第7話 カテナに誓って
◇◇◇
ここでは彼女のことを、彼女自身の意思に従ってオーミと称したい。
◇◇◇
イチローにクロエとクロアのテゾーロ兄弟の面倒を頼まれたオーミは、アノンと共に《旧都》に残った。
アノンは封印領域で共同戦線を張る仲間として、今後の話し合いをすべく意気込んではいたものの、当の話し合いの相手であるクランマスターであるクロエも副マスターのクロアも、医務室で寝込んだままどうにも目を覚まさなかった。
それに焦れてか、他にも仕事が山積みであったアノンはオーミに「すまないが、二人のことは任せても構わないかい?」と頼み込んだ。
それに対してオーミは嫌な顔一つせず「うむ、ここは我に任せて己が本分に取り掛かると良い」とキリリとした表情で二つ返事で頷いたのだった。しかし彼女はすぐに後悔した。
そもそも彼女は生来(?)黙っていることが苦手で、どことなく落ち着きのない性格であった。
彼女は「ふむん」と気を紛らわせるべく、ここが医務室だというのに遠慮もせず、早速ラジオ体操をしたり、かと思えばしずしずと何らかの舞踊をし、すわ終わったかというタイミングでとある邦楽ポップスを口ずさみながらすっすっとその場で窓を拭くようなジェスチャーをしたりと───第三者が見たら眉を顰めるような一人遊びに暮れていたのであった。
内心で「早く起きんかのう」などと悲哀の溜息を漏らしていると、ちょうどその時、ベッドで眠っていたクロエが起き上がる気配を感じた。オーミは頬を緩ませたのだった。
◇◇◇
「目覚めたか、クロエ」
「貴女は───」
「そのままで構わん。無理せず寝ておれ」
彼女は急いで上体を起こそうとしたクロエを気遣った。
「いや、これは必要なことなんだ。オーミさん」
クロエは身体を起こして、熱量のある表情を浮かべた。
「なんじゃ」
「まず、当初貴女達の依頼を冷たくあしらって断ってしまったことを謝罪したい」
「構わん構わん」
「それから、クロアを助けてくれてありがとう」
クロエはうなじが見えるまで深々と頭を下げたのだった。
「ほんに構わんのに……けど、主が|謝りたいと思うなら───」
オーミは、いたずら猫のような表情を浮かべ、
「ムコ殿に『ありがとう』と言ってやっておくれ」
まだ言えてなかったじゃろ? と艶やかな笑みを浮かべた。
◇◇◇
「約束しよう。彼にも必ず礼をする」
クロエの返答にオーミが満足したように頷いた。
「それにしても、彼は───ロウは一体何者なんだい?」
「『ムコ殿』は『ムコ殿』じゃ、としか答えられぬよ」
オーミはどこか楽しむように「くっふふ」と笑った。
「王族ですら持ち得ないような希少なアイテムを所持し、それを惜し気もなく他人に使ってしまう。さらに彼は報奨もいらないと言う。私は彼が望むのなら私の持てる全てを差し出しても良かったのに───」
「ムコ殿の正体が何であれ、そんな些細なことがアヤツという人間を規定することなぞありはせん。そもそもじゃ、人は誰しも、他人に言えんことの一つや二つ抱えておるだろ?」
「確かに……そう、だな」
クロエの顔に影が射した。
普段ならこれくらいでは顔に出たりしなかったろう。けれど心労が抜けきっていない状況なので、意図せずクロエは苦い表情を浮かべた。
「クロエよ、今のムコ殿に一番必要な物は、金や名誉などではないのよ。
お互いに信用出来る人間関係こそが、疲れ切った彼には一番必要なものなんじゃ」
だからの、とオーミは続けた。
「クロエはムコ殿の味方になってやっておくれ。人間性は我が保証する。アヤツは馬鹿者ではあるが愚かではない、性根の真っ直ぐな根っからのお人好しよ」
◇◇◇
クロエは部下を呼んで、執務室に起きっぱなしになっていた剣を持ってこさせた。
「この剣は魔剣カテナじゃな」
予期せぬオーミの発言にクロエは驚き息を呑んだ。
「しかもこれは《カテナ・ユニーク》か。驚いた《クラフトカテナ》は一度だけ見たことがあったが……だから《八重の呪》などといった物騒なものを───」
そこまで言ってオーミは何かの合点がいったのか「あーなるほどのう」とぽんと手を叩いた。
「何故それを───」
クロエは言いかけた言葉を途中で飲み込んだ。やがて三度ほど首を振った。
「いや、深くは聞くまい」
「クロエよ。主らはらからも、相当な苦労をしてきたんじゃな」
そこまで言ってオーミは何かを閃いた。彼女はいたずら猫のようにきゅっと唇の端を吊り上げた。
「のう、眠り姫よ」
「なっ……!!」
それを聞いてあわあわとし出したクロエは、一度息を深く吸い、何とか自分を落ち着かせることに成功した。
オーミもイタズラが成功した子供のように満面の笑みを浮かべた。
「こほん、構わない。オーミさん、なら貴女にも、この剣がどれほど大事な物なのかはわかってもらえるはずだ。この剣は私そのものなのだ」
クロエの瞳に、蒼焔が灯るのを見た。
「だから、このカテナに誓おう!
ロウがこの先、いかなる苦難に陥りようとも、私はこのカテナとこの命に懸けてでも、彼の味方となり力となろう!」
クロエは宣誓し、抜き放った剣を掲げた。
その様子を、オーミは満足そうに見届けたのだった。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
『おもしろい!』
『続きが読みたい』
『更新早く』
と思った方は、よろしければブックマークや広告下にあります『☆☆☆☆☆』から評価で応援していただけたら幸いです。
みなさまの応援があればこそ続けることができております!
最近誤字報告めちゃいっぱいあるので助かってます!
本当にありがとうございます!




