。しかもこれまた手描きのイラスト付きである。
内容にしても、初心者に分かりやすいように簡潔に、なおかつ全部覚えたら素人を卒業出来るレベルの資料であった。
そこに途方も無い労力を感じた。
隣のミカと「このイラスト見てください」「へー、めっちゃ上手!」「はい、特にこのスライムなど」などと語らっていると、プルミーさんの耳が赤いことに気付いた。
確かに可愛らしいイラストであった。
資料にはフラスコや薬草などの道具などだけでなく、可愛らしくデフォルメしてあるが特徴をしっかり捉えているモンスターのイラストなど数多くが納められていた。
ミカなどは琴線に触れたのか「いいですね、これいいですね」と頻りに称賛していた。
まさかプルミーさん自身の手作りとは夢にも思わなかった。
クールな彼女がこんなにも可愛らしいイラストを自らの手で描くだなんて普通なら思い至らないだろう。
謎のテン上げで称賛コメを続けるミカ。
相槌を打つ俺。
それに比例して顔を赤くするプルミーさん。
「褒めるのはいいがそれくらいにしておけ。ページを最初に戻せ。そろそろレクチャーに入る」
彼女の赤面した表情に気付いた俺はそこでようやく資料は彼女が手づから拵えた物なのだと知ったのだった。
ただでさえギルマスの仕事に忙殺されているというのに、通常の業務に加えて俺達の資料作りまで自分でするだなんて夢にも思わなかった。俺達のことは部下に任せるなり外部に委託するなりすれば良かったのだ。手を抜こうと思えば幾らでも抜けたろうに。
プルミーさんは万事に渡ってこの調子であった。
クールで遠慮の無い物言いの裏でいつだって彼女は誠実であった。俺の教育という面倒ごとにも手を抜かずなるべく彼女自身が携わってくれた。
そうだ。
一年に満たない期間ではあったが、俺は彼女には非常にお世話になったのだ。
恩を感じていないわけがなかった。
じゃあどうしてプルミーさんの名前を聞いたとき俺があまり良い表情をしなかったのか───。
それはやはり、プルミーさんは俺にとって頼り甲斐のある女性であると同時に、今では賢者と称されている魔法使い───アンジェの保護者であったからだ。
○○○
記憶は《光の迷宮》でボスモンスターである《天使》との壮絶な死闘を乗り切ったあの後へと跳ぶ。
その頃の俺は拭いがたい虚脱感に支配されていた。
薄氷を踏むかのような生死をかけた闘いを終え、ようやく街に帰ることが出来たと気を抜いた直後に、好き合っていると思っていたパートナーが目の前で別の男性の胸へと飛び込んだのだ。その衝撃は計り知れないものであった。
元々プルミーさんが初めてアンジェを俺の所に連れてきたときミカが俺から離れた直後であり、俺はひきこもりも同然であった。
前回同様パートナーがいなくなった俺は、茫然自失として、再びひきこもりになるという選択肢を採ろうとして───いや、それすらも無理だったのだ。
どちらの街も彼女達との思い出が多過ぎた。
感情を圧し殺そうにも、街中のそこらかしこに彼女達との思い出があり、否が応でも楽しかった頃の記憶が呼び覚まされた。それは耐え難い苦痛であった。自然と己の孤独を自覚させられた。
そう思うと居ても立っても居られなくなった。
もはやそこにはいられなかった。
その感情は虚脱感すら凌駕した。
すぐさまギルマスに次の迷宮と街についての相談を持ち掛けた。
それから三日後に、俺は転がるように街を発った。
『おもしろい!』と思った方は、よろしければブックマークや『☆☆☆☆☆』から評価で応援していただけましたら嬉しいです。
みなさまの応援があればこそ続けることができております。
誤字報告毎回本当にありがとうございます!
健康第一でみなさんもお気をつけください。




