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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
二章

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落し物


 

 ミノタウロスとの激戦を繰り広げたあの住宅街へと足を運ぶと、その戦斧は路地の真ん中にぽつんと、まるで忘れられた落とし物のように地面に転がっていた。


「――あった!」


 叫び、明はその斧の元へと駆け寄る。

 戦斧の刃には古くなった血糊がべったりとこびり付いていたが、その刃の切れ味は衰えていないように月明りを反射して鈍い光を放っていた。

 明は、病院で交わしたモンスターの死体が消えるという話を思い出して、周囲を見渡してみた。

 しかし、やはりと言うべきかミノタウロスの死体はどこにもない。

 あの巨体を運べる人間なんて、そういるはずもないことを考えると、おそらくこれが、奈緒達の言っていたモンスターの死体が消えるという現象なのだろう。

 地面には大量のどす黒い血痕が残されていて、確かにここに死体があったのだと、その血だまりだけが教えてくれていた。



「よかったな」


 と、奈緒は小さく笑うと、地面に残された血痕を避けるようにして明の元へと近寄ってくる。


 それから、奈緒はしげしげとその斧を見つめると、呟くようにして言った。



「改めて見ると、やっぱりデカいな」

「まあ、あのミノタウロスの武器ですからね」



 そう言って明は、自分の身の丈と同じ戦斧を手に取り、一気に持ち上げる。

 ズシリとした重さが伝わってくるが、問題ない。身体が悲鳴を上げる様子もないのをみると、やはり筋力値が伸びた影響が出ているのだろう。

 明は奈緒から離れると、その使いやすさを確かめるように一度素振りをした。


(……うん。やっぱり、前に比べて筋力がかなり伸びてるからか、使いやすいな)


 明は心で呟き、さらに数回素振りをすると、今度はモンスターを想定した動きを試しにやってみる。

 斬り下ろし、斬り上げ。横薙ぎの振り払いに、自身を中心とした円を描くような回転斬り。

 その中にも投擲や徒手といった、これまでの戦いで培ってきた技術を織り交ぜて、明は自分なりの戦い方を模索する。

 そうして、ある程度の戦い方を決めたところで、明はニヤリとした笑みを浮かべた。



(いいね。振ると多少身体が持っていかれる感じがするけど、振り回されることもない。十分だ。あとは、この武器が黄泉帰った後にすぐ使えれば良いんだが――――)


 と、そう考えたところで、明はその存在を思い出す。



(そうだ、インベントリ! あれに登録しておけば!!)



 次の黄泉帰りへと、選択した物を引き継げるシステム。

 その存在を思い出した明は、さっそくミノタウロスの斧をインベントリに登録する。


(よし、これで次の黄泉帰り先にも持ち込めるはずだ)


 明は、表示させていたインベントリの画面を消すと、手にした戦斧を肩に担ぎ直した。

 すると、そんな明に向けて奈緒が言った。


「まるで山賊だな」

「……もっとマシな言い方をしてくださいよ。聞こえが悪いです」

「それじゃあ、他に何がある?」

「例えば、ほら。金太郎……とか?」

「マシか? それは」

「山賊より可愛げがありません?」

「一緒だろ」


 と、奈緒が明の言葉に笑ったその時だ。



「――――奈緒さん」



 ふいに、表情を真剣なものへと改めた明が奈緒の名前を呼んだ。


「なんだ?」


 明の表情に嫌な予感がしたのだろう。

 ふっと笑顔を消した奈緒が、真剣な表情となって問いかけた。


「いったい、どうし――――」


 と、奈緒は言葉を続けたが、その言葉は途切れる。



 奈緒もまた、明の言いたいことに気が付いたのだ。



「……囲まれてるな」


 小さな声で、奈緒が言った。


「……ええ。それも、ブラックウルフとグレイウルフばかりだ」


 頷き、明はあたりを見渡す。

 周囲に並ぶ家屋の中、敷地を区切るブロック塀の陰、狭い路地の曲がり角。

 ぞろぞろ、ぞろぞろと。

 黒と灰色の体毛を持つ狼達が群れを成して、ゆっくりと明達の目の前に現れた。


 ――その数、全部で十二体。


 おそらく、この周辺に居た狼が全て集まったのだろう。

 現れた狼達は、その口元から涎を垂らしながら、明へと向けて敵意の唸り声を上げていた。



(くっそ、トロフィーの影響がデカすぎるな。『狼狩り』で敵対心+20。『狩人』で敵対心+30。さらには、さっき取得した『狼殺し』で敵対心+40。全部を合わせれば、合計90の上昇だ! 他のモンスターよりも、圧倒的にこいつらから襲われる回数が多い!!)



 これまで、狼系のモンスターを相手にするときは、基本的に奈緒を背後へと下がらせていた。

 トロフィーの効果で強制的なヘイトが発生する以上、前衛と後衛で別れていれば、まず間違いなく狼達は明を狙っていたからだ。

 けれど、逃げ道を防ぐように隙間なく囲まれた今、その敵意から奈緒を逃がす術は無くなってしまった。



(マズいな……。これじゃあ、奈緒さんも強制的に戦うしかない)



 小さく、明は舌打ちをした。

 奈緒が死ねば、明自身も道連れに過去へと戻ることになる。

 過去に戻ればまた、半日以上も身動きが取れなくなってしまうのだ。

 今は奈緒のレベリングを優先しているが、ゆくゆくは自分自身のレベリングも行わなければならない以上、そう何度も無駄に死に戻るわけにはいかない。

 そう考えて、明は奈緒へと囁く。



「奈緒さん。俺が合図をしたら正面のグレイウルフに向けて魔法を発動させてください」

「……分かった」


 呟き、奈緒は覚悟を決めるように頷くと拳銃を構えた。



「それじゃあ、準備はいいですか? いち、にの――――さんッ!!」



 言うと同時に、明は地面を踏みしめて群れの中へと駆け出した。

 同時に、奈緒も魔法を発動させるべく声を張り上げる。


「ショックアロー!!」


 銃口から飛び出した光の矢は、明と同時に狼の群れの中へと飛び込んだ。

 その瞬間に、群れの中でも一番近い場所にいたグレイウルフが明へと牙を剥いてくるが、その顔へと光の矢が突き刺さり、瞬く間に爆発するように衝撃を与える。


「ギャインッ!」


 怯む声を上げたグレイウルフを、明はすかさず蹴り飛ばすとぐるりと身体を捻り、手にした戦斧を腰だめに構えた。



「ふっ―――んッ!!」



 自身へと襲い掛かってくる黒と灰色の狼達へと、明は全力で戦斧を振り払う。

 刃は風を切りながら迫ると、その身体を一閃のもとに斬り捨てた。



(――――さすが、ミノタウロスが使ってただけあるな)


 血飛沫を浴びながら、明はニヤリとした笑みを浮かべた。



(切れ味も、威力も、全然違う。どういう原理でここまで威力が出てるんだ?)



 トロフィーにあるダメージボーナスのように、モンスターが持つ武器それぞれに何かしらの効果が付与されているのだろうか。

 そんなことを明は考えたが、すぐに思考を切り替えて、素早くバックステップで奈緒の元へと戻ると、すかさず身体を反転させる。



「ッ!? 伏せてッ!!」

「っ!」


 叫ぶ明の言葉に、奈緒が反射的にしゃがみ込んだ。


「ガァウ!」


 奈緒の背後から迫っていたブラックウルフの牙が、直前まで奈緒の頭があったその場所を捉えて空を切る。

 明はそのブラックウルフの横っ面を蹴り飛ばすと、勢いよく地面に叩きつけた。

 しかし、蹴りつけた体勢が悪かった。バランスの崩れたその蹴りは、十分な体重を乗せることが出来ず、地面に叩きつけたもののブラックウルフはすぐに立ち上がろうとする。

 すぐさま、明はトドメを刺そうと動こうとするが、その動きを止めた。

 しゃがみ込んでいた奈緒が、地面に叩き付けられたブラックウルフへと、すでに銃口を突き付けていたからだ。



「ショックアロー!」


 吐き出される言葉と共に、ブラックウルフを襲う衝撃が今度こそ、その息の根を止めた。



「ナイスです!」

「言ってる場合か!! 前!!」


 言われて、明は視線を切り替える。

 すると、そこにはもうすでに別のブラックウルフが素早い動きで明の元へと迫っているところだった。


「ガァッ!」


 牙を剥いたブラックウルフは、明の腕を噛み砕かんとばかりに口を開く。

 明はその攻撃を素早く避けると、そのままその身体を膝で蹴って吹き飛ばした。

 そうしていると今度は、すぐ傍に居たグレイウルフが、鋭い爪で引き裂こうと飛び掛かってくる。明は戦斧を盾のようにしてその攻撃を受け止めると、すかさず前蹴りを放ってそのグレイウルフを下がらせた。

 すぐに追撃を仕掛けようと戦斧を構えたが、襲い来るブラックウルフによって止められ、仕留めるには至らなかった。



(思ったよりも、鬱陶しい!)



 心で舌打ちをして、明は斧を振るってブラックウルフを斬りつける。

 それから、明は戦斧を腰だめに構えると、目の前の狼達を見据えた。



「――――ッ!」



 力を込めると同時に、明の下肢の筋肉が瞬く間に膨らみ、筋が浮かぶ。

 明は、溜め込んだ力を爆発させるように、一気に狼達へと向けて飛び掛かると、手に持つ戦斧を横薙ぎに振り払った。


「ぉおおおおおおおお!!」


 振るわれた刃は次々と狼達を真っ二つに切り裂いて、辺り一面にどす黒い血が飛び散った。

 その瞬間にレベルアップを知らせる画面が明の目の前に表示されたが、明はそれを煩わしそうに消して、辺りを素早く睨み付けた。


(――あと、五匹!)


 心で呟き、明はまた地面を蹴って生き残ったグレイウルフとブラックウルフに飛び掛かった。

 数が減ったことで、奈緒自身にも余裕が出てきたのだろう。

 奈緒は魔法を放ちながらゆっくりと後退し、自身がそう簡単には襲われない位置へ着くと、明の援護をするように次々と魔法を発動させていく。

 奈緒の放つ衝撃にグレイウルフやブラックウルフは動きが一瞬だけ止まる、その隙を明は見逃すことなく次々と斧を振るって命を奪っていった。



「これで終わり、だッ!」



 叫び、明は最後の一匹であるグレイウルフに向けて刃を振るい、その首を落とした。

追記 明日の更新はお休みです

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― 新着の感想 ―
[一言] 話数が溜まっていたので続きを読破してみました。 2章開始の回復時間が無駄なので回復薬なり回復魔法なりでとっとと全快できる手段を得ることが必要かな。 先輩を強化して初日以後の死傷者を無くし…
[良い点] 戦闘シーンがわかりやすい文章力 [一言] ※すぐ傍に居たグレイウルフが、鋭い爪で引き裂こうと飛び掛かってくる。 なろう小説の狼系モンスターって爪を使って攻撃してくることが多いですけど、普…
[一言] イベントリの存在を忘れてたので、クソ重い大斧を持って拠点に入ったり、狭いとこ行くの大変だなと思ってました。 ここ最近の話は加速に向けての下準備と思って読んでますが、そろそろパンチが効いた展…
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