表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/351

七瀬奈緒



 夢を見ていた。

 いや、走馬灯といった方が正しいのかもしれない。

 次々と現れては消えていくその光景は、これまでの人生を振り返るかのように、細切れのフィルムを再生しているかのようだった。

 遠い昔の出来事は色褪せた無音映画のようにぼんやりとしたものだったけど、その光景が〝今〟に近くなれば近くなるほど、より鮮明に、当時の会話も感情も思い出してくる。


 一条明の二十歳の誕生日。初めて、二人で訪れた居酒屋で、彼が自分のペースも分からずに酒を飲んで酔いつぶれたこと。

 彼が自分の働く会社に入社してきて、何も知らされてなかった自分に向けて彼が、まるで悪戯が成功したように笑ったこと。

 仕事で失敗した彼を慰めるため、酒を煽りながら居酒屋で会話をしたこと。


 そのほかにも思い浮かぶすべての出来事は奈緒にとっての大切な記憶で、同時に宝物であると言えるかのようなものばかりだった。



 そしてその走馬灯は、非常灯の点いた薄暗い病室での会話を最期に終わる。

 七瀬奈緒の意識が、〝今〟に戻って来たからだ。



(――いったい、何が…………)


 ぼんやりとする頭で、奈緒は瞼を持ち上げながら薄っすらとそんなことを考えた。



「ぎ、ぃ、ァああああっ……!」



 瞬間、ズキリとした左腕その痛みに悲鳴を上げそうになる。

 どうやら、骨が折れているらしい。

 ほんの少しでも動かせば全身を貫くような激痛に、奈緒はまた声を上げた。

 それと同時に、生温かい液体が顔の半分を濡らしていることに気が付いた。

 右手を伸ばすとぬるりとした感触がある。

 薄っすらと開いた瞳で手を見つめると、その手は鮮血にべったりと濡れていた。



(――――そうだ。私、一条に連れられてウェアウルフっていうボスに挑んで……)



 ゆっくりと、奈緒は記憶を想起する。

 一条明とウェアウルフの戦いは、奈緒にとってすべて次元が違うと言わざるを得ない戦いだった。

 気が付けば互いに殴り合い、蹴り合う。

 一瞬にして詰められるその間合いは、奈緒にとっては両者の間にある空間が歪んで切り取られているんじゃないかと錯覚するほどだった。

 そんな戦いの中で、明が奈緒の名前を叫んだ。

 その叫びが、事前に言っていた魔法を発動させる合図だということははっきりと分かった。



(そこで、どうにか魔法を発動させて……。それから……)



 それから、どうした?


 よくよく思い出そうとするが、頭を打った影響か間の記憶が抜けている。

 ただ覚えているのは、明が叫び奈緒を庇うように身を呈してウェアウルフの攻撃から身を守ってくれたという事実と、それでもウェアウルフの攻撃による衝撃を完全には殺しきれずに、二人で一緒に吹き飛ばされたという事実だけだ。



「ぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!」



 その瞬間、空気を震わせるような雄叫びが響いた。

 ビクリと身体を震わせて奈緒はその声の方向へと目を向けると、ウェアウルフへと向けて拳を振り上げる明の姿が目に入る。


 どうやら、ウェアウルフによって弾き飛ばされた斧と、ウェアウルフを拘束するために手放した鉄剣を拾う隙すらもないようだ。

 素早い動きで翻弄してくるウェアウルフを相手に、彼は素手で挑んでいた。


 しかし、武器が無ければウェアウルフの爪撃を受け止めることが出来ない。

 幾度となく切り裂かれたのであろうその身体は、一目見ただけでも分かるほどにボロボロで、至る所から血が流れ出ていた。



「いち――――」


 と、声をあげようとして奈緒は口を閉じる。



 ――今の私が、声を掛けたところでどうなる。


 そんな考えが、奈緒の頭の中で過ったからだ。



(息をするのだけでもやっと。心は染み付いた恐怖に潰され、まともに魔法を放つことさえも出来ない。モンスターの前に立つのだけでもやっとの、今の私に……これ以上何が出来るって言うんだ)



 自分でも、このままじゃダメだと分かっている。

 けれどその思考とは裏腹に、脳裏に焼き付いたあの光景が、あの痛みが、あの苦痛が。その全てが七瀬奈緒の行動を縛り付けるかのように、モンスターの前に立ったその瞬間に蘇ってくる。

 今、この瞬間でも。そのことを思い出しただけで奈緒の身体は魂に染み付いた恐怖に怯えるように、小刻みに震えはじめる。

 声も出せず、息も出来ない。

 どうにか呼吸をしようと息を吐き出せば、すぐに気道は狭まり息が止まる。


「――――ッ!」


 奈緒は、この世界の現実から逃れるようにギュッと目を閉じた。

 もう、何もかもが嫌だった。

 この戦いでの自分の役割は全て終わった。

 早く、この戦いが終わってほしい。

 そんな言葉ばかりが、ぐるぐると脳裏をよぎっては頭の中でいっぱいになっていく。



(ウェアウルフとの戦いに、私が入れる余地はない……)


 ゆっくりと、奈緒は息を吐き出しながら心の中で呟く。



(初めから、無理だったんだ。私が、アイツと一緒に行動することなんて……)



 心の中に広がる、重たくて暗い感情。

 その感情に飲み込まれそうになったその寸前。七瀬奈緒の耳に、一条明の苦痛の声が届いた。


「っ!」


 思わず、ハッとして目を向ける。

 先程まで暗闇を見ていた奈緒の目に、苦痛に満ちた表情で脇腹を押さえている明の姿が映る。

 見れば、おびただしい量の血が溢れ出ている。ウェアウルフによってまた、切り裂かれたらしい。

 その事実に、思わず奈緒は全てを忘れて、悲鳴のような声を張り上げた。



「一条ッ!!」



 その声に、明もまた、奈緒が意識を取り戻したことに気が付いたのだろう。

 ちらりとした視線を奈緒へと向けると、少しだけ驚いた顔となって、やがて安堵の息を吐き出した。

 そして、その口元に優し気な微笑みを浮かべると、まるで恐怖に怯える奈緒を安心させるように、ゆっくりと、口を開いた。



「……良かった。無事だったんですね。…………すみません。もう少し、そこで待っていてください。すぐ、終わらせますから」

「でもッ! お前……! 傷が!!」

「……ああ、これですか。なんともないです。大丈夫ですよ」



 ニコリと、明はまた奈緒を安心させるように笑った。


 ――――嘘だ。〝なんともない〟なんて、そんなはずがない!


 明が驚異的な生命力を獲得しているのを、奈緒はもう知っている。

 そして、その身体の傷を癒すスキルを取得していることも知っている。

 けれど、彼は不死身じゃない。無敵じゃない。

 傷つけられれば痛みを感じ、傷があれば血が流れる。この世界で戦う力を、他の人よりも多く身に付けただけの、ただの人間だ。

 それだけの傷を負って死なないなんてことがあるはずがない!!



「いち、じょう…………」



 小さく、奈緒は彼の名を溢す。

 その呟きはきっと、一条明には届かなかったに違いない。

 しかし明は、奈緒に向けてまた笑うと、ウェアウルフへとその視線を向けた。

 ウェアウルフは、明を引き裂くと同時に反撃に合い、雑居ビルへと向けて吹き飛ばされて瓦礫に埋もれていた。

 ガラガラと瓦礫を崩す音を響かせながら現れるその姿に、明が小さく舌打ちをする。



「――出来れば斧を手に取るまで使わないつもりだったが…………。これじゃあ埒が明かないか。――――仕方ない。『剛力』ッ!」



 スキルを発動させてまた、一条明はウェアウルフへと向けて駆けていく。

 その姿にまた、奈緒は張り裂けそうな悲鳴にも似た声を上げた。



「一条!!」



 もう、いい。もう止めてくれ!!

 そんな言葉が喉元にまでせり上がり、奈緒は思わず涙を溢す。

 辛かった。彼が、命の灯を燃やし尽くすようにして戦うその姿を、もう見たくなかった。



(なんで、なんで、なんで!! どうしてそこまで頑張るんだ! どうして、そうまでして戦えるんだ!!)


 激しい戦いを繰り返す一条に向けて、奈緒は視線を送る。



(分からないッ、分からないよッ!! ――――なぜ? なぜ、お前は立ち上がれるんだ!!)



 理解が出来ない。理解したくても出来ない。

 そんな感情に奈緒は唇を噛みしめ、震わせる。

 しかし、奈緒はもう。心のどこかでは分かっていた。

 彼が――一条明がなぜ、そこまでしてこの世界に立ち向かうのかを。なぜ、そうまでして必死に、この戦いを続けるのかを。



(私の知らない私が、お前に諦めるなと、そう言ったからか? だから、お前は――――)



 だとすれば、それはまるで呪いだ。

 彼の苦しみを本当の意味で何も知らない七瀬奈緒が掛けた、彼を縛り付ける呪いの言葉だ。



(私の言葉に、お前は……っ!)


 心で呟き、奈緒は拳を握り締める。



 自分が嫌いだ。

 本当の苦しみなんか分からずに、何も知らずに、そんな言葉を投げかけた自分が大嫌いだ。

 けれど本当に、心の底から嫌いなのは。

 死に物狂いで戦う彼を見ていることしか出来ない、〝今〟の弱い自分自身だった。



(アイツは戦ってる。私の言葉を糧にして、この世界に挑み続けている! それなのに、私は何をしている!? ただ地面に座り込んで、ただただ震えて、声も出せず泣いているだけか!? ――――違う。違うだろ!! 誓った。誓ったんだ!! 私は、アイツの隣に立つと。一条明の支えになると!! あの病室で、アイツに向けて言ったじゃないか!! 死に物狂いで戦うお前と一緒に、私も死に物狂いで戦うって!!)



 奈緒は、ギュッと唇を噛みしめる。

 もう、何もしないのは嫌だった。

 こうしてただ、彼の背中を見続けるのが嫌だった。

 死に戻りの恐怖を、身体の震えを、奈緒は強く歯を食いしばり噛み殺す。



(私は――――)


 たった一人、この世界に現れた理不尽の塊へと挑む男の隣に立つために。



(一条明と――()()()()()()この世界で戦い、生きるって! そう、決めたじゃないか!!)


 その言葉を心で叫び、奈緒はあらん限りの声を上げる。



「――ッ! ステータス!!」




 ――――――――――――――――――

 七瀬 奈緒 27歳 女 Lv23


 体力:25

 筋力:36

 耐久:34

 速度:35

 魔力:16

 幸運:25


 ポイント:7

 ――――――――――――――――――

 スキル


 ・身体強化Lv1

 ・魔力回路Lv1

 ・初級魔法Lv1

 ――――――――――――――――――




 素早く、画面を操作する。

 溜め込んでいたすべてのポイントを魔力に注ぎ、自らの魔力値を急成長させる。


 ――魔力:37


 そして、ステータス画面に表示されたその数字を確認して、奈緒は画面を手で払い消した。



「ッ、あァッ!」



 全身に力を込めて、奈緒はふらりと立ち上がる。

 頭から血を流した影響だろう。一瞬、視界が暗転するが、奈緒は歯を強く食いしばり、どうにか倒れるのを防いだ。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 ただ立ち上がるだけで、息が乱れる。

 心臓がバクバクと跳ね上がり、ほんの少しでも気を抜けば倒れそうだった。

 それでも奈緒は、その両足で立ち上がりこの世界を踏みしめる。

 もう、二度と倒れないように。

 この世界に膝をつかないように、残された力を振り絞るように奈緒は立つ。


「ふー…………」


 ゆっくりと息を吐き出し、拳銃を右手で構えた。

 視界がぼやけた。額から流れる血が邪魔だ。

 それでも奈緒は、しかとその瞳でウェアウルフを睨み付けると、その言葉をはっきりと呟いた。




「――――ショックアロー」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 最初からポイント振って疾走&剛力決めてたら楽に勝てたのでわ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ