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第15話 プルミー・エン・ダイナスト⑦

◇◇◇



 グリンアイズのギルドマスターの部屋。

 既にマディソンは辞しており、その場には部屋の持ち主であるプルミーしかいなかった。

 彼女は何もせずに執務の机を前に、椅子の背に大きくもたれかかっていた。

 彼女の頭にあるのは先程の話し合いであった。

 

 あの時の宰相の顔を思い出し、胸の奥から苦いものが込上げてくる思いだった。


 プルミーが迷宮踏破の立役者はヤマダなのかと尋ねたときの彼の虚を突かれた表情が印象的であった。


 彼の否定の言葉に被せるように、その者の名前を尋ねたときの、マディソン宰相の表情は、まるで心の病を持つ者を(おもんぱか)るそれであった。


 結局のところ、マディソン宰相との話合いは、プルミーに多大なる徒労感を残しただけだった。

 会談が終わり、仕事をする気分でなかったプルミーは自宅へと戻った。



◇◇◇



 プルミーはもはや食事を取れる気分ではなかった。

 冷蔵箱から冷やしたミルクを取り出しテーブルに腰掛けそれを胃に流し込んだ。

 あのときマディソンは言った。


『プルミー殿、少し忙し過ぎたんだろう。

 貴女にあまりに多くのことを任せ過ぎたのかもしれん。迷宮の過剰誕生の件に関して、後日新しい役割分担を決めますので、追って報告いたしましょう』


 プルミーは全ての無駄を悟り、それ以上の追求をやめ、彼の提案に素直に従ったのだった。

 

 とそこまで考えた所で、鼻の下に生温い感触を感じ、少し遅れて、最近の彼女を(さいな)む頭痛が襲った。

 

 頭痛のトリガー───それは、プルミーが二つ(・・)の記憶に想いを馳せることであった。


 プルミー・エン・ダイナスト。

 彼女は異世界からの勇者召喚が行われたその日から今日に至るまでの、全く異なる二つの記憶(・・・・・・・・・・)を保持していた唯一の人物であった。



◇◇◇



 プルミーは全く異なる同時期の記憶を二つ有していた。


 一つは、勇者リューグーインが勇者パーティの中心となり、彼の獅子奮迅の活躍により数多の迷宮が踏破されたというものだ。

 もちろん、こちらの記憶では、アンジェリカと仲良くしていたのもリューグーインであり、共に魔法の研究をしていたのも彼だった。


 もう一つは、活躍したのはリューグーインではなく、今はもうパーティから遁走してしまい行方知れずとなった聖騎士ヤマダである、という記憶だ。


 大筋の流れは同じであるが、互いの記憶にはもちろんそれなりに差異はある。しかし、あの日───勇者パーティが《刃の迷宮》を攻略した日以来、確かにプルミーの脳には本来存在しないはずの記憶が降って湧いたのだった。


 そして、その記憶こそが彼女の精神や身体───とりわけ脳に多大なる負荷を掛けていたのだった。


 未曾有(みぞう)の異常事態で肉体と精神を摩耗してしまった彼女。

 プルミーにはもうどちらが本当に体験した記憶なのか、はっきりとした自信を持つことが出来なかった。



◇◇◇




 プルミーは布を鼻の下に当てて血を拭き取り、棚から頭痛薬を取り出し飲み下した。

 痛みが激しくしばらくはその場でしゃがみ込んでいたものの、痛みが和らぐにつれ身体の自由が利き、ようやく立ち上がり寝間着に着替え、そのままベッドへと飛び込んだ。


 落ち着いてくると、日頃の精神的肉体的な摩耗からか眠気を催してきたが、それでも考えなければならないことは多かった。


 この大きな問題の根幹は『自分自身を信じることができない』───ということだ。


 二人の少年に面識があり、なおかつ、彼らのおよそ二年の月日の出来事を最も把握している、信頼の置ける人物はマディソンを置いて他ならなかった。


 これまでにプルミーと情報を共有してきた彼こそが頼みの綱であったのだった。


 そのはずだったのだ。

 なのに───


 彼女はマディソンのあのときの表情を思い出した。

 彼の表情が雄弁に物語っていたではないか。


 何を言ってるんだ。

 聖騎士ヤマダなどという穀潰しが迷宮踏破の立役者? バカ言っちゃいけない。

 さすがのプルミー殿も仕事のし過ぎで頭がおかしくなったのではないですかな?


 言葉にはせずともマディソン宰相の気持ちはよくわかった。

 だからかプルミーの中で、急激に一つのイメージが浮かんだ。先程会ったばかりのマディソンが述べた。


 ───そうだ、間違えてるのはお前自身だ


 世界が告げた。


 ───だから大丈夫だ、受け入れてしまえ


 何よりももう一人のプルミーが彼女の肩を叩いた。


 ───そうすれば、何も問題はない。


 渦中の人物であるリューグーインや、かつて愛情を注いだアンジェリカですらも、これまでの功績は自分達の物だと誇示してるではないか。


 己を含めた全ての人間がそう言うのだ。

 世界全てが、そう言うのだ。

 ならばこそ、それが真実───





 ───そう、己に言い聞かせようとしたその瞬間、プルミーの内に潜む、根っこの部分が告げた。


 プルミーはぎゅっと目をつぶり、抗うように何度も(かぶり)を振った。



 安易な意見に耳を傾けてはいけない。

 インスタントな救済を求めるな。



 かつて不遇に扱われたアンジェリカを自らが連れて行き面倒をみたように、プルミーの人格の深くにある公明正大さを遵守し、他者に対して真摯に相対する彼女の精神性が、ギリギリの所で妥協や甘えを許さなかった。

 許してしまえば───



 ───だからって、何で俺なんですか?


 どこか弱々しい印象の純朴な少年が困ったように尋ねた。


 ───まぁなんだ、これから長い付き合いになるかもしれない。どうかよろしく頼む。俺と共に世界を救おう!


 彼はプルミーとアンジェリカの頼みを断らずに、その時点では単なる初級魔法使いでしかないアンジェリカの手を力強く握りしめた。


 もしも、聖騎士の彼に関して、この記憶が正しく、安易な方に流されてしまった場合、私は取り返しの付かないことをしてしまう。

 間違えることは、絶対に許されない。



◇◇◇



 プルミーは一度寝返りを打った。


 この事態を解明し、解き明かす鍵となるのはやはり、今は姿をくらました聖騎士ヤマダなのだろうか。


 今では本物か偽物かわからない記憶の中で───プルミーが土産を持ってアンジェとヤマダ少年の元へ顔を出したとき、彼がどこか恥ずかしげにはにかんだ。


 何故だか、彼の穏やかな表情を思い出した。

 気がつけばプルミー眠りについていた。



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誤字報告 最終行、プルミーは。 でしょうか。
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