発見
明はミノタウロスの戦斧とオークの鉄剣を取りに戻ると、奈緒を伴って病院を後にした。
行先は決まっていた。この街に攻め入ってくる、ウェアウルフの元だ。
とはいえ、この時間にはまだ現れない。
だから今度は逆に、別の街にいるウェアウルフの元へとこちらから攻め込むことにした。
向かう道すがら、奈緒はひどく落ち着かなかった。
些細な物音にビクリと身体を震わせ、夜闇に響くモンスターの唸り声に取り乱す。実際にモンスターが現れた時には、夜闇の中でもはっきりと分かるほど、奈緒の顔は血の気を完全に失くしていた。
その度に明はモンスターを瞬殺し、時には休憩を挟んで奈緒が落ち着くのを待った。
そうして、何度目かの休憩の時。
目的の街までもう僅かと迫った頃。明は、奈緒へとこれから挑むボス――ウェアウルフについて説明した。
シナリオを終わらせるには、彼女自身も戦闘に参加しなければならない。
だから、奈緒自身もボスのことを知っておいた方がいいだろうという判断だった。
「これから俺たちが挑むボスですが……。ウェアウルフという、見た目は二足歩行の狼です。攻撃手段は徒手が中心ですが、元の速さが速さだけに、連続攻撃がなによりキツイ。俺がまず相手をしますが、その途中でどうにか動きを封じます。そこに、奈緒さんが魔法を使って攻撃を与えてください。そのあとで俺がボスを殺せば、無事にシナリオは達成できるはずです」
「二足歩行の、狼……。それを、私が攻撃するのか?」
奈緒は、そっと自分の身体を摩った。
おそらく、トラウマの原因となったブラックウルフやグレイウルフに噛まれたことを思い出したのだろう。
恐怖を感じているのか、彼女の肌は一気に粟立っていた。
明は、そんな彼女を安心させるように笑いかけると、優しく言葉を掛ける。
「一回だけでいいです。その後は、そこから離れてもいい。ボスが居る場所の周辺は、モンスターが居ません。ボスの威圧感で雑魚は逃げ出すんです。だから奈緒さんは一度、魔法を使ったらすぐにどこかで隠れてれば大丈夫です。その間に、俺が全てを終わらせますから」
「一度……。一度だけ、魔法を使えば良いんだな?」
そう言って、奈緒は太腿に括りつけられたホルスターを撫でた。そこには、彼女が持ってきた拳銃がぶら下がっている。
奈緒は固く唇を結ぶと、覚悟を決めるように頷いた。
「…………分かった。やってみる」
どうにか紡いだ短いその言葉に、明は頷きを返した。
それから休憩を終えた明達は、再び歩き出す。
ウェアウルフの街へと向かう途中で、明はホームセンターに寄って、ダンボールと紐を調達した。そして、ダンボールで簡易的な鞘を作り、その鞘に鉄剣を仕舞うとそれを背中に固定する。見た目は手作り感のある不恰好なものとなったが、今は見た目に拘っている余裕がない。
明はサブ武器をいつでも取り出せるようにすると、改めてその手に戦斧を握り締めて、ウェアウルフとの戦いの邪魔にならないことを確認した。
そうしてすべての準備を終えて、明たちはついに、ウェアウルフが支配するその街へと足を踏み込んだ。
その街は、巨大蝙蝠や巨大蜘蛛といった明たちの街では見かけないモンスターが数多く出現していた。
それらのモンスターのレベルは、総じて20を超えている。
加えて、この街を支配するウェアウルフにすべて殺されているのか、人の気配というものを全く感じなかった。
明は、静まり返った街中を進みながらも、目の前に現れたそれらのモンスターたちにすぐさま斧や鉄剣を振るって、瞬く間に屍へと変えていく。
人と同じ大きさがあるジャイアントバットやビッグスパイダーを相手にするのは、始めは戦い方が分からずに苦労したが、それも何度か繰り返していると、次第にパターンを掴み、効率よくモンスターを殺すことが出来るようになっていた。
幸いだったのは、ビッグスパイダーを相手にしていた時だ。
これまで、何匹ものキラービーを相手してきたからだろう。
何匹めかのビッグスパイダーを戦斧で斬り捨てると、ブロンズトロフィー『虫嫌い』を獲得した。
(また、ヘイトの上昇とダメージボーナスか。トロフィー効果によるヘイトの上昇は20、ダメージボーナスは3%……。いつも通りだな)
目の前に現れた画面を見つめて、そんなことを考える。
そうして、路地や街中に張り巡らされたビッグスパイダーの蜘蛛の巣や、電線や家屋の陰といった場所に群れでぶら下がるジャイアントバットを相手に、奈緒を守りながら慎重に街中を進んでいくこと数十分。
ついに明達は、モンスターの気配も感じられないその場所へと足を踏み込んだ。
「…………っ」
空気に含まれる重圧に、ギュッと、奈緒が明の服の裾を掴んだ。
ちらりと目を向ければ、奈緒の顔は完全に血の気をなくし、真っ白になっていた。
固く結ばれたその唇は細かく震え、瞳は細かく揺れ動いている。吐き出される呼吸は短く、早く。小刻みに揺れるその身体は、今にも倒れそうだった。
「……一度引きますか?」
小さく問いかけたその言葉に、奈緒はゆっくりと頭を振った。
「いい。早く、終わらせよう」
早くボスを倒して、ここから抜け出したいのだろう。
奈緒は、小さな声でそんな言葉を吐き出した。
明はそんな奈緒の姿を見つめると、やがて安心させるように服の裾を握るその手を取ると、優しく握り返した。
「大丈夫。大丈夫ですよ」
その行動と言葉に、奈緒が大きく目を見開いた。
それから深い息を吐き出すと、彼女は小さく唇を綻ばせる。
「……すまない。ありがとう」
明達は手を取り合い、重圧の中をゆっくりと進んでいく。
そうして、雑居ビルの立ち並ぶ繫華街へと足を運んだ時だ。
明たちは、そのビルの影に潜む、二足歩行の狼を見つけた。