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第16話 種

◇◇◇



「どうして逃げたの?」


 子猫を持ち上げた親猫の如く、オルフェリアはミランという名の少女の首根っこを掴んだまま尋ねた。しかしミランはつーんと顔を背けた。


「言いたくないなら言わなくても構わないけど、こっちが優しくしてる内に話してしまった方がいいと思うわよ」


 そのような問答を続けながら三人は少女を馬車に乗せた。先程まで逃れようとじたばたしてたミランも、馬車の中に連れてこられてはどうしようもなく黙りこくった。しかし、隙をついて逃げ出そうとしているミランの雰囲気を、オルフェリアは感じ取っていた。


「ほらほら、オルフェちゃん、そんな言い方をしたら怖がっちゃって言いたくても言えないよ」


 馬車の席はソフィアとオルフェリアが隣り合わせで、対面にはラウラとミランとなっていた。


「オルフェさん、ラウラの言う通りよ。大事なのはお互いに腹を割って話し合うこと。私達が怪しい者でないことを分かってくださればミランさんも話してくださるでしょう」


 ね、ミランさん、とソフィアが微笑みを向けると、


「答えることなんて何もないね」


 囚われの少女は顔をぷいと(そむ)けたのだった。


「あ、あら」と予想外の反応に少し困った素振りのソフィアに対してラウラが「任せて」と胸を張った。


「あはは、ミランちゃん。私達の自己紹介がまだだったよね。遅くなってごめんね。私の名前はラウラ・ボルダフ」


 やたらと豪華な馬車。

 市井の人々とは明らかに一線を画す衣服。

 彼女達三人の持つ気品やオーラ。

 そう言えば───とミランは背筋が寒くなった。


「私はソフィア・ゴア。父はハインツ・ゴア───ゴア商会の会長よ」


 ヒエッという悲鳴を辛うじて飲み込み、ギギギという壊れたオモチャのような動きで、ミランは双剣を腰へ掛けた護衛の少女へと顔を向けた。


「わたし? わたしは別にいいじゃない。名前で脅すようなマネ、格好悪くて出来ないわ」


 この地域で最重要人物である二人───彼女達が仮に本物だったら───


「減るわけじゃないし構わないじゃない。オルフェちゃん」

「そうよ。オルフェさん」


 言ったも同然じゃない、とオルフェリアはこめかみを押さえた。


「まあ、いいわ。わたしはオルフェリア・ヴェリテ。探索者よ」


 オルフェリア・ヴェリテ。

 その名を知らないわけがなかった。

 腰に差した双剣に目をやり、視線を上げてオルフェリアの顔を凝視───これを数回繰り返したミランは、


「ロウにいちゃん、助けて……」


 ビエーーっとベソをかいて泣き出したのだった。



◇◇◇



 権力と肩書で年端もいかない少女をガチ泣きさせた不良娘三人は逆に驚き、申し訳無さでいっぱいだった。


 口にねり飴を突っ込まれたミランがグスグスと鼻を鳴らした。泣き止むまでしばらく掛かりそうだった。


「まず、勘違いしてると思うんだけど、わたし達は何も、彼を傷付けようだとか、とっ捕まえようとしてるわけではないの」


 オルフェリアが何度目になるかわからない溜息と共に頭をかいた。


「この二人がロウなる人物を探してるのはね、以前助けてもらったお礼をしたいからなのよ」


 ホントよ、オルフェリアが二人に顎で指示を出した。


「あっはー、泣かせてごめんねー。けど、オルフェちゃんが言ってることは本当なのよ」


 ねっ! とラウラはソフィアに後を頼んだ。


「ことの始まりは───」


 ソフィアは自分がロウなる人物に助けられたときのことをミランへと話し始めたのだった。



◇◇◇



「というわけで、私はあの人に助けられたの」


「はえー! やっぱりロウにいちゃんはカッケーなぁ!」


「そう、あの方はカッコよかった……そして何より素敵でした。目を閉じれば、私は今でも思い出す。あの時のあの方の瞳の奥にある眩くも切ない鈍色の光を───」


 ソフィアが何かしら語り始めた瞬間、オルフェリアとラウラは「ヤッベー!」という表情に変わった。少し前に隠れ山の麓にて張り込んでいたときに耳にタコができるくらい聞かされたエピソードであった。それを阻止すべく、ラウラが自分がロウを探してる理由を語り始めた。


「私は、助けてもらったときに気絶してたんだけどね、彼がいなければ今頃どっかの外国に奴隷として売られてたんじゃないかって話よ」


「それは、大変だったね……本当に無事で良かった」


 ミランがぐすぐすと鼻を鳴らした。

 ラウラの過去話に関して、実情を知っているオルフェリアからすれば「なんておバカでお転婆な娘なの」という感想なのだが、このミランという少女は出会った頃は猜疑心の強そうな子供だったのにどうして、根っこが純粋過ぎるのか、ラウラの自業自得の誘拐話に目尻を濡らし「良かった」「本当に良かったね」を繰り返しているではないか。


 とそこで、オルフェリアは隣り合って座るミランとラウラを一瞥し、


「ん……んん?」と目を細めて謎のうめき声を漏らしたのだった。


「どうしましたか? オルフェさん」


「あー、んーや。多分、気の所為だから気にしないで」


「なら、いいのですけれど」


「ところでミラン。あんたとロウの関係は何?」


 さすがに兄妹ではなかろう。

 年長組三人が気になっていた所をオルフェリアがずばりと尋ねた。



◇◇◇



 ミランという少女は平民にありがちな、変に擦れた礼儀のなっていない子供かと思いきや、

「逃げてごめんよ。ロウにいちゃんに迷惑が掛かったらいけないと思って……」と謝罪も出来て健気で、なおかつ思いやりのある少女であった。


 あっという間に絆されたソフィアとラウラ、あと通常営業のオルフェリアの三人はミランの話に耳を傾けた。


 彼とは街で出会った。

 彼は見返りも求めずに母を助けてくれた。

 それだけでなく彼は今でも定期的に母の状態を慮ってくれている。


 ミランは、駄々っ娘コンビに質問されるがままに全てを答えた。


「オレ、最近さ、オレに本当の兄ちゃんがいたとしたら、ロウにいちゃんのような人なんだろうなぁって、想像しちゃうんだ」


 ミランが照れたように頬を赤くしてはにかんだのだった。


 感動してハンカチで目元を拭うソフィアや、ハンカチで豪快に鼻をかんだラウラとは異なり、オルフェリアの胸中に疑問が生じた。


 彼はどうして全くの他人のためにそんなにも身体を張れるのか。


 ミラン、ラウラ、ソフィアの三人の言い分が正しくて、これが全部一人の人物の仕業なら、そいつは趣味がボランティアの底無しのバカに違いない───《七番目の青(セブンスブルー)》にて多くの悪意と対峙してきたオルフェリアには到底理解が及ばなかった。


「それでね、オレは聞いたんだ。『どうして赤の他人のオレ達家族のためにここまでしてくれるんだ』って」


 それはちょうどオルフェリアの聞きたかったところでもあった。駄々っ娘二人もこれまでに見たことのない真剣な表情で話を促した。


「そしたらね、ロウにいちゃんが言ったんだ。その分大きくなったときに困ってる人がいたら助けてやってくれって。人生はそうやって回ってくもんだって」


 ミランの言葉に、ソフィアもラウラも、何かしら感じ入るところがあったのか何やら想いを馳せているようだった。



◇◇◇



 奇縁からしばらくこの四人は幾度となく一同に会すことになる。


 この日はその始まりの一日であった。

 単騎で一騎当千の戦力を持つオルフェリア。

 辺境において圧倒的な武力と権力を持つ領主の愛娘ラウラ。

 遠く離れた王都でさえ名前が響き渡るゴア商会の跡取り候補ソフィア。


 そんな彼女達三人に異世界から訪れた青年の行動原理の断片たるものを伝えたミラン。



 彼女達の邂逅により、これより(きた)る大きな災いに抗するための種が一つ蒔かれたのであった。







最後まで読んで頂きましてありがとうございます。

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みなさまの応援があればこそ続けられてます。

誤字報告、多分ここ最近で100近く頂いたと思います。本当にありがとうございます!



これにてインタールードは終わりです。

次からは山田になりますが、ちょっとだけまたお休みを頂きます。

ごゆるりとお待ちいただけますと幸いです。


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― 新着の感想 ―
ここまで読んで、この四人娘も後で頭の中改編されて勇者の毒牙にかかったら大変愉悦だなぁ(邪笑)。
[良い点] 続き待ってます!
[一言] 日頃の行いって大事だなぁ おいリューグーイン聞いてるか?
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