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第16話 プルミー・エン・ダイナスト⑧

◇◇◇



 プルミーは相変わらず、アンジェリカに会いに行くことはなかったし、もう一人の鍵となりうるリューグーインにも会いに行くことはなかった。


 この頃やけに迷宮が発見されるペースが早くなったことが、理由の一つであった。

 書類仕事のみならずギルドマスターからの直接の依頼や仲介などの仕事も格段に増え、その分上級パーティとの間には多くの交渉が必要であったのだ。

 

 けれど、それでも、いくら忙しくても、三日徹夜して、後を副ギルド長に任せれば、リューグーインに、そしてアンジェリカに会いに行く時間くらいは工面出来たはずであった。


 それをしないのはやはり、アンジェリカに直接絶縁を言い渡されることが怖かったからであった。


 この(のち)にプルミーは、己の判断の甘さを心底後悔することになる。



◇◇◇




 プルミーは子飼いの情報屋などを用いて周辺の土地から順にしらみ潰しにヤマダらしい人物を探したが、全くそれらしい情報は集まらなかった。


 割れるような頭痛に頭を抱えることも、鼻から血を流すことも、吐血して倒れることも少なからずあったが、その都度鎮痛薬を飲み、歯を食いしばって耐え忍んでいた。


 そんな折に、執務室を訪れた部下から告げられた。


 アンジェリカ達が《時の迷宮》の探索に失敗し、挽回を期して、聖騎士アシュリー・ノーブルを襲撃し、《是々の剣(アファマティブ)》を強奪したという。



◇◇◇




《連絡の宝珠》から勇者パーティに対するマディソンの怒声が響いた。

 マディソンが声を荒げて何かを喚いているようであったが、プルミーにはもう、わからなかった。


 辛うじて残った理性が、責任を取るべきはお前なのだと、お前は道を誤ったのだと主張した。

 

「私の娘が、すまない。戦力足りてないんだろう?

 アロガンスかバーチャスには私が直接(おもむ)こう」


 長年生きてきて初めてだった。

 膝に力が入らず、力を抜いてしまえば崩れ落ちて、泣き出してしまいそうだった。


 どうしてこんなバカなことを。


 聞けるものなら理由を聞きたかった。


「そして、もしこの戦で生き残ることが、できたのなら、全ての責を負い、グリンアイズのギルドマスターを辞そう」


 どれだけ考えても、わからなかった。

 娘が何を考えてこんなことをやらかしたのか。

 封印が解かれ、今回はどのように迷宮が現れるのか。

 前回は万単位の規模で命が失われたのだ。

 今回は封印を収めるまでに一体どれだけの犠牲を払えばいいのか。

 何も、わからなった。


 わかっていることは、娘のしでかした最大級の愚行は、自分が晴らさなければならないということ。

 そして恐らく、今回戦力が手薄な地域の最前線に向かう自分は、もう生きては帰れない、ということだった。



◇◇◇



 マディソンとの話し合いは終われど、プルミーは席から立つ気力がなく机に突っ伏していた。

 ふと、父と母に会いたくなった。

 思い立つと、もう手を止めることは不可能だった。

 机の引き出しから用紙を一枚取り出し、筆を執った。



◇◇◇




『お久しぶりです。元気にしてますか?

 大きな仕事が終わり次第、一度そちらへと帰ります。


 プルミー・エン・ダイナスト・フィル・アルトアルブ・イクスィスより』




◇◇◇



 プルミーは部下を呼ぶと、手紙を出してくるように頼んだ。

 けれど、手渡す直前になって、躊躇った。



 ───必ず貴女の元へと戻ります



 彼女はふと娘の手紙を思い出したから。 

 手紙を出したところで、プルミーはもう自分の生まれ故郷に帰ることは叶わない。


 帰ると約束したアンジェリカは親不孝者であった。


 私があの日(・・・)感じたのと同じ身を裂かれる様な悲しみを───親不孝を、両親に味わわせるわけにはいかない。

 だからプルミーは思い留まった。


「すまない、やっぱり手紙はやめにする」


「いいのですか?」


 プルミーは頷くと彼に背を向けて、手紙を少し掲げた。

 部下にはいつも冷静なギルドマスターが泣いているように見えた。


 その刹那、蒼い炎が手紙を包んだ。

 それは美しくも幻想的で悲しい蒼であった。


 手紙はもはや灰へと姿を変え、開いた窓から、さらさらと散り、風に任せて、宙へ消えた。








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