最高の夜空
戦いが終わり、街には静かな夜が戻ってきた。
明は、眼前に現れていたその画面に目を向けると大きく目を見開いた。
(――――奈緒さんに固有スキル、だと? しかも、大量のポイントまで……)
何度もその内容を確認して、それが間違いでないことを確認する。
そうしてようやく。明は、自らの黄泉帰りに与えられたシナリオというものが、いったいこの世界でどういう力を発揮していくものなのかを察した。
(これって、つまり……。その人とのシナリオを発生させることさえ出来れば、誰にでも固有スキルと大量ポイントを与えることが出来るってこと……だよな?)
つまりは、仲間強化イベント。
そんな言葉が頭に思い浮かんで、明は小さな息を吐き出す。
(……凄い力だ。この力を使えば、誰だってこの世界に立ち向かうことが出来る。いや、そのきっかけを作ることが出来る。……世界反転率なんてもののおかげで、時間経過と共にモンスターが強化されていくけど、この力さえあれば奈緒さんみたいに一緒に戦ってくれる人も増やせるかもしれない)
そんなことを考えた明は、頭の中にふと、一つの計画を思い浮かべた。
(――ってことは、このシナリオを活用していけば……。この世界に現れたモンスターに対抗できる最高の集団をつくることが出来るかも…………)
そんな突拍子もない計画に、明は頭を振る。
けれど同時に、明の頑張り次第で実現は不可能ではないように思えた。
自分一人で、この世界に現れた全てのボスを殺すことは出来ない。
しかし自分と共に肩を並べて戦ってくれる人が居れば、この先、どんなモンスターが現れようとも。この世界で共に、生き抜くことは出来るかもしれない。
そんな思いが、明の胸に湧き上がってくる。
(……そうだな。いろいろと落ち着けばいずれ、そうしてみるのもいいかもしれない)
明はそう考えて、頭の中で思い浮かんだその計画を、一旦は置いておくことにした。
「ふー…………」
ゆっくりと、明は息を吐き出す。
気を抜けば全身を襲うその痛みに、意識を奪われそうだった。
咳き込めば口の中には血の味が広がり、裂けた脇腹から流れる血が地面を真っ赤に濡らしていく。
自動再生のスキルが徐々に明の身体を癒し始めているが、傷がすぐに無くなるわけではない。
失った血液と気の緩みが、一気に明の力を奪っていく。
「――――っ」
ふらりと、明は身体を揺らしてその場に倒れ込んだ。
その様子を見ていたのであろう、離れていたところに居た奈緒が声を上げて、慌てたように明の傍へと近寄ってくる。
「一条!!」
叫ばれるその名前に、明は無事を示すように右手を持ち上げるとひらひらと手を振った。
「平気です。ただ、ちょっと……疲れました」
その言葉に、奈緒は安堵の笑みを浮かべるとゆっくりと息を吐き出す。
「……そうか。そうだよな」
奈緒は明の横へとそっと腰を下ろした。
「お疲れさま」
「奈緒さんこそ」
明はそう言うと、小さな笑みを浮かべて片手を掲げた。
その様子に、奈緒は小さく目を見開いた。それから、その口元に微笑みを讃えると明と同じように片手を掲げる。
――パンッ、と。
夜の街に、二人のハイタッチの音が小さく響いた。
明たちは、互いの顔を見つめてまた笑う。
それからふと、明は真剣な表情を浮かべると奈緒に向けて問いかけた。
「もう、大丈夫ですか?」
その言葉の意味を、奈緒は考えるまでもなく理解した。
「……ああ。もう、平気だ」
呟き、奈緒はゆっくりと息を吐く。
それから、折れた左腕を庇うようにして右手で押さえると、呟くように言った。
「迷惑、かけたな」
「迷惑だなんてそんな……。あんな死に方をすれば、誰だってトラウマにもなりますよ。」
「…………そうかな」
奈緒は、明の言葉に小さく笑った。
それから、何か考え込むような仕草になると明へとその目を向ける。
「……なあ、一つ。聞いてもいいか?」
「何ですか?」
と明もまた、奈緒の顔を見つめた。
奈緒は、しばらくの間迷っているようだった。
まるで、この質問をしてもいいのだろうか。
そう言いたそうな表情で何回か口を開け閉めすると、やがて意を決したように明へと問いかけてくる。
「お前は、私が諦めるなと言ったから……。何度も、何度も、死ぬかもしれない戦いに挑むのか?」
その言葉に、明はポカンとした表情で奈緒を見つめた。
そして小さく息を噴き出すと、声を出して笑い始めた。
かと思えば、その笑いが傷に響いたのか、苦痛の表情を浮かべる。
けれどすぐに、明のその表情はまた笑みへと変わると、今度はクスクスとした小さな笑みを溢した。
「な、何がおかしいんだ」
まさか、痛みを抱えながらも笑われるとは思ってもいなかったのだろう。
奈緒は戸惑うように明を見つめた。
明は、その顔に笑みを浮かべながらも、奈緒に向けて口を開く。
「きっかけは確かに、奈緒さんのその言葉でしたが……。俺がこうして戦う理由は、違いますよ」
「違う? それじゃあ、どうして……」
「分かりませんか?」
言って、明はニヤリとした笑みを浮かべた。
「このクソッたれな世界で、自分が望む最高の未来を自分の力で掴み取る。……それが最高に気持ちいいから、俺は戦うんです。それは、今の奈緒さんならきっと、分かるでしょ?」
予想だにしなかったその言葉に、奈緒は思わず呆気にとられるようにして明を見つめた。
それから、憑き物が落ちたように大きな息を吐いて、その口元を綻ばせると言葉を紡ぐ。
「…………ああ。そうだな。確かに、その言葉の意味は分かるよ」
一条明と共に、この世界で戦い生き残る。
一度は手にして、やがて諦めたその未来を。
今度こそ確かに、彼女はしかとその手に掴み取っていた。
「…………」
七瀬奈緒は、ゆっくりとその視線を空へと向けた。
そこには、七瀬奈緒にとっての死に戻りが始まったあの時と同じ、半分に切り取られた月がぽっかりと浮かんで見えた。
――綺麗だな、と。
奈緒は柄にもなくそんなことを考えた。
奈緒が空を見上げていたからだろう。
明もまた、夜空に浮かぶ半月へと視線を移すと、ほう、と息を吐いて言葉を吐き出す。
「綺麗ですね」
その言葉に、奈緒は思わず明を見つめた。
なんの気なしに呟かれた言葉だったのだろう。
もしかしたら深い意味はなかったかもしれない。
明はただただぼんやりと、ボスの居なくなった街を照らす月を穏やかな表情で見つめていた。
奈緒は、そんな明に小さく笑うとまた、夜空を見上げて呟く。
「そうだな。今まで生きてきた中で、最高に気持ちがいい夜だ」
それから、二人の会話は途切れた。
二人はじっと、夜空を見つめ続ける。
今、この時。この瞬間。
隣に居るその人の温かみが、この世界でどれだけ大切なものなのかを感じながら。
彼らはその世界で、確かに今日も生きていた。
これにて、【この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている】二章完結です。
投稿期間中、多くの応援と感想をいただき本当にありがとうございました。
みなさまの応援のおかげで、二章投稿開始から約一ヶ月という期間ですが無事に走り抜けることが出来ました。
本当に、ありがとうございます。
かつて、この世界のすべてに絶望していた明は、奈緒の言葉で立ち上がりました。
そして今度は、そんな明の姿を見て、また違う世界線とでも言うべき奈緒が立ち上がる。
その構図は、一章を投稿した時からずっと私の頭の中にあったもので、今回ようやくその物語をお届けすることが出来て本当に良かったです。
二章を終えて、明らかになった〝シナリオ〟の力。
その力を、一条明という男がどのように使い、この世界で生きていくのか。
滅びに向かう世界で必死に生き足搔く彼の物語は、まだ始まったばかりです。
これからもぜひ、この物語を応援していただければと思います。
さて。これからまた、第三章の書き溜めに入ります。
開始の時期はまだ未定ですが、再開の目安が立てばお知らせしますので、少しの間お待ちいただければと思います。
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