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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
三章 

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その後の二人

お待たせしました。三章開始です。よろしくお願いします!

 


 ウェアウルフとの戦いを終えて。

 辺り一帯から重苦しい殺気が消え、徐々に戻りつつあるモンスターの気配から逃れるように、明と奈緒は傷ついた身体を引きずりながら近くにあるマンションへと向かった。

 誰かの手によって割られた入口のガラス扉を抜けて、目についた適当な部屋の扉へと手を掛ける。


 鍵は掛かっていなかった。


 押し込むようにして扉を開けると、すぐにその惨状が目に入った。

 誰かが、鍵の掛かっていないこの部屋に目を付けて火事場泥棒をした後なのだろう。かつての生活感を残したまま酷く荒れ果てた室内と、床に広がる汚れた足跡を目にして一度身体が止まりかけるが、明たちは結局その部屋へと転がり込んだ。

 部屋の中にモンスターや人が居ないことを確認すると扉を閉じて、鍵を閉める。


「ひとまず、傷の手当をしましょうか……」


 静かに明は言った。

 ウェアウルフによって裂かれた脇腹は、未だに血が止まる気配がない。それは奈緒も同じで、思いのほか深く切れたのだろうその額からは血が流れ続けていた。


 明は手にしていた戦斧と鉄剣を床に置くと、荒れた室内を見渡し、窓に掛かったカーテンを手に取った。それを床に突き立てた鉄剣に当て、力任せに細く裂いていき包帯のようにすると、脇腹の傷に余ったカーテンの生地を畳んで押し当て、その上からぐるりと巻いていく。

 簡単な応急処置だ。自動再生で傷が癒えるまでの間、とにかく止血が出来ればそれで良かった。



(ひとまず、これで……)


 心で呟き、明は一息をつく。



 それから、また新たにカーテンを手にするとそれを裂いて、同じように手製の包帯を作り終えると奈緒を手招きした。



「そこに座ってください」



 不思議そうな顔をして近づく奈緒に向けて、明はそう指示をする。

 素直に明の言葉に従った奈緒を見ながら、手にしたガーゼ代わりの生地を彼女の切れた額へと当て、包帯を巻き付ける。


「お、おいッ! それぐらい、自分で出来る!」

「右腕が折れてるくせに、何言ってるんですか。いいから、大人しくしてください。ただでさえ俺は不器用なんです。暴れられると、ちゃんと巻くことが出来ないでしょ」


 奈緒は明の言葉に悔しそうに唇を噛むと、ふいっとそっぽを向いた。顔は屈辱だと言わんばかりに渋面を作っているが、彼女の耳はほのかに朱色に染まっている。

 その様子に明は小さく笑うと、手早く包帯を巻き終えた。


「はい、出来た」

「…………ありがとう」


 顔を赤くした奈緒は小さく、お礼の言葉を口にした。

 明はその言葉にまた小さな笑みを浮かべると、居場所を探すように部屋を見渡してから部屋の隅に腰を下ろす。



 しばらくの間、会話が途切れた。



 それから、互いに距離感を図るようにぽつぽつと話し出した会話は次第にウェアウルフ戦のこととなり、やがてシナリオのことが中心となっていく。


「――――不滅の聖火?」


 奈緒は、明から告げられたそのスキルに大きく目を見開いた。どうやら、シナリオクリアの報酬画面は明にしか表示されていなかったらしい。


「本当に、固有スキルが私に? それにポイント100だなんてそんな……信じられない」


 言いながらも、奈緒はさっそく自分のステータス画面を開いたようだ。

 何もない空間を見つめていたその瞳が、そこに現れたスキルと与えられたポイントを捉えたのだろう。奈緒は呆気にとられるようにポカンと口を開くと、ゆっくりと何かに向けて手を伸ばした。

 それから、奈緒の視線が文字を読んでいるかのように上下へと動く。

 次に奈緒が口を開いたのは、それから数分後のことだった。



「……なるほど」


 静かに、奈緒は言った。


「確かに、間違いない。『不滅の聖火』という固有スキルが出ている。それに、ポイント100もだ」

「スキルの効果は読みましたか?」

「……ああ。〝スキル所持者が戦闘続行の意思を抱く限り、スキル所持者はいかなる致命傷を受けても即死を免れる〟――だそうだ」


 その言葉に、明は思わず息を止めた。想像していたよりもずっと、奈緒に与えられた固有スキルは強力だった。

 何度も、何度もそのスキルの効果を頭で反復して、やがて大きく息を吐き出すと明はようやく口を開いた。


「……すごい。まるで、不死のスキルじゃないですか」

「即死に繋がる致命傷に対してのみ、だけどな。これが不死だっていうなら、あまりにも不完全な不死だ」


 奈緒はため息のような息を吐き出すと口の端を吊り上げるように、笑う。



「皮肉だな。一度、心が折れた私にそんなスキルが与えられるなんて」



 明は無言で奈緒を見つめた。


 七瀬奈緒は、シナリオ中に遭遇したモンスタートレインによって嬲り殺しにされてから、心に深い傷を負った。死に戻ってからは一度植え付けられたその恐怖に、立ち上がることすら出来なくなっていたぐらいだ。ウェアウルフ戦を通してその恐怖を乗り越えたようだが、それでもまだ、心の奥底では癒えない傷が残っているに違いない。


 そんな考えが、明の顔に出ていたのだろう。


 奈緒は明の表情に気が付くとその口元に笑みを浮かべて、明の考えを否定するかのように小さく手を振った。



「ああ、勘違いするな。トラウマはもう平気だ。……そりゃ、もう怖くないのかと聞かれれば嘘にはなるが、ちゃんと戦うことが出来る。……お前と共に戦うと、私は決めたんだ。もう、平気だよ」



 その言葉を聞いた明は一度口を開きかけるが、やがて喉元にまできた言葉を飲み込み、笑った。

 心配はあった。自分と共に戦えば、いつか何かの拍子にまた彼女の心が折れるのではないか、と。けれど同時に、彼女の存在が明自身の助けになっているのも確かだった。

 七瀬奈緒は、一条明にとって心の支えだ。この世界でも必死に生き足掻く理由があると教えてくれた大切な人だ。

 そんな彼女が、一度心が折れてもなお自分と戦うと言ってくれている。

 その言葉に、何か別の言葉を告げるのは無粋だろう。

 だから明は、お礼を言ってその言葉を受け取ることにした。



「……ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ。よろしく」



 奈緒はそう言うと小さく笑った。

 それは、かつての彼女が浮かべていた笑みそのもので。

 明は、そんな彼女の笑みを見て、ようやく心の底から安堵の息を吐き出したのだった。



割烹やTwitterにて本作品の略称を募集しておりましたが、多くの素敵な案をありがとうございました!!

どれも良い略称ばかりで、いまだに悩んでおります……!!



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― 新着の感想 ―
[一言] この話の前話で鳥肌が立ちました。 なろう小説で鳥肌が立つのは久し振り 面白いです。
[一言] 肉塊になっても生き残りそうで怖い
[一言] 即死を免れるだけで死なないわけでは無いですよね。 死に戻りの対象外になったから主人公が死んだ場合はトラウマは残らないだろうけど、下手に生き残った場合は文字通り地獄の苦しみですね。
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