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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
二章

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89/351

あじりてぃあっぷ

 


 ――――その、瞬間だった。



「あじりてぃあっぷ」


 確かに呟いたその言葉に、ウェアウルフの身体が急加速する。



 ――キィイインッ!!



 明が振るう斧は、ウェアウルフが振るったその鋭い爪によって止められた。

 あまりにもありえないその動き。

 確実に捉えたかと思われたその攻撃を防がれ、さらには速度が上昇したウェアウルフのその動きに、明は思わず大きく目を瞠った。


「なんッ――――」


 なんだ、その動きは。

 そう吐き出されようとしたその言葉は、次いでウェアウルフが口にしたその言葉に防がれる。



「れんそう、しゅうげき」



 ウェアウルフが言葉を吐き出すのと、その身体が動きだすのはほぼ同時。

 その両手から伸びる鋭い爪による連撃で明の手にあったミノタウロスの戦斧を弾き飛ばすが、ウェアウルフはその動きを止めることなく、まるで事前に定められたその動きをなぞるかのように、右足を振るう。



「がっ」


 バキバキと肋骨が折れる音を聞きながら明は吹き飛び、地面を転がった。



「ぐ、ァ、あッ…………!!」



 突き刺さるような激しい痛みに、明の息が数瞬の間止まる。

 だが、その痛みに身悶えている暇はない。

 ウェアウルフが地面を蹴ってすかさず明の元へと迫ると、明の頭を潰さんと拳を振り下ろしてきたのだ。



「…………っ!」



 その拳の軌道に、明は痛みも忘れて全力で回避に専念した。

 身体を掠めたその衝撃に、明は背中にじっとりとした汗が浮かぶのを感じながらも、ウェアウルフを全力で蹴りつけて反撃する。

 蹴り飛ばされたウェアウルフは雑居ビルに突っ込むと、その壁を崩して瓦礫の向こうへと埋もれた。



「はぁ、はぁ、はぁ、ッ! どう、なってやがるッ!?」



 それを見た明は、どうにか稼げた時間に呼吸を整えながら折れた肋骨を押さえると、盛大に悪態を吐いた。



「くっそ!!」



 明は、一度口の中に広がる血の塊を吐き捨てると、その正体を確かめるため、解析を使用してウェアウルフのステータスを表示させた。




 ――――――――――――――――――

 ウェアウルフ Lv93


 体力:237

 筋力:213

 耐久:257

 速度:412(+100)

 魔力:70

 幸運:51


 ――――――――――――――――――

 個体情報:レベル不足のため表示出来ません

 ――――――――――――――――――

 所持スキル:レベル不足のため表示出来ません

 ――――――――――――――――――




「なッ!?」


 そこに表示されたその数字に、明は思わず目を剥いた。



(アイツの速度が……変わってる!? そんな、どうして!! ――――いや、そうか。さっきのあの言葉……。『あじりてぃあっぷ』って、このことだったのか!?)



 ――アジリティアップ。


 つまりは、敏捷性を高めるその言葉を口にしたことで、ウェアウルフのステータスがあの瞬間から変わったのだろう。



(……まさか。コイツらもスキルを使ってくるのか!?)



 その事実に、目の前が真っ暗になりそうだった。

 この状況をどうしようかと、必死で思考を巡らせる。

 だが、どう考えたところで解決策が思い浮かばない。



(どうする、どうする、どうする!? ポイントはまだ2つある。それをすべて魔力に注ぎ込めばまだ、速度では上を取れるッ!! やるしかないッ!!)



 心で呟き、明はすかさずステータス画面を開くとポイントを全て魔力に注ぎ込んだ。




 ――――――――――――――――――

 一条 明 25歳 男 Lv1(55)


 体力:82

 筋力:182

 耐久:151

 速度:166(+350)

 魔力:41【43】(+6Up)

 幸運:56


 ポイント:0

 ――――――――――――――――――




 どうやら、疾走の発動中にポイントで魔力を底上げしても速度の補正値はそれ以上には上昇せず、発動当時の魔力値を参照した補正値のままらしい。

 そのことに明は舌打ちをすると、すぐさま思考を回した。


(今発動している『疾走』の残り時間は……まだ20秒以上。疾走が切れると同時に、またスキルを掛け直せば、俺の速度は566だ!! それまで、ほぼ同速になったウェアウルフの攻撃を防ぎきらないと!!)


 そうしていると、ウェアウルフが瓦礫の中からゆっくりと現れた。

 やはりと言うべきか、たいしたダメージはなさそうだ。

 そのことに明は強く歯噛みをすると、吹き飛ばされた斧の位置をちらりと見て、拾う余裕がないことを確認し、背中にある鉄剣を引き抜き構えた。


「グルルルルルルル…………。ォオオオオ!!」


 ウェアウルフは喉を鳴らすように威嚇をすると、地面を蹴って明へと迫った。

 その手にある鋭い爪を頭上から振るい明を引き裂こうとしてくるが、明もまたその動きに合わせて鉄剣をぶつける。


 ――キィイインッ、と。


 再び、明とウェアウルフは至近距離で睨み合った。

 そこで明は、ふっと身体の力を瞬時に抜いて力押ししてくるウェアウルフの体勢を僅かに崩す。


「ッ!?」


 ウェアウルフも、まさか明が鍔迫り合いの最中に力を抜いてくるとは思わなかったのだろう。

 僅かに崩れた体勢を立て直すよう、瞬時に足を踏ん張ったが、それは確かな隙へと繋がった。


「ッらァ!」


 明はウェアウルフの腹に拳を突き出すと、その身体をくの字にへし折る。またすぐにウェアウルフの頭を抑え込むと、右膝でウェアウルフの顔を横から蹴りつけた。


「ガァッ」


 ウェアウルフの声が漏れた。

 だが、手応えからしてさほど大きなダメージを与えたようには思えない。しかし、ウェアウルフの動きを数瞬の間でも止めるには十分な攻撃だった。

 すかさず、明はウェアウルフの背後に回り込む。

 そして素早く。その手に持つ鉄剣を地面に落としてウェアウルフの腕を両手で掴み、思いっきり捻り上げると、明はあらん限りの声を張り上げた。



「――――ッ、奈緒さん!! 今だ!!」



 その言葉に奈緒もまた、明が何を言いたいのか察したのだろう。

 ハッとした表情となると、震える手で太腿にぶら下がる拳銃へと手を伸ばす。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…………ッ!!」


 奈緒の口から短い呼吸が漏れて、ガチガチと歯の鳴る音が聞こえた。

 拳銃を手にしようとするが力が入らないのか、奈緒は何度も拳銃を地面に落とす。

 そうしながらも、どうにか拳銃を拾い上げた奈緒は恐怖に凍り付く表情のまま、ウェアウルフへと目を向けた。


 その瞳孔が大きく揺れた。

 彼女の中で膨らみ続けるあらゆる恐怖が、明にもありありと伝わってきた。


 明は、必死の形相でウェアウルフを離すまいと力を入れ続ける。

 しかし、ウェアウルフもただやられるわけではない。


「グゥ、ガァ、ァ…………」


 明の拘束をどうにか解こうと、ジタバタと力任せに暴れては声を上げる。

 もともと筋力値に差があるからだろう。関節をキメながらも、力任せに解かれていくその拘束に、明は盛大な舌打ちを漏らした。


「奈緒さんッ!!」


 その言葉に、奈緒もまた、もう時間がないことを察したのだろう。

 血の気が下がり、白を通り越して青くなり始めたその唇を噛み締め、どうにかその口を開いた。



「……ッ、ァ、しょ……ショック、あ、あ、あろー」



 恐怖を押し殺しながら呟かれたその言葉は、ひどく小さくて震えていた。

 しかし、それでも魔法を発動させることに成功したようだ。

 震える銃口に光が灯ると、その光は瞬く間に矢の形へと変わっていく。

 そして、形成された光の矢は、奈緒が狙いを定めるその場所へと飛び込んだ。


 ――ドッ!


 矢はウェアウルフの顔にぶつかり、確かな衝撃を与える。

 ダメージとはいえないような攻撃だ。しかし、その攻撃はどんな攻撃よりも価値があった。



(――――ッ!! よしっ、これでコイツを殺せばシナリオは終わる!!)


 心の中で明は安堵の言葉を漏らすと、ウェアウルフの身体を蹴り飛ばして距離を取った。



「奈緒さんッ、ありがとうございました!!」



 叫び、明はウェアウルフと向き合う。

 ウェアウルフもまた、蹴り飛ばされながらも体勢を整えると、受け身を取って衝撃をいなして素早く立ち上がった。

 ウェアウルフの視線が、明の背後へと流れたのはその時だった。


 ――ニタリ、と。


 ウェアウルフはそこにいる人物を目にして嗤う。

 おそらくは、攻撃されたことで今まで明の背後に隠れていた奈緒の存在に気が付いたのだろう。

 眼前にいる男よりも、そこで座り込む彼女の方がはるかに殺しやすいと、醜悪に歪むその笑みが全てを物語っていた。



「グルルルルァアアアアアアア!!」


 叫び、ウェアウルフが駆け出す。



(――――マズい!!)



 明はウェアウルフの狙いがすぐに分かった。

 何とか止めようと、明は正面からウェアウルフへ蹴りかかるが、ウェアウルフもまた幾度となく読み合った明の狙いがわかるのだろう。

 放たれるその蹴りの軌道を見切るように躱すと、お返しとばかりに明の腹を全力で蹴りつけてくる。


「ッ、ァ!」


 一瞬、明の息が止まった。

 思わず動きを止めそうになるが、明は口の中にせり上がってくる鉄の味を必死に飲み込んで、歯を食いしばりその痛みに耐えると、奈緒のもとへと行かせまいと必死にウェアウルフへと手を伸ばす。


「させ、る、か!!」


 だが、その手は届かない。

 するりとその手をすり抜けたウェアウルフはまた、土産とばかりに明の顔へと拳を振るってくる。

 その衝撃に明の視界が一瞬だけ暗転するが、必死にその意識を繋ぎ止めて、声を張り上げた。



「行かせるかぁああああああああああああ!!」


 駆けるウェアウルフの背後を追い掛けようと明は両足に力を込めて走り出す。



 ――その瞬間。がくり、と。急速に動きが遅くなる自らの身体に、明はすぐさま疾走の効果時間が終わったことを悟った。



(『疾走』、『疾走』ッ、『疾走』!! 速く、速く! 守るんだ、奈緒さんを守るんだ!! 絶対に、死なせない!! 約束したんだ。守ると言ったんだ。走れ、走れ、走れッ!! 走れぇえええええええええええええええ!!)



 眼前に広がる重ね掛け不可のエラーメッセージと、残された疾走の発動時間を知らせる画面を振り切るように、明は加速する自らの身体を鼓舞しながら、力の限り地面を蹴って奈緒の元へと駆け寄る。

 三度目の疾走。その効果は、残されていたポイントをすべて魔力に注ぎ込んだことで、スキルを使用し速度が上昇したウェアウルフをも上回る。

 そうして、明が身を挺するように奈緒を庇うのと、ウェアウルフが奈緒に向けて蹴りを放ったのはほぼ同時のことだった。



「――――ッ!」

「な――――が、ッ!」



 その衝撃に、明と奈緒は地面を跳ねて転がると、雑居ビルの壁に叩きつけられた。

 明はすかさず立ち上がった。

 しかし、奈緒は動く様子がない。見れば、地面を転がった際に額を切ったのかその額からは真っ赤な血が溢れて地面を濡らし始めていた。


「奈緒、さん!」


 自らの身体を襲う痛みに耐えながら、明は奈緒へと呼びかける。

 どうやら、ウェアウルフの攻撃を完全に受け止めることが出来なかったらしい。

 そんなことを、奈緒の様子からすぐに察した明は、再び奈緒へと声を掛ける。


「奈緒さんッ!!」


 その大声に、奈緒の瞼がピクリと動いた。

 それから、薄っすらと開かれるその瞳に、明は安堵の息を吐き出す。


(良かった。生きてる……!)


 しかし、思ったよりも奈緒の受けた衝撃は大きかったのだろう。

 もともとの体力値が少ないことも影響しているのか、目を覚ました奈緒の視線は未だ焦点が合っておらず、細かく震えていた。

 そうしている間にも、奈緒の額からは止めどなく血液が流れ落ちてくる。


「ぐっ、がふっ、ゴホッ!」


 奈緒が大きく咳き込むと同時に、血の塊が吐き出された。

 どうやら内臓を傷つけられたらしい。

 その様子に、明は強く唇を噛むと素早く立ち上がった。

 奈緒の様子を見るに、これ以上の攻撃を受ければ確実に死ぬのは確かだ。

 死ねばまた、この戦いが繰り返される。

 明は、これ以上の苦痛を奈緒に与えるわけにはいかなかった。



(早く、早く!! 少しでも早く、この戦いを終わらせないと!!)


 戦場を見渡し、明は吹き飛ばされた戦斧の位置を確認する。



(どうにか、あの斧のところに行かないと!)



 あの斧さえあれば、ウェアウルフへと確かな一撃を叩き込むことが出来る!

 そう思いながらも、明はまずウェアウルフのヘイトをもう一度自分へと向けなければならないと思い直して、ウェアウルフの元へ向けて駆け出す。

 そうして再び、明とウェアウルフの激しい戦いは始まった。

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― 新着の感想 ―
そうよね 怪物がスキルを使わないなんて言ってないものね(-ω-;)
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