第6話 陽キャ孔明(偽)②
ほんとは陽キャじゃなくてパリピでした
◇◇◇
いつ頃からかは忘れた。
好きな生き物というテーマの話になったとき、竜宮院王子は迷うことなく蟻や蜂だと答えていた。
「どうして虫なの? 普通は犬とか猫とかじゃないの?」と聞き返されることも少なくなかった。
するとすぐに面倒臭くなり「そうだね。けどまあ、小さな虫も可愛らしいじゃないか」と軽く流すことがお決まりであった。
次第にその問答すら億劫になり、彼は適当に「犬が好きだよ」「やっぱり猫だね」などと当たり障りのない動物の名を出すことが定番となったのだった。
彼は幼い頃、テレビだったか学校だったかは定かではないが、社会性昆虫というものを知った。
蜂や蟻などのある種の昆虫の生態系は非常に独特なもので、いわゆる人間社会のカースト制度のような成り立ちとなっていた。
コロニーを形成する大多数の個体は虫社会を構成するピラミッドの下部に位置し、彼らにはワーカーやヘルパーといった役割が課された。
コロニー全ての個体は何の疑問も不満も持たずに、たった一匹の女王のため、せこせこと我が身を削って働き、その生涯を費やすのだ。
幼い竜宮院はこの話を聞いたとき感動したものだった。
竜宮院は、胸に去来する興奮と共に、一つの確信を得た。
彼らのコロニーに一匹しかいない女王の位置こそが、自分のあるべき位置なのだ、と。
その思考のプロセスは虫の生態を知ったという切っ掛けはあったが、完全に自律的なものであった。
誰がどう言ったとかではなく、彼は彼自身の内から湧き出てくる、生まれつきに肥大化した強烈な自意識や欲求や願望に従い、自分は上にいるべき存在であり、大多数の存在は死ぬまで疑問を抱くことなく自分に傅き、労や財を運ぶべき存在であるのだと思い至ったのだ。
だからこそ竜宮院にとって、気付きの切っ掛けを与えてくれた蟻や蜂は、最も好きな生き物として、今でも愛でるべき対象なのだった。
◇◇◇
慌てた竜宮院はすぐにエリスへと回復魔法を施すように指示し、すみやかに医務室へと運ぶように伝えた。
「ふむ、実際に聖剣を抜けない、なんてことがあるのか?」
エリスがその場からいなくなり、三人になったときに竜宮院はミカとアンジェリカに尋ねた。
「すみません、勇者様……聖剣に関しては未だにわからないことが多いのです」
ミカは頭を下げ、アンジェリカは首をすくめた。
「ならば、代替案を出さねばないといけないな」
「まあ! 代替案! さすがは勇者様ね!!」
「勇者様の御慧眼、感服いたしました」
当たり前のことを言っただけで称賛されし勇者様───その名も竜宮院王子であった。
自分を褒めそやすのは目の前の二人の英雄美女。
反らす胸は留まるところを知らず、彼はもはや最高に気持ち良くなっていた。
その日「あーはっはっはっはっはーー!!」というバカみたいな高笑いがレモネギルド全体に響いたという。
◇◇◇
「このアルカナ王国の至宝と言われる聖剣」
使い手たるエリスがその場からいなくなり、床に転がったままの聖剣を、竜宮院はまるで触れてはいけない危険物に対処するときのように、足のつま先でつんつんと触れた。
「ミカ、こいつと同等以上の剣に心当たりはないか?」
決して出してはならない質問だった。
悲劇の幕開けとなる質問だった。
ミカは勇者を心酔してる故か、それとも敬虔な聖職者故か、決して嘘をつかない。
「聖剣に比肩するほどの剣……となると、一つ心当たりがございます。けれど───」
「けれど何だい?」
「いえ、失礼しました」
「構わない。答えるんだ」
「その剣は、名を《是々の剣》と申します」
こうしてミカは、是々の剣という剣が存在すること、それが封印領域を治めるために用いられていること、剣は聖騎士によって守護されていること、封印を解けば悍ましい迷宮と共に大量のモンスターが解き放たれること、それら全てを竜宮院の求めるまま伝えたのだった。
◇◇◇
さすがの竜宮院でも、前回の《時の迷宮》探索が失敗に終わり、多少マズイことになったとは理解していた。
実際は普段の彼の行いそのものが、彼自身の首をギッチリギチギチと締めているのだが、愚かな彼はそのことに気付かない。
だから彼は、事態を一発で打破する起死回生の神の一手を、喉から手が出るほどに欲していた。
竜宮院の質問とミカの回答は、ちょうどそのようなタイミングで行われたものだった。
ミカから《是々の剣》と《封印領域》の話を聞いた竜宮院───顎に手を当て、何かを思案していた彼の脳裏に、一つの電球のような幻視と共に、スペシャルでスーパーでデラックスな案が浮かび上がった。
その瞬間、竜宮院のテンションは一気に有頂天となり、一気に天元突破し、彼は圧倒的な万能感に包まれたのだった。
天才! 天才! 天才!
まさに天才という言葉こそが己を表すのに真に相応しい単語であった。
一石三鳥!! まさに一石三鳥の策を思いついた自分こそが現代の天才軍師であり、まさしく異世界に舞い降りた諸葛亮孔明であった。
「ミカ、アンジェ、二人に素晴らしい策を授けよう」
大仰な物言いの彼は鼻息も荒く、大袈裟な身振り手振りを交え、二人にこれからのことを指示した。
「《是々の剣》とやらは僕達が貰ってしまえばいい。エリスに使わせるためにね。僕は彼女が《龍骨剣士》を倒したのを見ている。剣さえ何とかしてしまえば、《時の迷宮》の踏破は決まったようなものさ」
二人は何か感じ入ったように神妙な表情で頷いた。
「ふふん、するとどうだい? 戦力として必要な剣は手に入り、時の迷宮は踏破されるだろう」
二人は隙あらばさす勇しようとしたが、不完全燃焼にも竜宮院によって遮られた。
「まあ、待ち給え。君達程度ではわからなかったとしてと仕方ないけど、話はこれだけじゃないんだ」
竜宮院は朝飯前のマウントを一つ取り、さらに愚にもつかない話を続けた。
「そもそもの話だ。逆に考えてみたまえ。封印の方も勇者パーティが解決すればいいとは思わないか? そうするとどうなると思う? ここまで言ってもわからないかな? よく考えてみたまえ! 三つの事態が全て解決されるじゃないか!」
ここで二人はこれまでせき止められ溜めに溜めたさす勇を発揮した。
「さすが勇者様! まるでチェスのチャンピオンの詰めを見ているようでしたわ!」
「すごいわ! まさか三つのことを一度に解決する策を思いつくだなんて!」
気を良くした竜宮院は勿体ぶったように、
「ふむ、そうだね。優先順位的には、封印の方かもしれないな。ならば───!!」
と、変顔とハイテンションのみでワンクールを乗り切った下手な深夜番組の若手俳優の如き大仰さで声を張り上げ、
「───封印の迷宮を優先して踏破しようではないか!」と見栄を切ったのだった。
話はこれで終わらない。
やべー話は残念ながら続く。
「ミカ! アンジェ! エリスが目覚め次第、《是々の剣》を貰いに行ってこい! 邪魔する奴には多少の手心を加えても構わん!」
二人が「はいっっ!!」と返事した。
「そして《是々の剣》を手にしたのなら、その足で封印の迷宮へと足を運べ!」
「はいっっっ!!」
「僕にはここで《時の迷宮》を見守るという役目がある! お前達は三人で封印迷宮を攻略してくるんだ!!」
「……」
「……」
さすがのミカとアンジェリカも一瞬何を言われたのか理解出来ずに言葉に詰まった。
「……」
「……」
ミカとアンジェリカが困惑したよう顔を見合わせた。
「……」
「……」
そしておずおずとミカが竜宮院へと尋ねた。
「あの、勇者様は同行されないのですか?」
彼女の疑問は最もなものだ。
迷宮を見守る役目ってなんぞ?
世界はそれをサボりだとか怠慢だというのだ。
しかし結局、竜宮院の意見が覆ることはなかった。
このような無責任を決め込んだ己の決断が、後に自身を地獄へと突き落とすことになるとは彼は知らない。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
『おもしろい!』
『続きが読みたい』
『更新早く』
と思った方は、よろしければブックマークや広告下にあります『☆☆☆☆☆』から評価で応援していただけたら幸いです。
みなさまの応援があればこそ続けることができております。
最近誤字報告本当に助かってます!
ここまでは本編みたいなものです。
次からようやく番外編を数篇更新していきます。
こんなのが良いなというのがあれば感想欄にてまだ受け付けてますのでよろしくね!
こんなこと言うのもいかがなもんかって話ですが、
説明書の下の方は結構伏線になってます。




