幕間 視線の先で
男が彼らとウェアウルフの戦闘音を耳にしたのは、散歩と称してモンスターがあふれた街を鼻歌混じりに歩いていた時だった。
(…………おや?)
街中に響き渡るかのような激しい戦闘音に、男は微かに目を瞠る。
この世界にモンスターが現れて数日。この街を支配していたウェアウルフによって、この街に住む人間は大半が死んだ。生き残っている者もごく僅かながらに存在しているが、もはや誰も外に出ようとはしない。こうして、モンスターが現れた街の中をふらふらと出歩くのは、今や自分と彼女だけだ。
そう思っていただけに、男は久方ぶりに感じる人の気配に興奮を抑えることが出来なかった。
「オリヴィア、オリヴィアっ! 人だ。人が居るぞ!!」
男はそっと、誰にともなく囁いた。
返事はない。
それでも、男は楽しそうに会話を続ける。
「ああ、そうだな。きっと私たちと同じだ。モンスターを相手に、レベルを上げているんだろう。どれ、少しばかりその戦いぶりを覗いてやろうじゃないか」
男は呟くと慎重に、けれども細心の注意を払ってその音の方向へと足を進めた。
しかし、その足はしばらく進むと止まった。
あたり一帯を押しつぶさんとするかのようなその重圧に気がついたからだ。
「……まさか」
と男は呟いた。
戦闘音は続いている。それも、この重圧の中で。
あたり一帯のモンスターが逃げ出すほどの、これだけの殺気を放つモンスターはこの街には一体しか存在していない。
そして、その重圧の中でも続く戦闘音が示す答えは、もはや一つしかなかった。
「ウェアウルフと戦っているのか……? いったい、誰が……」
男は呟き、表情を改めた。
険しくなったその視線が揺らぎ、何かを考え込むかのように眉間に深い皺が寄る。
それからしばらくして。
男は、ゆっくりと息を吐き出すと、また誰にともなく呟いた。
「……ふむ。ちょうどいい。誰が戦っているのか知らないが、ウェアウルフの攻撃手段を知る絶好のチャンスだ。今、この街にウェアウルフを倒せる人間など、私たち以外に存在はしていない。ぜひ、このチャンスを活かして私たちのウェアウルフ退治に役立てようじゃないか。…………ん? ハハハ、オリヴィア。君はいつも優しいな。だが、今回ばかりは無理だ。勝算もなく助けに入れば、私も殺されるのがオチだよ」
男は、そう言って口元に笑みを浮かべると、ゆっくりと息を吐き出す。
「では、行こうか。――――隠密」
男がその言葉を吐き出したその瞬間。
まるで夜闇に溶け込むかのように、男の気配が消えた。
男は、自身に隠密のスキルが発動していることを確認すると、その戦場へと向けてゆっくりと歩を進めていく。
そして戦場が見渡せる物陰で息を潜めると、ついにその戦いを目にした。
ウェアウルフというこの街を支配する絶対的なモンスターを相手に、一歩も引かず激戦を繰り広げる男の姿を。
その男を援護するべく、左手に拳銃を構えてまっすぐにウェアウルフを見据える女の姿を。
そして、男の手に握られた巨大な斧による一撃が、ウェアウルフの身体を両断した。
(――――なっ!?)
彼らの姿を遠目から見ていた男は、その結末に驚きで大きく目を見開いた。
空高く舞い上がるウェアウルフの身体に向けて、女性が左手を高く掲げる。
確かな闘志を燃やしたその瞳が、半身となったウェアウルフを捉えて魔法と思われる光が走った。
――パァンッ!
光が衝突すると同時に衝撃が弾けて、ウェアウルフの上半身がまた高く飛ぶ。
同時に、それがトドメとなったのだろう。
男の眼前に表示される、たった今ボスモンスターが討伐されたということを示すその画面に、止めていた息をゆるゆると吐き出して、小さな笑みを浮かべた。
「……オリヴィア。どうやら、私たちはようやく……君の言う〝希望〟とやらを見つけたようだ」
その言葉に対する言葉はやはりない。
しかし、男の耳には確かに返事が聞こえていたようだ。
小さく、けれども確かに男は頷くと、また彼らへと視線を向ける。
「…………ああ。彼らならばきっと、私たちは〝娘〟を取り戻せるに違いない」
来週、遅くて再来週ぐらいから三章開始です。
どうぞよろしくお願いいたします。
また、二章完結後に「トラウマ」という話を差し込みで投稿しております。
奈緒がトラウマを発症する場面です。こちらも合わせて、よろしくお願いいたします。
追記:11/15から三章開始です。




