第5話 ダウンアペンダウン
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翌日になっても心が晴れることはなかった。けれど俺の心情に関わらず時は流れ事態は進行する。
予定より早く起きた俺は、言い聞かせ部屋を出た。気分転換に、庭に散歩でもと思い立ったからだ。しかし、部屋を出てすぐにセンセイに鉢合わせた。
「おお、いいタイミングじゃな。ちょうど呼びにいこうと思っとった……ってその顔、ムコ殿……大丈夫か?」
指摘されてドキッとした。
「何を言ってんですか。俺は何も問題ありませんよ」
そうだ、俺はもう大丈夫だから。
それなのにセンセイは俺の答えに顔を曇らせた。そして数瞬、言うか言わまいかを迷った様に思えた───
「主と我とはもう家族じゃ。辛いときはいつでも言ってくれ」
そう言ったセンセイの顔がどこか悲痛に見えた。違うんだ。俺は彼女のそんか顔が見たいわけじゃない……だから俺は、気持ちに何とか蓋をした。
「それよりも……どうして俺を呼びに来たんですか?」
「ああ、そのことじゃが……」
彼女は一瞬躊躇った、がしかし振り払うように首をニ、三度振ると、
「みんな待っておるから我についてこい」
先導するように俺の前を歩いた。
俺はセンセイの、前にぐいぐいと引っ張ってくれるところが好きだった。
彼女の「こっちじゃ」という声についていくとそこは大広間であった。
「全員揃うておる」とセンセイが告げた。
そこには彼女の言葉通り、アシュリーとアノンとサガに加えて、映像の魔導機に投写されたクロエが何やら話し込んでいるようだった。
そこで繰り広げられていたのは今後激しくなっていく戦いについての議論であった。
それもそのはずだ。彼らの双肩には自分の命のみならず部下やひいては住民の命すらかかっているのだ。
俺に気付いたサガが「よお」と手を挙げ、隣へ座るように勧めてきた。
ぺこりと頭を下げて俺はその席へとお邪魔したのだった。
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すぐにその判断を後悔することになった。
なぜか度々「だろぉ」とサガに同意を求められたり、「なぁ」と親しげに肩を組まれたりもしたからだ。
俺は内心で『何だかやけにボディタッチが激しいじゃないか』『こいつ、もしかして俺のことを狙ってるのか?』などと警戒しつつも、議論にはあまり積極的に口を出すことなく最低限話を求められたときに、意見を出すに留めて、場を注視することに努めた。
今回のこの議論の目的は、前日に行なわれたバーチャス陣営やアロガンス陣営との会議で共有された情報や、それによって立てられた戦略などを、もう一度こちらでブラッシュアップさせて各々の役割を決めようというものだった。
そもそもバーチャスやアロガンスといった別の聖騎士の名前ですら『はえー、そんな名前の聖騎士がいるんだなぁ』程度の知識であった俺からすれば、聞いたことのない名前のオンパレードであった。
アシュ、バーチャス、アロガンスといった三人の聖騎士。彼らの護るものは封印とそれを司る《神話級武具》であった。
アシュがこれまで護ってきた《是々の剣》が奪われたことで封印は破られたが、不幸中の幸いか、完全に破壊されたというわけではなかった。
封印が消滅することは免れないが、それでも、その間に対策を立てる時間は十分に残されていた。
今の所はアシュが護りし封印の地域に靄が数体ずつ現れる程度ではあるが、遠くない内にバーチャスやアロガンスの地域にも靄が発生し出す。その際にこれを速やかに排除しなければ、爆発的に増殖してしまう。それだけは避けなければならなかった。
要するにこれから各チームで行わなければならないことは徹底した索敵排除を中心とした防衛戦である。
そしてここからが俺の役割を含めた話になる。
残念ながら靄を除去しているだけでは事態は解決しない。
現状維持だけでは、結局靄は目印や発生装置へと進化してしまう。その姿は霧状のもやもやではなく骨人や屍人といった形を取り、これまで以上に積極的に人を襲うようになってしまうのだ。
結局のところ、これらの問題を解決する方法は、この呪われた領域の大本を完全に破壊するか、再び封印するしかないのだ。
実際に、言い伝えやセンセイの予測によると、アシュが守護していた祠を中心にしたいずれかの場所に、《封印領域》の本丸たる《封印迷宮》が現出するのだそうだ。
そしてこいつを破壊すれば《封印領域》の問題に関するあれやそれやの全ては終結するのだという。
つまり各地の戦力が靄やあるいは何らかの姿を取った化け物を押し留めている間に精鋭戦力で、《封印迷宮》が姿を現した瞬間から可能な限り迅速に攻略する、というのが昨日の話し合いにより共有されたこれからの最重要方針であった。
そして何より、今回の話し合いで決まったこと、それは───俺が《封印迷宮》の内部に足を踏み入れ完全攻略する、ということだった。
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こちらの地方にはセンセイだっているし、サガ傭兵団やテゾーロのクランだっている。だから靄の掃討に関してはそれほど心配していない。
心配だったのは他の地域のことである。けれどそれも、話を聞いていく内に杞憂であるとわかった。
アロガンスのいる地域には《七番目の青》という最大手のクランを中心に、多数の探索者チームが事に当たることとなった。
そして最も王都に近いバーチャスのいる地域には、王国騎士団や教会、そしてオネストなどの魔術師団が参戦し、グリンアイズ所属のあのエルフのギルマス───プルミー・エン・ダイナストが赴くという。
そして、これら全ての采配はあの宰相のじいさんによるものだという。
特に王都付近は、騎士団長やシエスタさんがいるから安心だ。
エリスと互角の戦力である彼や、最後まで俺を労い回復を施してくれた彼女がいるから千人力だ。
それにしても宰相はフットワークが軽い。
当時から俺の訓練に顔を出すだけでなく、問題が起これば自らが色々な地域に率先して足を運んでいたと聞いた。彼には執務室での仕事よりもその方がよく似合っていた。
今回、《是々の剣》の奪取から今にかけてそれほどの時間は経っていない。にも関わらず、これほどの戦力を用意するとは……。
───わしらもわしらにしか出来ないことをする
別れの時の彼の台詞だ。
貴方には貴方にしか出来ない方法でみんなを守ってるんですね、やっぱりさすがですよ。
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次は全体的な話ではなく、実地的な話だ。
俺達は各々の地域で、いくつも小屋を偏りなく建ててそれらを拠点としつつ、ローテーションを組んで、靄の退治をする。
それぞれのパーティには気配察知能力が高い人材を必ず一人は組み込む。
これらが基本的な作戦として決定された。
さらにそこから、議論はダレることなく進み、それなりに喧喧囂囂としたものとなった。場にいるのは皆が皆、百戦錬磨の猛者達である。当たり前と言えば当たり前か、お互いに遠慮なく踏み込んだ議論を展開し、パーティの編成まで何とか決められたのだった。
一段落ついて、俺は一息吐いた。
思い返せば色々なことがあった。
アノンが「そうだろロウ? キミもそう思うだろ?」などと何度となく俺に話を振ってきたり、アシュが「私も《封印迷宮》の踏破に向かおう。ロウくんは私が護る」などとやけにキリッとした顔を俺に向け、目が合うと熱でもあるのか顔を赤くしてバッと目を反らしたり、ことあるごとにサガが「これだから女はヨォ、なぁ?」「女には男の美学が理解出来ねェ。そうだろォ? ロウよ」などといった、女性を前にして頷きたくない数多くの項目に同意を求めてきたり、反応に困ることが多かった。
そうした中、彼らに話し合いを任せ、ふと俺の隣(サガの逆隣)に座るセンセイに目を向けた。すると彼女と目があった。彼女の口が『ω』になっていた。これはすこぶる機嫌が良いときのセンセイであった。
俺が「センセイ、上機嫌じゃないですか。どうしたんですか?」と尋ねると、
センセイは「我は、騒がしいのが好きじゃからな」と答えくふふと妖しく笑みを浮かべた。
「とまあ、ムコ殿よ。あやつらの空気に当てられたのか、少しマシな顔つきに戻ったの」
「そんな酷い顔をしてましたか?」
「浮かない顔をしとったよ。話し合いを進めてく内にマシになったけどのう」
センセイにはいらぬ心配を掛けてしまったようだ。
今度何か労ってあげよう(食事)
そうこうしている内に会議は宴もたけなわとなり終わりを迎えようとしていた。
そのときふと、アノンが俺へと顔を向けた。
「そう言えば───なんだけど」
一瞬間が空いた。
言うべきタイミングを伺っていたのか。
だからかエアポケットと言うべきか、何故か場が静まり返った。
「あんだよ?」
場の視線が俺とアノンに向けられた。
「ロウを中心としたパーティの他に、《封印迷宮》の内部を探索すると大々的に名乗ったとされるパーティがいてね」
「ほぇ?」
間の抜けた声が出た。
一瞬思考が停止したが、アノンの態度が、アノンの言葉が、頭の中で急激に意味を持ったものになっていく。
ちょっと待ってくれ。
これって───
やべーよ! やべーよ!
何か嫌な予感がするんだぜ!
えてしてこういうとき俺の勘は───
「勇者パーティだよ」
俺の勘は当たるんだよなぁ(震え声)
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誤字報告毎回本当にありがとうございます!
それから第10回ネット小説大賞コミックシナリオ賞を受賞いたしましてコミカライズ決定しました。
これも応援してくださった皆様のおかげです。
活動報告にて感謝の記事を更新しておりますので、よろしければそちらもお読みください。




